キャンドルライト








「凄い・・・綺麗・・・」
 あきのが感嘆の声を上げる。
「・・・こんなんで、良かったか?」
 少しぶっきらぼうに智史が言う。それは一種のテレ隠しだ。
 智史の左腕をしっかりと自分の両手で握ったあきのは、満面の笑みで智史を見上げた。
「ありがとう、智史・・・嬉しい」

 コトの起こりは、理恵の言葉だった。




「大麻くん、あきの、この時期ならではのデートスポットがあるんだけど、どうかな?」
 そう言って理恵が教えてくれたのは、智史の家から3駅ほど向こうの海岸通りのイルミネーションだった。
「・・・へえー、そういうのがあるんだね」
「昨日の日曜の夜にね、私も先輩と行ってみたの。なかなか綺麗だったし、何よりあまりお金がかからないところがいい でしょ? 私らみたいな高校生には」
 理恵の言葉には一理ある。あきのはそう思って頷いた。
 けれど、一緒にいる智史はどこか面倒くさそうにただ聞いているだけだった。
「六本木とか、有名な場所だと人が多いけど、そこはあんまり有名じゃないらしくて、そんなに人が多くなかったの。それもいいかと思ってね。大麻くんもあきのも人ごみは苦手そうだ し」
 理恵はそう言って意味ありげに微笑む。あきのは軽く瞠目した。
「理恵・・・」
「ま、そういうことだから。良かったら、ね」
 理恵はひらひらと手を振って自分の席に戻っていく。
 それを何気なく見送って、智史は自分の席の隣に立つあきのを見つめた。
「・・・見たいのか?」
 唐突な言葉に、あきのは反射的に彼の顔を見つめる。智史 の瞳は真摯で、真面目に問うているのだということが判った。
 あきのは正直に答えることにする。
「うん・・・出来れば、見たいなあ、とは思うけど智史に無理につき合ってほしいわけじゃないから。だから、いいよ? 行けなくても、全然」
 あきのは笑顔で答えているが、その様子からするとかなり、行きたいらしい。寒い夜に、色つきの電球で覆ってある 木々の、その灯りを見るだけ、なんて智史自身は全く興味はないが、女の子はそういうものが好きなのだろう。
 そういえば、志穂と香穂もTVでそういうモノが映し出された時に「見に行きたいー」と騒いでいた。
 だとするなら、ここはやはり、あきのにつき合ってやるべきだろうと智史は思った。それに、今度の週末にやってくるクリスマスのプレゼントを何 にしようか、考えあぐねていたこともある。イルミネーションを見に行くついでに、彼女と買い物をして、欲しいものをプレゼントする、というのもひとつの方法だろう。
 そういった様々なことを考え合わせ、智史はあきのを真摯に見つめたまま、静かに言った。
「・・・なら、行くか、見に」
「えっ・・・智史、いいの?」
 あきのは驚いて智史を見つめ返す。
「週末・・・クリスマスだろ。土曜日の夜にでも、行ってみるか。・・・って、お前んち、親は?」
 あきのはふっと目を伏せた。
「この時期はパーティーなんかに呼ばれることが多いから、多分、いないわ」
「そう、か」
 智史はあきのの中の寂しさを感じて微かに眉を顰め、それでも、気づかないフリをして答える。
「なら、また時間とかは考えよう。 それでいいな?」
 あきのはすっと目を開けて、智史の瞳を見つめる。
「智史・・・本当に、いいの?」
 自分の希望にあわせて、無理に誘ってくれているのではないか。そんな思いがあきのの胸をよぎる。クリスマスイルミネーションというものに、彼が興味があるとはとても思えない。
 けれど、智史はフッと笑みを刻んだ。
「無理にってわけじゃねー から気にすんな。それよりあきの、この時期の夜は冷えるからな。あったかい格好してこいよ」
「・・・うん。楽しみにしてるね、智史」
 あきのは素直に頷き、微笑んだ。




 そして。
 心待ちにしていた週末の夜に、こうして智史と2人、イルミネーションを見に来たのだ。
 夜空に浮かぶその青い光は幻想的で美しかった。
「こん なステキなものを智史と一緒に見られて、すごく嬉しい」
 ストレートに喜びを表現するあきのに、智史は真剣にテレてしまい、鼻の頭を指で掻く。
「・・・まあ、お前が気に入ったなら、良かった」
 そんな智史を、あきのは微笑んで見つめる。
 誕生日の日も思ったが、クリスマスというちょっと特別な日に、智史が一緒にいてくれる、そのことだけで、あ きのには至福の時間(とき)だと思えるのだ。
「本当にありがとう、智史。連れて来てくれて」
「いや・・・別に、連れて来たってことじゃないだろ。それより、寒くないか?」
 僅かに心配そうに眉根を寄せた智史に、あきのは微笑みのまま首を振る。
「ううん、全然。智史に言われたように温かくしてきてるから」
 今夜のあ きのは白のダウンジャケットに黒地に小花柄のロングスカートにショートブーツという格好をしている。スカートの下にはタイツを履いているし、ダウンジャケットの下はタートルネックのニットアンサンブルで、しっかり備えてきていた。
「なら、いいけどな」
 電球で飾られた木々が並び立つ道を、智史とあきのは少しゆっくりと歩く。理恵が言っていた通り、 人影はそう多くない。ただし、出会うのは全てカップルだった。
 智史たちのような高校生っぽいものもいるが、明らかに大人だと判るカップルもいて、そういう恋人たちは腕を組むだけでなく、肩を抱いたり、腰を支えたり、中には樹の影でキスを交わすものたちもいた。
「・・・なんか、すげぇな・・・」
 ぼそり、と智史が呟くと、あきのも微かに苦笑する。
「うん・・・凄いね。みんな、仲良しで幸せそう・・・」
「幸せそう?・・・・まあ、そう、とも見えなくはないか」
 ただ単にイチャイチャしたいだけだろう、と思わないでもなかったが、あきのの目にはそう映っている、ということなのだろうから、敢えて否定はしないでおく。
「・・・あきの、お前、まだここで見てたいか?」
 電飾のついた並木を過ぎてしまった ところで、智史はあきのに問いかけた。
「え? どうして?」
「ちょっと腹が減ったんでな・・・駅からここへ来るまでのところに、いくつか店があっただろ。喫茶店とかファミレスとか。どっか、入らねえ?」
「あ、うん、いいよ。あったかいものでも飲もうかな」
 あきのは智史と一緒に並木を歩けただけでも満足だったので、彼の提案には即座に賛成した。
 そこで、2人は駅の方向へと引き返し、可愛いクリスマスツリーがドアの隣に飾られている喫茶店に入った。
 店内は全体的に暗めで、ところどころ、抑えた照明がつけられているが、各テーブルの上にはガラスの器に少しの水をはって浮かべられたキャンドルの灯りが置かれていた。
 窓際の席に案内されて向かい合って座る。
 あきのはミルクティーと シフォンケーキを、智史はコーヒーとピザトーストを注文してジャケット類を脱いだ。
「へえ・・・あきの、その色、いい感じだな」
「そ、そう?」
 少し抑えられたピンクのアンサンブルはあきのの可愛らしさを引き立てている。胸元よりかなり上の方に留められているブローチは貝パールとシルバーの組み合わせで、花束のような雰囲気に作られていた。
「お前はそういう柔らかい色が合う」
 それが一層あきのを魅力的に見せている、ということは口には出せなかった。
 それでも、褒められて、あきのは嬉しくてニッコリと笑う。
「・・・ありがとう、智史。でも・・・智史だって、カッコいい、よ」
 少しテレながらあきのは智史の服装を見つめる。
 黒かどうかははっきり判らないが、ともかく、そうい うダークな色合いのセーターと青系の格子柄のシャツがよく似合っているとあきのは思った。
「そうか?」
「うん。智史って、着る服は自分で買うの? それとも、おばさま任せ?」
「そう、だな・・・半々、ってとこだろ、きっと。でも、面倒くせーから、大抵母さん、かな。ごくたまに、俊也とかと買いに行くこともあるけど」
 「そうなんだ」
 また ひとつ、智史のことを知る。そんな何気ない積み重ねすら、嬉しい。
 注文した飲み物などが運ばれてきて、智史はポケットの中から無造作に包みを取り出し、あきのの方に差し出した。
「つまんねーモンだけど・・・プレゼントだ」
「えっ・・・あ、嬉しい・・・! ありがとう、智史」
 笑顔で受け取って、あきのは自分のかばんの中からも包みを取り出す。
「これは、私から智史に。メリー・クリスマス」
「・・・メリー・クリスマス、あきの」
 やさしいキャンドルライトを挟んで、智史とあきのは微笑みあった。
「こんなに温かいクリスマスを過ごすのって、本当に久しぶり。智史がいてくれて、本当に良かった」
「あきの・・・」
 智史は僅かに苦笑して、あきのの手をそっと握った。
「来年も、あきのと 一緒に過ごせるといいな」
「智史・・・」
 そんな嬉しい発言に、あきのは満面の笑みで応える。
「うん」


 温かな色のキャンドルライトがそんな2人を照らしていた。
    



END








戻る