アマ小説家の作品

◆パペット◆第12回 by日向 霄 page 3/3
 去っていった老人の姿を追うように遠い目をしたままで、ジュリアンが言う。
「あのじいさんが、シンジケートとやらのボスだっていうのか」
「そうでないとは言い切れん」
 ヒステリックな笑い声が弾けた。ジュリアンだ。ひとしきり笑い、まだむせびながら、ムトーに向かってジュリアンは言った。
「真実を見つけたいってあんたは言ったな。簡単じゃないか。『世界はジョーク』、これこそが真実だ!」 
 陰鬱な気分で、ムトーは答える。
「おまえがジュリアン=バレルで、”狼”だっていうのもただのジョークにすぎないのか?」
「かもしれない」
「では、”狼”が殺したはずの”政財界の黒幕”とやらが実在しなかったことも?」
 ジュリアンの顔から笑いの残滓が消えた。
「何だ、それは」
「何もかも冗談なのさ。ただ言葉遊びがあるだけなんだ。殺される黒幕も、殺すテロリストも、誰もその正体を知らない。わくわくする設定だけがあって、その設定に目をくらまされて、実体がないことに誰も気がつかない」
「だって、でも、ジュリアンはちゃんといるのに?」
 消え入りそうな声で、マリエラが口をはさむ。
「だから俺はおまえに逢いたかったんだ。逢って確かめたかった。俺の推測など、ただのバカな妄想にすぎないんだと」
 最初は、自分の推測を裏付ける証拠が欲しかったはずだった。誰が設定を書いたのか、それをこそ知りたいと思っていたのだった。しかし今は知るのが怖い気がする。いっそ真っ向から否定してもらいたかった。この世が冗談にすぎず、自分が道化にすぎないなどと、誰が認めたいものだろうか。
 だから、ムトーは尋ねずにはいられない。
「ジュリアン、おまえが本当に”狼”だというなら、いや、”狼”なんかでなくていい、ジュリアン=バレルである必要もない、ただ、おまえが本当にジョアン=ガラバーニを殺したというのなら、奴がどんな顔で、どんな死に様で、なぜ殺したのか、それを教えてくれ」
「なぜ殺したのか……?」
 ジュリアンは今までに自分が手にかけた男達の顔を思い出そうとした。彼らはいつも断末魔の悲鳴を上げながらジュリアンの後を追ってきていた。夢の中で、彼らはいつも曖昧な死者の顔であり、個々の区別をつけるのは難しかった。あの中のどれがジョアン=ガラバーニだったというのだろう。あの中にジョアン=ガラバーニはいるのだろうか。自分はなぜあれほど多くの人を殺さなければならなかったのだろう……。
 警報が鳴っていた。
 それ以上考えてはならない。
 何者かがジュリアンの思考にブレーキをかける。おまえは一介の殺し屋にすぎない。ただ金で殺しを請け負うだけだ。相手を殺す理由を持っているのはおまえではなく、金を出す他の誰かなのだ。何も思い出す必要などない。
 ジュリアンは言った。
「殺すのが俺の仕事だ。理由なんかない。どんな顔かだって? 死人の顔なんてみんな同じに見えるものさ」
「じゃあ、おまえに殺しを命じていたのは誰なんだ? おまえの雇い主は」


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