新発田城

所 在 地 新潟県新発田市大手町6丁目 別 名  菖蒲城 舟形城
遺 構  櫓門 櫓 石垣 堀 復元櫓 形 式  平城
築 城 者  新発田氏 築 城 年  不明
歴 史 新発田城の築城時期は不明であるが、国人領主の新発田氏が居館を築いたのに始まるとされる。
新発田氏は上杉謙信に服属し、謙信死後の跡目争いの御館の乱では上杉景勝の側に立ち、勝利に貢献した。しかし天正9年(1581)、論功行賞の不満から上杉氏に造反して織田信長と結んだところ、翌天正10年に本能寺の変で信長は急死し、天正15年(1587)に新発田城は上杉景勝に攻められて落城し、新発田氏は滅亡した。
慶長2年(1597)、溝口秀勝が新発田城に入城し、翌慶長3年から新たに新発田城の築城に着手した。
3代藩主溝口宣直のときに新発田城は完成し、以後明治維新に至るまで溝口氏の居城となった。
歴 代 城 主  新発田氏 溝口氏


本丸表門 鉄砲櫓跡に移築された旧二の丸隅櫓


  現地解説板の
  新発田城城郭図

本丸を二の丸が囲み、三の丸が南に突き出た輪郭・梯郭併用の平城。
本丸表門と二の丸隅櫓が現存する。天守代用の三階櫓と辰巳櫓が復元して再建されている。
本丸跡は自衛隊駐屯地であり、立入不可であるが、表門と二棟の櫓には入ることができる。


天守代用の三階櫓(復元) 辰巳櫓(復元)


 <アクセス>
新発田城はJR新発田駅の北西約1.5km。城の南側に駐車場がある。(2017.09.05)