福与城

所 在 地  長野県上伊那郡箕輪町福与 別 名  箕輪城
遺 構  曲輪 空堀 形 式  平山城
築 城 者  藤沢氏 築 城 年  天文年間(1532-55)
歴 史 福与城は鎌倉時代に遡るとされるが、築城者は不明。
戦国時代に入り、天文年間には藤沢頼親が城主として伊那地方に勢力を張った。
天文14年(1545)、武田信玄が伊奈を攻略し、福与城は焼き払われた。天正10年(1582)に武田氏が滅んだ後、藤沢頼親は福与城を奪還したが、天正18年(1590)、高遠城の保科正直に攻められて落城した。
歴 代 城 主  藤沢氏


本城主郭と南城の間の空堀と土橋 本城の主郭


現地解説板の縄張り図

城の主要部は、主城と、北側の北城と、南側の南城からなる。主城は主郭と西側の二の郭からなる。それぞれは空堀で分断されている。
下草等を刈って整備されており、気持ちよく見学することができる。


本城の二の郭 北城


 <アクセス>
城跡は、JR木ノ下駅の東南東約1.3kmの地点。国道153号線伊那バイパスの「木下栄町」交差点を東に入り、橋を越えて突き当りの「三日町」交差点を右折する。箕輪南小学校の南側の交差点を通り過ぎてすぐの、左斜めに上る狭い道へと入る。道なりに0.5km進むと、左手に広場があり、城の案内板が立っている。車は城域の一部であるこの広場に置くことができる。(2013.05.28)