アマ小説家の作品

 SFマガジン2002年2月号『リーダーズ・ストーリィ』入選作品。仮にも商業誌に載ってしまった記念すべき作品です。初めてお金(原稿料というよりは“金一封”でしたが)をもらえた作品でもあるのよねぇ。うーん、この後お金をもらえるのはいつ?


◆穏やかな午後◆ by日向 霄
 それは私が粗大ゴミ置き場で収集車の来るのを待っていた時だった。
「ちょっと」
 杖をついて歩いていた老婦人が立ち止まり、こちらを見た。
「ちょっとあんた。あんただよ、ロボットの」
 そう言われて初めて、彼女が私に話しかけていることがわかった。
「あんた、ひょっとして捨てられてるのかい?」
 肯定の返事をすると、彼女は近づいてきた。
「壊れてもいないものを捨てるのは今に始まったことじゃないけど、ロボットまで粗大ゴミに出される時代とはねぇ。あんた買ったら高いんだろ?」
「それほどでも。この通り私は旧型ですし、目のレンズも片方壊れてしまっています。それに手足を動かすとギシギシ言うようになってしまって」
 私は手と足を動かしてみせた。昔のように滑らかな動きはもうできない。耳障りな音を立ててやっと関節が動く。
「なるほどねぇ。ロボットも寄る年波には勝てないってわけだ。だけどほら、あれじゃないか、ロボットなんだから修理すればいくらでも直るだろ。部品を取り替えてもらえば」
「それこそ高くつきますから。メーカーは五年前の機種の部品などもう置いていません」
「ああ、そうだ。そうだったね。新しいのを買った方がお得ですよ、なんてうまいこと言って、余計な機能ばっかりついた高いのを買わされるんだよ。でもあんた、頭はそれだけしっかりしてるのに、スクラップにされちまうなんて、いいのかい?」
「ロボットですから。仕方ありません」
 老婦人はしばらくじっと私を見つめ、そして言った。
「あんた、あたしんとこへ来ないかい?」
 私に否やはなかった。人間の必要なことをするのが私たち機械の役割で、彼女が私を必要とするなら、私にそれを拒む権利はない。
 ただ問題は、このようなポンコツでは役目を果たせないということだった。
「玲子さん」
 老婦人の名は木戸玲子といった。
「もし私を置いてくださるおつもりなら、お金はかかりますが、一度メーカーに送っていただかなくてはなりません。最低限の調整を施してからでなければ、ロボットとしてあなたのお役に立つことができないのです」
 玲子さんは一瞬驚いたような顔を見せ、そしてあっはっはっと大きな声で笑った。
「馬鹿だねぇ。あたしはあんたにそんな大層なことをさせるつもりはないよ。ちょっとした力仕事だとか、高い所にあるもんを取ってもらったり、話し相手になってもらったりしてほしいだけさ。動くたんびに音がするぐらいどうってことないさね。にぎやかでいいじゃないか」
 かくして私はそのままの状態で玲子さんと暮らすことになった。
 七十二歳になる彼女は、三年前の骨折のために右足が不自由で、耳が少し遠く、目も悪かった。老眼だけでなく、緑内障を患っているらしい。
「どうして手術なさらないんですか?」
 私は訊いた。今はロボットだけでなく、人間も部分的に悪い箇所を取り替える。チップを埋め込んで視力や聴力を確保する手術は簡単にできるし、義足や義手、人工骨など珍しくもなんともない。
 私は玲子さんを一目で『老婦人』と判断したが、それは百科事典的知識によるもので、彼女以前に老婦人というものを見たことはなかった。年齢的には老人であっても、外見的に老人である人間は少ないからだ。
「だって、必要ないじゃないか。動かないなら動かないなり、聞こえないなら聞こえないなり、なんとかやっていけるもんさ」
「でもリスクが増えます。目が見えないために事故に遭うなんて馬鹿馬鹿しくありませんか?」
「そんならそれがあたしの寿命ってことさね。どのみち永遠に生きられるわけじゃなし」
 確かに玲子さんの生活に不都合はなかった。ただいちいちのことに時間がかかるだけだ。最初私は玲子さんのゆったりしたペースに焦燥を覚え、時間の無駄をなるべく省こうと努力していたが、それこそ時間の無駄というものだった。
 幸いにもというべきか、私自身の動きもまた、次第に緩慢になっていった。手入れをしない私の体はますます雑音を出すようになり、ついには右手首が逆方向に曲がったままになった。近頃では音量の調節がうまくいかず、とんでもない大声を出して隣人から苦情を言われることもしばしばだ。
 それでも玲子さんは私を修理に出すこともせず、もちろん粗大ゴミに出したりもしなかった。
「どっちが先に動かなくなるか競争だねぇ」
 玲子さんはそう言ってよく笑った。できればその競争に私は勝ちたかったが、しかしついにゴミと化した私を彼女がどんな想いで眺めるのかと思うと、やはり勝つわけにいかない気がした。
「お茶が入りましたよ」
 椅子にかけたまま、声をかけても気づかず眠っていることが多くなった玲子さん。時々わけのわからない寝言を言ったり、私を誰かと間違えたりする。
 まだ、玲子さんは目を覚まさない。
 午後のやわらかい陽差しの中でゆっくりとお茶が冷めていくのを、私は見るともなく見ている――。



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