津山城

所 在 地  岡山県津山市山下 別 名  鶴山城
遺 構  石垣 曲輪 堀 復元櫓 形 式  平山城
築 城 者  森忠政 築 城 年  元和2年(1616)
歴 史 津山城は森忠政によって築城された。森忠政は本能寺で討ち死にした森蘭丸の弟であり、関ヶ原の合戦の功により、慶長8年(1603)に美作を与えられ、信濃松代より移封した。築城は慶長9年(1604)に開始され、13年の歳月をかけて元和2年(1617)に完成した。
森氏は4代で断絶し、元禄11年(1679)に松平宣富が入封した。宣富は徳川家康の二男・結城秀康の孫の松平光長の養子であり、越前家と呼ばれるご家門の松平氏である。
以後、松平氏が9代で明治維新まで続いた。
歴 代 城 主 森氏4代(18.6万石) 松平氏9代(10万石)


本丸の高石垣の上に復元された備中櫓


天守台 天守台の地下穴蔵


本丸の高石垣 本丸の月見櫓台


本丸の表鉄門跡 二の丸の表中門跡


二の丸の高石垣 三の丸の高石垣


<現地案内板の津山城絵図>
津山城は、鶴山(つやま)を削って築城されている。鶴山全体を石垣で囲み、最高所から麓まで45mの高低差で、天守曲輪を中心として、本丸、二の丸、三の丸をらせん状下がりに配置する梯郭式の城郭構造である。東側が宮川、他の三方が堀で囲んだ広い外郭で守られている。
天守曲輪には五層の天守が聳えていた。この天守は破風の少ない層塔式であり、城郭にはその他多数の櫓、城門が設けられていた。これらの建造物が明治6年の廃城令により破却されたのは惜しまれる。
城跡は現在、鶴山(かくざん)公園として整備されており、公園全体を覆う高石垣は見応え十分。平成16年に本丸備中櫓が復元された。


<アクセス>
JR津山駅の北方約800mの鶴山公園を目指す。駐車場は、鶴山公園の西側と南側にそれぞれある。いずれも有料。(2012.05.27)

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