前橋城

所 在 地  群馬県前橋市大手町 別 名  厩橋城
遺 構  土塁 石垣 形 式  平城
築 城 者  長野賢忠 築 城 年  延徳年間(1489-92)
歴 史 前橋城は、延徳年間に長野賢忠により築城された厩橋(まやばし)城に始まるとされる。
戦国期には、越後の上杉、甲斐の武田、織田信長方の滝川一益、小田原の北条が城の領有を巡って争った。天正18年(1590)の徳川家康の関東入部の後は、平岩親吉が城主として入った。
慶長9年(1604)、平岩氏に替わって酒井重忠が入封し、元禄年間に厩橋は前橋と改称された。
寛延2年(1749)、松平知朝が入封した。しかし利根川による浸食で本丸の一部が崩壊し、明和4年(1767)に川越へ移転して、前端城は廃城となった。
文久3年(1863)、松平直克のとき、前橋城の再建に着手し、慶応3年(1867)に川越より還封した。その半年後に徳川政権は崩壊した。
歴 代 城 主 長野氏 上杉氏 武田氏 滝川氏 北条氏 平岩氏(3.3万石) 酒井氏(3.2万石) 松平氏(15万石)


車橋門跡の石垣


現地解説板の地図

前橋城は、利根川東岸の段丘上に築かれている。
本丸跡に県庁が建てられたため、土塁や石垣の一部などを除いて、遺構は殆ど残っていない。


本丸跡の土塁 本丸跡の土塁


 <アクセス>
本丸跡は県庁となっており、その他は市街地と化している。車橋門跡の石垣は、「県庁前」交差点から東へ250m先の、民家の間を北側に入ったところにある。(2014.10.26)