アマ小説家の作品

◆パペット◆第13回 by日向 霄 page 1/3
「それがどうしたって言うの」
 アン=ワトリーはTVに向かって思わず毒づいた。
 イデオポリスを脅かした凄腕のテロリスト、”狼”ことジュリアン=バレルが捕まったというニュースは、既に昼間、職場で聞いて知っている。コンピュータルームの受付という飾り物同然の職種でも、一応は公安警察の一員なのだ。治安関係の情報ならわざわざメディアに頼る必要はない。
 それでも部屋に帰ると真っ先にTVをつけてしまったのは、誰かがそれを嘘だと言っていないだろうかと期待したからだ。公安の発表なんてでっち上げだと。
 ”狼”なんていやしない、殺されたガラバーニだって実在するかどうか怪しいものだ……。ムトー大尉が私にそう言ってから、まだたった2週間しか経っていない。あの日、大尉はレマン大佐に辞表を預けてレベル6へ向かった。大尉が賞金付きで指名手配されたのはそのすぐ3日後。罪状はスパイ容疑。公安の機密事項を持ち出し行方をくらましたという。
 それまで本気になんかしていなかったのに、急に大尉の話が信憑性を帯びてきた。もしかして大尉は、知ってはいけない事件の真相を知ってしまったがために、闇に葬られようとしてるんじゃないか。たとえ本当に機密を盗んだにしても、彼が金のために動くとは思えない。そんな器用なタイプじゃないのだ。彼の追っていた事件そのものが、機密に関わることだったとしか……。
「ワトリーさん、そんな話、僕以外の人間にしたらこれもんですよ」
 マクレガー少尉は手で首を切る真似をして言った。始終ムトーの後にくっついていた彼なら、同じように考えているに違いないと思って、アンは思い切って自分の想像を話したのだ。
「部内じゃもう大尉の名前は禁句ですよ。僕なんて大尉と親しかったからびくびくものですよ。いつ取調室に呼ばれるかと思って」
「呼ばれたら弁護すればいいじゃない。大尉はスパイなんかじゃないし、もちろん自分も関わりないって」
「冗談でしょ。そんなことしたらよけい疑われるだけですよ。いいですか、ワトリーさん」
 マクレガーは決してアンのことを『ワトリー少尉』とは呼ばない。たいした仕事もしていない受付嬢風情が自分と同じ少尉であることを快く思っていないのだ。口調はあくまで丁寧だが、その目にはあからさまな侮蔑の色が浮かんでいる。
「大尉は容疑をかけられているんじゃない。大尉は罪を犯したんだ。もうそれは決まったことで、弁護の余地なんかないんです。そりゃ僕だって大尉にはお世話になったし、信じたくないけど、信じる信じないの問題じゃないんですよ。もう手配されてしまったんだから」
 あなた、それでも特捜部の一員なの!と怒鳴りそうになるのをアンはこらえた。そんなことを言っても仕方がない。彼の言うことはもっともなのだ。賞金付きで手配されるということは、裁判を開く必要がないということだ。何しろ容疑者を発見し通報しさえすれば、『その生死は問わない』のだから。
 公安が正義の味方などでないことは、一般市民だってわきまえている。内部の人間ならなおさらだ。世の中がきれいごとだけでは立ち行かないことぐらい、理解はしている。でも。
 でも、それがこんなにぞっとすることだったなんて。
 それが自分の身近な人間にふりかかった時、ううん、自分自身にふりかかると考えたら。私だって、ムトー大尉をかばった罪で投獄されないとも限らないのだ。ただほんの少し、疑問に思っただけで。


続き

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