熊本城
所 在 地 | 熊本県熊本市本丸町 | 別 名 | 銀杏城 |
遺 構 | 櫓 門 石垣 掘 | 形 式 | 平城 |
築 城 者 | 加藤清正 | 築 城 年 | 慶長6年(1601) |
歴 史 | 文明年間(1469-87)に菊池氏一族の井出秀信が築いた隈本城に始まるとされる。天正15年(1587)に豊臣秀吉が九州を平定すると、佐々成政が入るが領国経営に失敗して切腹する。 肥後の北半国は加藤清正に与えられ、天正19年(1591)から築城を開始する。関ヶ原の役の後、慶長6年に竣工し、慶長12年(1607)に完成する。このとき隈本城を熊本城と改める。 寛永9年(1632)、2代藩主加藤忠広は改易され、細川忠利が入封する。以後、明治維新まで細川氏が在封する。 明治4年(1871)、熊本鎮台が置かれ、明治9年(1876)には神風連の乱で兵営が襲われる。さらに明治10年(1877)の西南戦争の際に西郷軍に攻められるが撃退する。このときの出火で天守など多くの建物を焼失する。 |
歴 代 城 主 | 加藤氏2代(19.5→52万石) 細川氏11代(54万石) |
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宇土櫓(現存) 左後方は天守 |
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修復中の大小天守(復元) | 平櫓(現存)と高石垣 |
平成28年4月の熊本地震により、建物と石垣に大きな被害を受け、現在復興中。本丸・数寄屋丸・飯田丸竹の丸・西出丸・奉行丸などに入ることはできず、周囲から見学するのみ。熊本城が完全に復旧するのは2037年の予定。 |
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田子櫓・七間櫓・十四間櫓・四間櫓・源之進櫓(現存) 奥は本丸御殿(復元) | 戌亥櫓(復元) 石垣の崩落が激しい。 |
<アクセス> JR熊本駅の北東約2.5km。西側に二の丸駐車場、北側に三の丸駐車場がある。熊本市役所14階展望所がおすすめ。城全体を見下ろすことができる。(2019.04.23) |