松尾山城

所 在 地  岐阜県不破郡関ヶ原町松尾 別 名  長停軒城
遺 構  曲輪 土塁 井戸 空堀 竪堀 堀切 形 式  山城(標高293m)
築 城 者  富島氏 築 城 年  応永年間(1394-1428)
歴 史 松尾山城は、美濃守護・土岐氏の守護代であった富島氏によって、応永年間(1394-1428)に築城されたのに始まるとされる。
織田信長の美濃攻略により、永禄12年(1569)に織田方に帰属した。元亀元年(1570)、浅井長政が織田信長に反旗を翻すと、松尾山城に樋口直房を入れ、境目の城として修築した。
天正元年(1573)、織田信長が浅井長政を滅ぼすと、松尾山城に不破光治を入れて警備にあたらせたが、境目の城としての重要性を喪失したので、天正7年(1579)に廃城となる。
松尾山城は上記のような歴史を有するが、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いに際し、西軍から東軍に寝返った小早川秀秋が陣所としたことのほうが有名。
歴 代 城 主 富島氏 浅井氏 小早川秀秋


主郭の北端部の土塁 主郭の東端部の土塁


松尾山城は、標高293mの松尾山山頂に、南北約250m、東西約350mの規模で築かれている。最高所の主郭を中心に、西、西南、南、東に曲輪群を従えた配置の縄張りである。松尾山の南麓に構えられた居館の詰の城として築かれたので、主郭の南側(関ヶ原とは反対側)に虎口が設けられている。


主郭の南の虎口
主郭内から見た状態
主郭南の虎口を外側から見る
発達した枡形虎口であることがよくわかる


<アクセス>
松尾山は、名神高速道路の関ヶ原IC付近の南側に位置する。関ヶ原ICを下りて国道365線を南下し、高速道路の下を潜ってすぐを右折する。高速道路に沿って約1.5km進み、小さい橋を超えた十字路を左折する。細いあぜ道だが気にせず直進すると、二車線道路に出る。この道路を横切って山へと入る道を進むと、右手に駐車場がある。二車線道路は新しい道であり、平成24年時点の地図に未掲載だが、国道365号線に繋がっているので、帰りはこの道を東へ向かって走るのが良い。松尾山の山頂の城跡へは、幅広い整備されたハイキング道を30分。(2012.05.15)

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