アマ小説家の作品

◆パペット◆第33回 by日向 霄 page 1/3
「待て! 俺を殺すのはまだ早い!」
 とっさにムトーは叫んだ。ゲーブルがわずかに気を緩める。すかさずムトーは続けた。
「俺はおまえの知らないことを知っている。今ここで俺を始末したら後悔するぞ!」
 ゲーブルは笑った。指は引き金にかけたままだ。
「君にしては芸のないセリフだ。追いつめられた鼠はみな同じことを言う。だがそれが事実だった試しはない」
「なら俺が最初の例外だ。俺はある場所を知っている。あり得ざる場所のことを」
 確信があったわけではない。ゲーブルが“楽園”のことを知っているかどうか、試すだけでも価値があると思ったのだ。むしろムトーは誰かにあの場所のことを説明してほしかった。あの不可思議な場所の真実を、あの謎の老人の正体を知るまでは死んでも死にきれない。
「聞いてやろう。ただし手短に頼むよ」
「地下に、レベル6に“楽園”がある。空に太陽が輝き、大地に緑溢れる空間だ。俺とジュリアンはそこに迷い込んだ。そこには老人が一人と、子どもが何人かいるだけだった」
「何を言い出すかと思えば」
 ゲーブルは鼻を鳴らした。
「どうせならもう少しましな嘘を考えたまえ。時間の無駄だ」
「嘘じゃない。俺だって信じられない。今でもあれは夢だったのかと思うほどだ。一体誰が何のために、どうやってあんな空間を創り出したのか、シンジケートか? 公安か? ポリスを裏で支配する謎の組織が存在するのか? 俺は、ここへ来れば教えてもらえるもんだと思ってた」
 ムトーの真剣な話しぶりに、次第にゲーブルの顔から嘲笑が消えた。
「自分がすべてを知らされていないと認めるのは実に癪だが、君の頭がおかしくなったのではないとしたら、その情報の価値は認めねばならん」
「俺はある仮説を立てた。今ポリスに起こっていることは、すべてあの場所を守るためなのではないかと。最初は、地下が地上を見捨てるのかと思った。そのための内乱だと。でもおまえ達はレベル3をも破壊し始めた。地上も地下も、あの場所以外のものは何もいらないんだ。“楽園”さえ残れば――“楽園”をいつまでも“楽園”たらしめるために、穢れたポリスは粛清されてしまう」
 ああ、本当にそんなことが?
 言っているムトーでさえ、信じたくはない仮説だった。“楽園”は恋しい。あの美しく穏やかな場所を踏みにじるものなどあってはならないと思う。しかし、だからと言って他のすべてを消してしまうなんて。穢れていようがどうしようが、それぞれに自分の人生を精一杯生きている人間を殺す権利が誰にある?
「そんなことは有り得ない」
 ゲーブルは言った。ゆっくりと、自分に言い聞かせるように。
「なぜ有り得ないと思う? おまえ達はさんざん市民の運命をねじ曲げてきたはずだ。おまえ達にできたことなら、他の誰かにだってできて不思議はない。人を利用することはあっても、自分が利用されることは考えもつかないのか?」
「我々より上にいるのは神だけだ。やはり君は夢を見たのだろう。天上の“楽園”が君を待っている」
 再びゲーブルはムトーの胸に狙いをつけた。“楽園”の話が本当だったとしても、この男をこれ以上生かしておくことはできない。いたずらに混乱を招くばかりだ。


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