門川城

所 在 地 宮崎県東臼杵郡門川町門川尾末 別 名  狗山城
遺 構  曲輪 掘 形 式  平山城
築 城 者  伊東氏 築 城 年  不明
歴 史 門川城は伊東氏四十八塁の一つ。
戦国期には伊東氏の家臣の米良四郎右衞門が城主であった。米良四郎右衞門は天正6年(1577)の大友氏と島津氏の高城の戦いで戦死し、門川城は島津氏の支配下に入った。
天正15年(1586)の豊臣秀吉の九州統一によって門川一帯は延岡領となったが、元和の一国一城令により廃城となった。
歴 代 城 主 伊東氏 島津氏 高橋氏


二の丸と三の丸の間の空掘と土橋


現地解説板の地図

丘頂部の本丸と二の丸を掘で囲みその東側に三の丸を配置する。


 <アクセス>
日豊本線「門川」駅の南西約2kmの地点。国道10号線の「門川町中須」信号を西に折れて国道388号線に入り、道なりに1.3km進むと北側に「門川城跡」の標識が立っている(小さいので見落とし注意)。ここを狭い道だが北へ入り、100mほど先の右カーブを曲がった先の左側に門川城の解説板が立っている。駐車場はないが200m程先に道幅の広い部分があり、ここに駐車可能。(2018.10.26)