アマ小説家の作品

◆パペット◆第11回 by日向 霄 page 1/3
 ムトーは焦っていた。楽園に落ちて、まだたったの2日しか経っていなかったが、のどかで落ち着いた牧歌的な風景とは裏腹に、ムトーの心ははやるばかりだった。
「探さなきゃならない相手がいるんです。どうしても逢わなきゃならないんだ」
 だからここから出してくれるように、とムトーは老人に頼んだ。しかし老人は取り合ってはくれなかった。
「もしもその相手と君が出逢う運命にあるのなら、焦る必要などあるまいが。ここを出たからといって当てがあるわけでもないのならなおさらだ。出逢う運命なら出逢えるし、出逢えないのなら縁がなかったということさ」
 そんな理屈を受け入れるにはムトーは若すぎた。運命だの神だのといったことを否定する気はないが、道は自分の手で切り拓いていきたかった。自分の意志と、自分の行動で。
 老人の名前は依然として知れない。老人はただ「おじいさん」とだけ呼ばれていた。他に彼ほどの高齢者が一人もいないので、あえて名前を呼ぶ必要がないのだ。彼ほどの高齢者どころか、この不可解な空間には20歳以上の者は存在しないようだった。老人の家を中心に建つ5つの家に暮らすのは子供達と、せいぜいが17〜18歳の少年少女。老人を入れても20人に満たない。彼らだけでこの美しい花畑と黄金の小麦畑を維持しているというのは驚きだし、彼らのためだけにこの世界があるというのは驚きを通り越して空恐ろしくもあった。
 レベル5の下、レベル6に相当する深さにありながら、昼と夜があり、雨さえも降る世界。かつてSF小説がさかんに描いた宇宙コロニーを思わせる。資金の出所がシンジケートでないとすれば、あるいはレベル1の酔狂な金持ちが何かの実験として作ったのだろうか。秘密の実験をするのに、レベル6ほど最適な場所はない。シンジケートにたっぷり金をやることさえできれば。いや、レベルの最上位と最下位を牛耳る者たちは、結局は同質な種族で、彼らをわざわざ分けて考える必要などないのかもしれない、おそらくは。
「食べないの? 冷めちゃうよ」
 不意に響く少女の声に、ムトーは眼をしばたかせる。ユウリが、真っ黒な瞳でムトーの顔をのぞきこんでいた。彼女は最初にムトーの肩の傷を手当してから、すっかりムトーの保護者気取りでいるのだ。
「ユウリ、君の親はどうしたんだい?」
「親って何?」
「親っていうのは、つまり、君を生んだ人たちのことさ」
「わかんない」
「じゃあ、君はいつからここにいるの?」
「もっと小さかった頃からよ。ええと、ラングぐらいの時から」


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