◆パペット◆第20回 by日向 霄 page 3/3
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マリエラ。彼女とジュリアンとの出逢いもまた、奇跡なのかもしれない。疑ったこともあった。彼女が誰かに操られ、ジュリアンを監視しているのではないかと。たとえそうであっても。たとえ仕組まれた出逢いだとしても。
二人が心を通わせたことは真実ではないのか。互いを求めるその“心”までも操ることが可能だというのか。
人の心はたやすく変わりうる。マクレガーがいい例だ。おそらく強力な洗脳を受けたのだろうが、『従わなければ殺す』と言われれば大抵の奴は主義主張を引っ込める。そうして相手のやり口に付き合ってるうちに、本当は自分がどう考えていたのかわからなくなり、初めから自分も賛成していたのだという気になる。
ちょっとした情報を与えるだけで、人は昨日まで友だちだと思ってた奴を憎み、裏切る。その逆に、なんとも思っていないどころか、毛嫌いしていた相手に恋をしてしまうことだって。
どこまでが操作だろう。
どこまでが“嘘”だろう。
ジュリアン。あいつの現在がすべて作られた虚構のものであろうと、あいつは悩み、苦しみ、人を恋うている。そして俺は、そんなあいつに惹かれているんだ。
ムトーは手首の擦り傷をなでた。ジュリアンとつながっていた手錠の名残だ。あれだけ思いきり引っ張ったんだ。きっとジュリアンの手首にも相当の傷がついていることだろう。
まったく、こっちの都合なんかお構いなしに動き回りやがって。つながってる方が俺が早く走れるだって? は、言ってくれるぜ。俺の運動能力がどれくらいのものかなんて、知りもしないくせに。
手首からは、しっかりした脈動が伝わってくる。まるでそれ自体意志を持っているかのように、規則正しく“命”を主張するもの。
まだ、死ぬわけにはいかない。
猶予は一時間――いや、もう45分を切った。何かそれらしい話をでっち上げることができるか? いかにもありそうで、チェンバレンをも納得させられるような。そして――これが肝心なところだが――、俺にまだ利用価値があると思わせられる話。俺と、ジュリアンに。
チェンバレンはどこまで知っているのだろう。奴はシンジケートとつながりがあるだろうか? もちろん、ポリスの権力者で、シンジケートとまったく関わりのない奴なんているはずがない。まして革新派の連中はレベルの再構築を唱えている。レベル4以下の地下世界を一掃してしまおうなどという危険思想をなぜシンジケートが黙認するのか。何かよほど条件のいい裏取引がなければ、革新派の連中は生き永らえてはいないはずだ。
しかしあの“楽園”についてはどうなのだろう? 誰が何の目的であんなものをレベル6に作っているのか。あの“楽園”の存在を、政府や公安のトップは知っているのだろうか。
もし知らないとすれば。
ちょっとほのめかすだけで、チェンバレンは食いついてくるに違いない。本当は、地下世界の方が“地上”を切り離したがっている、なんて吹き込めば。“楽園”を“楽園”のまま手付かずで残すために、汚れた地上は見捨てられるのだ――。
ワインで温まったはずの胃の腑が急に冷えて、重い塊を宿した。
まさか。
まさか、それが真相だなんてことは?
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