生池城

所 在 地  長崎県壱岐市勝本町百合畑触 別 名  牛ケ城
遺 構  空堀 土塁 形 式  山城(標高114.5m)
築 城 者  源壱(みなもとのいち) 築 城 年  16世紀中ごろ
歴 史 生池城は、16世紀中ごろ、松浦党の源壱が居城としたとされる。
源壱は倭寇の一人であり、後に朝鮮国から貿易許可書である図書(ずしょ)を受け、正式な貿易を行なったとされる。
歴 代 城 主  源壱


主郭を囲む空堀 主郭の土塁と虎口


城の規模は小さく、戦闘施設として造られたもの。城主は平地の屋敷に住み、戦闘時にのみ立て籠もった。
主郭を囲む空堀は二重であると現地案内板に記載されているが、確認することはできなかった。近くに用水のくみ場とおぼしき生池がある。


 <アクセス>
壱岐を南北に走る国道382号線沿いの「壱岐風土記の丘」の南側に、「百合畑古墳群」へと入る道がある(標識あり)。国道から西側へこの道を入ると、古墳見学用の駐車場がある。この駐車場から生池城への案内標識があるので、それに従えば徒歩10分ほどで城跡に到着する。(2012.10.29)

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