宝塚大好き!

◆宝塚歌劇花組公演『ファントム』◆
(2006年6月23日〜8月7日 宝塚大劇場)感想

 2年前、宙組の『ファントム』を見た時は、それほど感動しなくて、「これを宝塚でやる意味あんのかなぁ」と思ったりした。だから正直、今回も主演の春野寿美礼さん見たさに出かけただけで、ドラマ自体には期待していなかったのだが。

 泣いてしまった。ぐっと来てしまった。

 演者が違うとこうも受け止め方が変わるものなんだろうか? 単にご贔屓の春野さんだったから、こっちの見る気合が違っただけ? セリフと音楽に多少の変更を加えたらしいけれど、どこがどう変わったのか、もちろんさっぱりわからない。そもそも2年前の芝居の印象がほとんどないもんなぁ。主役2人の他はキャリエールが愛しの樹里咲穂ちゃんだったことしか覚えてない。

 春野さんは、ただ立ってるだけで本当に美しくて雰囲気があって、またその歌声がたまらなく素晴らしいので、それだけで引き込まれてはしまうのだけど。第1部ではまだ、ファントム=エリックに感情移入することは難しかった。“オペラ座の怪人”エリックは、出生の秘密と「この世のものではない」おぞましい顔のせいでオペラ座の地下に隠れ住んでいる……という設定なのだが、ここでまずつまずいてしまうのだ。

 だって春野さん、綺麗なんだもん。

 宝塚だから、当然顔全部を特殊メークにしているわけではなく、半分だけちょっと歌舞伎の隈取りみたいな線を描いてあるだけ。仮面も半分だけ顔を隠すもの。なので全然美しくて、半分仮面を被っているのがまた妖しくて、「ええやん、そのまんま外出てきても全然大丈夫やで」と思ってしまう。その醜さが悲劇の鍵になっている以上、ここに説得力がないのはホントは致命的だと思う。もちろん宝塚だからトップの顔を見せないわけにいかない。だったら無理に『ファントム』を上演しなくてもなぁ、と初演の時も思ったのだった。

 説得力と言えば、夫とともに新しくオペラ座の支配人になり、主役を一人占めしようとする悪役カルロッタ。この人の歌を「聞くに堪えない」「歌になってないじゃないか」とエリックは罵倒する。そしてヒロイン・クリスティーヌの方を「天使の声の持ち主」と絶賛するのだが。

 どう聞いてもカルロッタの方が歌がうまいのだった。

 カルロッタ役は初演と同じ出雲綾さんで、もうホントに貫禄の芝居なんだけど、出雲さんはめちゃめちゃ歌がうまいのだ。まぁわざと「キンキン声」っぽく演じてはいるんだけど、歌唱力と声量では他を圧倒している。この辺もちょっと説得力がねぇ……。

 これが大劇場お披露目となる新トップ娘役の桜乃彩音ちゃんは見た目も可愛いし、懸命に舞台を務めているところがクリスティーヌの境遇にうまく重なって初々しく、お芝居自体はとても良かった。でもやっぱり歌はまだまだ。今後も研鑽に努めてほしい。

 エリックの衣裳はどれも「王子様」スタイル、お貴族様コスチュームプレイで春野ファンにはたまらない。しかししかししかし! 人目を忍んで生きているはずのエリック。当然働いているわけもないエリック。いくらオペラ座前支配人キャリエールが世話をしてきたと言っても、なんでそんなええ服ようけ持ってんねん。なんで従者までおんねん。……浮浪者を集めて従者にしたらしいが、そんな経費どっから出てんねん。

 ツッコミ所がとても多い。

 しかし第2部に入り、いよいよ悲劇のラストが近づいてくると、エリックの哀しみが胸に浸みこんでくるのだなぁ。つーか、クリスティーヌ、てめぇ自分から「顔を見せてちょうだい。私には愛があるから大丈夫よ」って言ったくせに、「きゃ〜!」って逃げんなよっ!!!!! 予想以上の醜さ(と言ってもやっぱり春野エリックは全然美しい)にびっくりして思わず声をあげてしまうのは仕方ないとしても、逃げ出すんじゃねぇよ。この偽善者っ!!!

 キャリエールが「彼女は後悔している。彼女は君を愛してるよ」と言った時に、エリックは「もう過去のことさ。それも一瞬」と淋しい笑みを浮かべる。この辺の春野さんのお芝居がね〜、ぐっと来るのよ〜。母親とキャリエール以外には人と交わることがなく、子どものまま大きくなったエリック。無邪気さと、裏腹になった残酷さ。醜貌に対する劣等感と、音楽に対する絶対的な自信。自分の運命に対する怒りと絶望。でも、結局は受け入れて諦めている、その淋しさ。

 実は父親であるキャリエールとの銀橋でのやりとりは、もう涙涙……。「テノール歌手には向かない顔だ」「バリトン歌手にもな」「でも声はいいだろ?」「ああ。おまえは素晴らしいオペラ歌手になれたはずさ!」……むしろ明るく楽しげにすら話す二人が、とてもせつなくて。

 がんばってたね、キャリエール役彩吹さん。いつも優等生の役が多くて、3拍子揃っているけど今一つくっきりとした個性を見せられない彼女、今回はトップの父親という老け役で、芝居巧者ぶりを存分に発揮。……でもこの話、そもそもキャリエールが一番悪いんだよなぁ。妻帯者のくせにエリックの母親といい仲になっちゃったのがそもそもの事の発端。「おまえは私の生きがいだった」って言うぐらいなら、堂々と「私の息子です!」と言って外で育てればよかったんだよ。いいじゃないの、仮面をつけたオペラ歌手。大評判を取ったかもしれないのに。

 フィナーレの春野さんもとーってもかっこよかった。なんというか、一人だけまったく色が違う。こう、ダンスもね、わざとテンポが他と違うっていうか、きびきび動けばいいってもんじゃないよ、って感じで何とも雰囲気のある動きをなさるのよねぇ。「すべてを受け入れて、すべてを悟って微笑んでいる」感じがあって。ただ美しいとか「妖精的」とかいうんじゃなくて、うーん、違う世界の人? 天使でも悪魔でもなく、天と地の間で人間達を見守ることを宿命づけられた精霊。どんなに人と交わっても、どんなに愛しても結ばれない、「なぜ見守るだけの精霊に感情を与えたもうたのか」と苦しみながら、淋しく微笑んでいるような(←すぐ勝手に話を作る)。

 今回のプログラムの表紙裏の写真がすべてを物語っていると思う。もうこの写真はたまらんよ! 美しすぎっ!!!

 「刻(とき)の霊(すだま)」とか、『エリザベート』のトート(死)とか、はたまた不老不死の薬を飲まされて時の中を彷徨う役とか、人間離れした役も色々やってらっしゃるけど、春野さん自身がそもそも人間離れしている気がする。舞台を離れたらどんな方なのか全然知らないけど……。

 『野風の笛』で主君のために命を投げ出す武士の役もすごぉくカッコ良かった。あれも「すべてを受け入れた人の笑み」があったなぁ。洋物だけでなく和物も美しいのよねぇ。ああ、非の打ち所がない。

 トップになってもう4年……あと何回春野さんの舞台が見られるか。とりあえず、次は全国ツアー『うたかたの恋』。これも「覚悟を決めた人」だよね。王子様の心中事件。今から目に浮かぶなぁ、マリーを抱いての最後の笑みが……。

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