美母戦隊ミンキーママ
その4『若さと美が世界を救う!?』 byひゅうが霄


 火事としてはさしてひどいものでもなかったはずなのに。
 なんでかあっちでもこっちでも、ニュースは隣のアパートを映していた。ということは、うちもちょっとは映っていた。のみならず、パパやこういっちゃんはインタビューまでされていた。なんでや。
 もちろんアパートの住民はもっといっぱい映ってて、色々なことをしゃべっていた。じじぃの術が中途半端だったのか、「夜にゴミを出す人が悪いんですよ」とまだ怒ってる人もいたし、怖ろしいことに「黒燕尾で仮面をつけた謎の人物」について語る人もいた。
「それが火を点けた犯人だったんですか?」
「いえ、そこのところがどうもよくわからないんですけど、とにかく怪しかったので」
 悔しいことに、酔っぱらいのおじさんを連れて現れた美貌の青年の話はまったく出てこないのだ。じじぃの術が黒仙人に負けているのは明々白々。
「で? その美し〜い青年が黒仙人で、今回の火事を仕掛けた真犯人だと?」
 そう尋ねる淳子の口調はやけに冷たい。
「ずるいよねぇ、なんで玲ちゃんだけ。あたしも会いたかったな、その美青年に」
 もちろん芳美ちゃんも。
 って、美しくてもかっこよくても、相手は仙人なんだよ。しかも敵側。
「いいじゃない、敵の美青年と恋に落ちる正義のヒロイン! これぞロマン、これぞドラマチック!!」
 いや、だからさ、相手は人間じゃないんだし、うちら3人とも夫子持ちじゃん。正義のヒロインが不倫をするのはどうかと……。
「いい加減にせんか!」
 パコ、パコ、パコッ。まるでマリンバでも演奏してるかのようにリズミカルに、じじぃはあたし達の頭を叩いた。
「まったく女というものはすぐ見た目に騙されるんじゃからな。何がロマンじゃ」
「見た目で選んで何が悪いの?」
「『人は見た目が9割』! ベストセラーだよ」
 ははは。まったくねぇ。どうして白仙人の方は見た目がじーさんなんだか。もしもじじぃの外見がジャニーズ系だったら、あたしらのやる気も倍増してただろうに。
「ふん。顔形など術でどうにでもなる。じゃがもしわしが美青年だったとしてみろ、おぬしら誰がわしを家に置くかで大揉めじゃぞ。それこそ不倫ヒロインじゃ」
 うーん。一理あるようなないような。
「でも」
 と、あたしは奴の顔を思い浮かべながら言った。
「あれはちょっと、ロマンとか不倫とかいうレベルを超えてると思うよ。なんていうか、冷や汗出たもん」
 今こうして思い出しても、ぞくっと身震いがしてしまう。心臓を鷲掴みにされるぐらい魅力的だけど、でも恋に落ちるにはあまりにも……。そう、あまりにもまがまがしすぎる。
「そんなこと言って玲ちゃん、あたし達をヒーローから遠ざけようとしてるんでしょ」
 してない、してない。
「何とでも言えるわよねぇ。あたし達はお目にかかってないんだから」
 ああ、いい男の前に女の友情とはなんと儚くもろいものであろうか(涙)。あたしはパチンコ屋の広告の裏に奴の似顔絵を描きながら、弱々しく反論した。
「そんなに心配しなくたって、きっとこれからいくらでも会えると思うよ。あいつがホントに黒仙人で、この街をターゲットにしてるんならさ」
 うーん、ダメだ。全然似ないぞ。こんなもんじゃないんだ、あいつの魔的な美しさは。ホント、洒落になんないよな。“黒仙人に会ってみれば、絵にも描けない美しさ♪”、だなんて。
「すごぉい、玲ちゃん、絵、上手〜」
 ぱっと紙をひったくった芳美ちゃん、美青年イラストにChu!――って、おいおい。
「それ、似てないよ。本物はもっとなんていうか、『悪魔(デイモス)の花嫁』のデイモスをもうちょっと丸顔にしてCLAMP描くところの美青年を足して2で割って、昔涼風真世が宝塚でやったメフィストフェレスをさらに足したような……」
 って、どんなんやねん!
 まぁ皆さん好きなように想像してちょうだい、好きなタイプの美青年を。
「それにしても恫漣士(とうれんじ)の奴、なぜわざわざ正体を現しおったのか」
 今度はじじぃが似顔絵をひったくり、ふっと息を吐きかけた。たちまちイラストに角が生え、牙が生えてホントにデイモスのようになる。
「そういえばあんた前に言ってたよね。奴はそうそう姿を現したりはしない。あたし達がじかに戦うのは奴に操られた人間と魔物達だ、って。全然話が違うじゃん!」
「バカにされてんじゃないの? 格の違いを見せつけようとかさ」
 はは、淳子様ったらホントに辛辣。
「あたし思うんだけど」
 再び芳美ちゃんが似顔絵を取り返した。やけに神妙な表情で言葉を継ぐ。
「白と黒って、実は逆なんじゃないの? あたし達、このじーさんに乗せられて正義のヒロイン気取りだったけど、実はいい仙人なのは向こうの方で、それをわからせるためにそのお美しいお姿を現してくださったんじゃないのかしら」
 はは。
 はははは。
 そこまで言うか、芳美。
「何をバカなことを!」
「だって若くてきれいな方が悪くて、チビのじーさんの方がいいもんなんて、そんなの全然お話としてつまんないじゃないっ。そんなののヒロインやったって全然つまんないっ!!」
 まぁ気持ちはわかる。あたしだってホントにしみじみと、心の底からそう思うけど、でもあいつは、あいつの発するぞっとする気配は、残念ながら“善”の側のものとは到底思えなかった。
「何が正義で何が悪か。白仙人が仙人の中ではいいもんだったとしたって、あたし達人間にとってホントにいい存在かどうかはまた別問題だもんね。場合によっては人類を滅ぼす、ってこともありなんでしょ? 人類の上に立ってるんならさ」
「そうせずにすむように、我ら白仙人はずっと人間の良心を導いてきたんじゃ」
 ぷいっ。聞く耳持たぬ、という風情で芳美ちゃんがそっぽを向く。
「とにかくあんたのこと100%信用するのはやめにする! それに玲ちゃんも! この目で美青年を見るまで、玲ちゃんのことも信じない!」
 ええええええーーーーっ。なんでそうなるの。
 思うに。
 黒仙人が正体を現した理由はただ一つ。
 あたしらミンキーママを仲間割れさせるためだ!
 はぁ。そうとしか考えられないよねぇ。ゴミ置き場の火事も、あれからぴたっと収まっちゃって、ホント、何の意味があったのかわかんないし。そりゃ、色々と住民の間にしこりは残ったのかもしれないけど、うちら3人の間に入った亀裂に比べれば……。
 つくづく。はぁ。
 芳美ちゃ〜ん、メールの返事はしなくていいから、お迎えで会った時ぐらい挨拶しようよぉ。
 淳子ぉ、口きいてくれるのはいいけど、その事務的かつ冷淡なしゃべりはなんとかならないのぉ。無視される方がまだましじゃん。
「ねぇ、ママ。夢月ちゃんのお母さんとケンカしたの?」
 子どもにだってチョンバレなんだから。
「うーん、そういうわけじゃないんだけど、女の友情って色々難しくてね」
「翔太くんとこは? 遊びに行ってもいい? ママ、翔太くんのお母さんと顔合わせるの嫌だったら、ぼくふみちゃんに連れてってもらうから」
 あああああああ。よく気のつく子だねぇ、おまえさんは(涙)。
 あたし達の冷戦状態は2週間も続いたろうか。
 意外にも、というかなんというか、その緊張状態を破ったのは芳美ちゃんだった。
 あれ以来音信不通を装っていた芳美ちゃんから、メールが来たのだ。ん?写真付き?
「ちょっとぉ、見たわよ、黒仙人!!これでしょ、ほら!矢沢と一緒にいたわよぉ、もう、悔しいーーーーーーっっっっっっ!!!!!!!」
 という文面とともに、矢沢と美青年のツーショット写真。
 芳美ちゃん、あんた何フライデーしてんの。
 もちろん、遠くから隠し撮り(?)、しかもケータイのカメラだから、矢沢も「言われれば矢沢」ってわかる程度。美青年の方は、「若い兄ちゃん」ってぐらいで、はっきり言って顔はよくわからない。場所がユアーズストアだってことはなんか、やけによくわかるんだけど。
 うーん。この映り具合で断言するのもどうかと思うけど、違うと思うよ、芳美ちゃん。
「なんで? じゃ、なんで矢沢があんな美青年と一緒にいるのっ!?」
 そんなことあたしに訊かれても。
 久しぶりに3人、芳美ちゃんの家に集まった。もちろんメールのすぐ後。あたしの推測通りユアーズストアで買い物をしていた芳美ちゃん、矢沢が美青年と一緒にいるのを見かけ、撮る物も撮りあえず……じゃなかった、取る物も取りあえずシャッターチャンスをうかがい、なんとかバレずに撮影に成功し、すぐさまトイレに駆け込んでメールを打ったらしい。……何もそんな逃げ隠れしてまでメール打たんでも。
 大急ぎで店内に戻ると、そこにはもう矢沢一人しかおらず、どんなにぐるぐる売場を回っても、きれいなお兄さんの姿はどこにも見当たらなかったそうだ。
「それって、別に矢沢の知り合いなわけじゃなくて、なんかたまたま落とした物を拾ったとか、そーゆーんじゃないの?」
 矢沢と一緒にいただけでみんな黒仙人扱いされちゃあねぇ。お兄さんも困るでしょ。
「違〜う! しゃべってたもん! にこにこしてたもん!! 矢沢、ポッってなってたもん!!!」
 そりゃあたしだって、たまたま落とし物を拾ってくれたお兄さんが美形だったらポッとするよ。
「でも、じゃあ、ぞくっとした? もしあたしの見た恫漣士(とうれんじ)だったら、見ただけで背筋がヒヤッとすると思うんだけど」
「そりゃもう! ギクっとしたわよ。あっ、美形!と思ったら矢沢としゃべってるんだもん!!」
 “ギクっ”の意味が違うって。
「もし恫漣士(とうれんじ)だとしたら、おまえさんの気配などたちまち勘づいていたはずだがの」
「だって、あれが黒仙人じゃなかったら、どうして矢沢なんかとにこにこしゃべってるの? あり得ない、あり得ないわっ!」
 ……さすがにこの芳美ちゃんの暴走ぶりには淳子も。
「この子を正義のヒロインに選んだのは間違いだったんじゃない?」
 ははは。
 しかし謎の美青年の正体は、あっけなく判明したのだった。
「テレビ、テレビ見て! 玲ちゃん!!」
 今度はメールでなく電話で来た。ケータイの向こうで叫ぶ芳美ちゃん。
「黒仙人がテレビ出てる!!」
 はいはい、だから何チャンネルなのよ。しょうがなくあたし、“いらち”(※大阪弁で「せっかち」「短気」)のおっさんよろしく、テレビのチャンネルを次々と変えていく。この時間、どこも大抵夕方のニュースなんだけど。
「ほらっ、エアロビのインストラクターなんだって!」
 あ、これか。
 体育館のようなところで、音楽に合わせてステップを踏む女性の一群。アナウンサーがそのうちの一人にインタビュー。そして、映像がスタジオに切り替わり。
 にこっ。
 王子様スマイルで美青年登場。
「ねっ、ねっ、すんごい美形でしょっ!?」
 確かに、そのへんのイケメン俳優以上に端正な甘いマスク、絶妙に着崩したピンストライプの細身のスーツ。ピアスに指輪。スポーツインストラクターというよりはファッションモデルのような。
「う〜ん、でも、やっぱりあたしの見た恫漣士(とうれんじ)とは全然違うけど……」
 爽やかだもんねぇ、この人。
「どう見てもただの人間じゃな」
 耳元で、じじぃもうなずく。
 彼の名前は笹ヶ谷聖也(ささがや・せいや)。ゆかり野市のとなりの春菜(はるな)町が数年前におっ建てたむやみにでかい町民健康スポーツセンターで、この春から30代以下女性限定フィットネスクラスを受け持っているらしい。
『やはり美と健康、これに尽きますね。体を動かしていい汗をかけば、自然に美しくなっていきますし、特に女性にはいつまでも若々しくあってほしいですから』
 なんてことをにこやかにしゃべって、王子様は退場した。ローカル局のニュースの中の、“かがやく人”というコーナーだったらしい。
 次の日、幼稚園に行くと、けっこうな数のお母さん達がエアロビ王子様の話をしていた。
「ねっ、カッコイイでしょ〜。もう、ホントに素敵なのよぉ」
「いいなぁ、あたしも行こうかな」
「ダメよ、今、もう教室いっぱいだもん。順番待ちだって言ってたわよ。それに春菜町民優先だって」
「え〜、そうなのぉ」
 わざわざ春菜町までエアロビに通っている人がいるらしい。「春菜町の友だちから話には聞いてた」という人もいて、意外にも既に聖也くんは有名人だった。
 つーことは矢沢も通ってんのかな、エアロビ。ラメ入りの派手なレオタードとか着て。……いかん、想像してしまった。
「あのね、木戸さん」
 たまたまお迎えの時に矢沢に出会って。
 珍しく声をかけられた。
「執行部主催の講演会の話なんだけど」
 ああ。なんかあったなぁ。年に1回、秋頃に、外部から講師を招いて子育て講演会とかって。もう準備しなきゃいけないんだっけ?
「ただ話を聞くなんてつまらないでしょう。それでわたくし考えたんだけど」
 と、ここでなぜか矢沢、声を落とし、こそこそと。
「エアロビ講座なんてどうかしら」
「エアロビ?」
「考えておいてくださる? あさって、ちょうど執行部会でしたでしょ」
 いつもなんだかんだ理由をつけてサボったり遅刻したり早退したりする矢沢が珍しく一番に“お母さんの部屋”に来ていた。会長以下執行部役員4人と主任の川端先生だけでの執行部会は、“絵本の部屋”を間仕切りした小さなスペース、“お母さんの部屋”で行われる。今日のメイン議題は来月に迫った『夕涼み会』のことだったはずなのだけれど。
「先日テレビにも出演なさった、聖也先生をお招きしてのエアロビ講座なんてどうかしら」
 と、矢沢が提案したとたん。
「はいっ! やるっっ!! やりますっっっ!!! やらせてっっっっ!!!!」
 すごい勢いで食いついた芳美ちゃん、川端先生の呆れ顔をよそに矢沢を質問攻め。
 もちろん矢沢は春菜町のスポーツセンターに通っていた。麗しの聖也くんのクラス(こう見えて矢沢もまだ30代なのよねぇ。格好が一昔前の“成金おばさん”だから、なんか同世代ってことに抵抗あるんだけど)。聖也くんは春菜町、ゆかり野市と境を接する蕨田(わらびだ)市で一人暮らしをしているらしい(って、そんなこと聞いてどーすんだ、この不倫ヒロインめ)。
 先日はたまたまゆかり野市内の知人を訪ねる途中にユアーズストアに寄ったところを矢沢に出くわし、さらには芳美ちゃんにもフライデーされてしまったらしい。
「先生にもちょっとお話してみたんだけど、『いいですよ、ぼくでよければ』っておっしゃって下さって」
 ちなみにフィットネスクラスではみんな彼のことを“聖也先生”と呼んでいて、受講者はみんな姓ではなく、下の名前で呼ばれているそうだ。げーっ、じゃあんた、“理恵子さん”って呼ばれてんのかよぉ。
「あの、あの、じゃあ早速あたし達4人で先生に正式に申し入れに行きましょうよ。ねっ、ねっ! お願い、行くと言って!!」
 矢沢をすら引かせる芳美ちゃんのすごい勢いに、あたしと淳子、思わず他人のふり。  で、『夕涼み会』のことなんだけどさ……。
「あら、もうこんな時間! ごめんなさいね、樹人(みきと)くんのピアノの先生が来るもんだから」
 やっぱ早退かよっ!
 川端先生も色々他に園の用事があり、残されたのは結局あたしら3人、麗しの王子様に会えることが決まって心ここにあらずの芳美ちゃんは当然何の役にも立たず……どーすんだよっ、『夕涼み会』!
「ホントに人間の女って奴は、見た目に弱いんじゃからな」
 すっかり遅くなって大急ぎで夕飯の用意にかかっていると、じじぃがねちねちと愚痴り始めた。
「そもそも男の値打ちってもんが皆目わかっとらん。30、40は洟垂れ小僧、男は50からじゃ」
 って、あんた50どころじゃないでしょうが。
「芳美ちゃんは特別。あたしだけが恫漣士(とうれんじ)を見ちゃったもんだから、どうにも気が収まらないのよ。納得できる美形キャラにじかに会わないことにはね」
「とかなんとか言いながら、おまえさんもちゃっかりついて行くんじゃろうが、あの優男のところへ」
「だって心配じゃない、芳美ちゃんと矢沢だけに任せてたら話がどこ行くかわかったもんじゃない」
「はん、気の毒にな。おまえさんの旦那も、ピンクの旦那も、家族のために毎日働いとるというのに、嫁は知らん顔でよその男に熱を上げとるんじゃから」
「だぁかぁらぁ。あたしを一緒にしないで、つってんじゃん。あたしはあーゆーのは好みじゃないんだから」
 どーも爽やかすぎるんだよな〜、あの聖也くんは。あたし的にはもうちょっと影がある方がいい。こう、何考えてるかわかんないような、ちょっとヤバイ感じがするぐらいの方が……。いや、もちろん、恫漣士はヤバすぎだけどさ。
「“ヤバい”のが好きねぇ。悟さんは人の良さそうな顔しとるがの」
 うっさいなぁ、ホントに。いい男の話になるとやたらに絡むんだから。
 次の火曜日、矢沢にくっついてあたし達3人が春菜町スポーツセンターに出かける時も、じじぃは拗ねて家に残っていた。年寄りは年寄りらしく、縁側でおじいちゃんと平和に囲碁だ。
「東流斎さんがいてくれるとホント、助かるわぁ。おじいちゃんのお守りよろしくねっ」
 なぜかふみちゃんまで春菜町にくっついていくことに。
「だって会ってみたいじゃなぁい、実物はテレビよりもっとカッコイイかもしれないし」
 ……気が若いんだよなぁ、ふみちゃん。
「悪かったわね、“気”だけ若くて!」
 なんで聞こえてるの〜。
 町民健康スポーツセンターは、なかなかすごい代物だった。体育館とプールはもちろんのこと、土地が余ってるのをいいことに、テニスコートやゲートボール場、遊具を備えた広大な芝生広場まである。敷地の一角には町内産野菜の直売場とカフェまであって、一大アミューズメントスポットって感じだ。平日の午前中だから閑散としてるだろうと思っていたのに、直売場の駐車場には観光バスも停まっているし、テニスコートもゲートボール場も汗を流す元気なシニアで一杯だった。
「取れないらしいよ、テニスコート。3か月先の予約が10分で一杯になるって」
「ふうん。でもどっちみち町民優先なんでしょ?」
「まぁね」
 そんなことを話しつつ、体育館に入っていく。目当てはエクササイズルームだ。
「聖也先生〜っ」
 矢沢が黄色い声を上げながら走り寄っていく。もちろんその後には金魚の糞のように芳美ちゃんがくっついている。わざわざ詩月ちゃんを保育サービスに預けてくるほどの気合いの入りよう。きっとレオタードも新調したんだろうなぁ。
 そう、矢沢が電話で聖也くんにアポを取った時、「せっかくだから、一緒に体験しますか?」と言われて、今日あたし達もちゃっかり用意をしてきているのだ。と言っても、あたしも淳子も普通のTシャツにトレパンだけど。
「こんにちは。よろしくお願いしま〜す」
「こちらこそ」
 順々に挨拶するあたし達にいちいちにっこり王子様スマイルを見せていた聖也くんの顔が、ふみちゃんを見て急にこわばった。
「あの、あなたも幼稚園の……?」
「あ、あたしの母なんです。どうしても先生にお会いしたいって言うもんですから」
「はじめまして」
 ふみちゃんがぺこりと頭を下げると、なぜか聖也くんは後じさり。
「すいません、ぼく、お年寄りは苦手で……。まさかご一緒にエクササイズを?」
 今度はふみちゃんの顔がぴしっとこわばった。いくら孫がいるといっても、ふみちゃんはまだやっと56。ずっとバリバリ働いてたせいか、顔つきも動作も若々しくて、せいぜい50にしか見えない。ホントの年齢を言うといつもびっくりされるくらいなのだ。
 そのふみちゃんを捕まえて、いきなり「お年寄りは苦手」って。
「年寄りで悪ぅございましたわね!」
 くるっ。
 きびすを返したふみちゃん、どすどすどすっとエクササイズルームを出て行ってしまう。ちょ、ちょっと待ってよ、ふみちゃん!
「何よ、ちょっと顔がいいと思って偉そうに! そりゃぴちぴちのギャルってわけにはいきませんけどね、何も開口一番“お年寄り”ってことはないでしょ。まったく今ドキの若い子はほんとに礼儀がなってないんだからっ!」
 あはは。ふみちゃん、ダメだよ、そこで“今ドキの若い子”って言っちゃ。それを言ったが最後年寄りの仲間入りなんだから。
「どうするの、ふみちゃん、帰るの?」
「当たり前でしょっ」
「当たり前でしょって、だってどうやって帰るの?」
 もちろんここまでは車で来たのだ。あたしの運転で。
「歩いてでも帰るわよ」
「そんなぁ。ねぇ、ほら、カフェだってあるし、ちょっと待っててくれれば」
「いいえ。帰ります!」
 え〜〜〜〜〜〜。
 もう、しょうがないなぁ。まさかお姑さんを歩いて帰らすわけにいかないじゃない。いくらふみちゃんが毎日ウォーキングで鍛えてるって言ったって、歩いて帰れる距離じゃないんだから。
 あたしは淳子に「ごめん、ちょっと送ってくる」と断って、ふみちゃんを車に乗せた。スピード違反で捕まらない程度に急いで家まで。玄関先でふみちゃんを降ろすと、再び春菜町へとって返す。
 はぁ。ったく、麗しの聖也くんのせいでとんだガソリンの無駄遣いだわよ。
 駐車場から走って体育館に戻ると、当然エアロビ教室はもう始まっていた。家まで往復でほぼ30分。1時間のクラスがもう半分終わっちゃっている。
「あれ、どうしたの、2人とも」
 矢沢は最前列で元気にステップを踏んでいるというのに、淳子と芳美ちゃん、隅の方で何やら浮かない顔で座り込んでいる。
「ああ、お帰り、玲ちゃん」
「ただいま。って、何? もうバテたの?」
 いくら何でも早すぎない?
「違うのよ。なんか変なの。あたしも芳美ちゃんも、踊ろうとすると気分が悪くなっちゃって」
「へ?」
 最初から、何か妙な違和感が2人を包んでいたらしい。最近運動不足だったし、それでかな、と思っていると、どんどん気分が悪くなり、体が重くなって、15分も経つ頃にはとても動きについていけなくなってしまったというのだ。
「これ、関係あるみたい」
 芳美ちゃんが腕をひらひらさせた。手首のピンクの念珠がライトを反射して揺れる。あたしの念珠はブラックオニキスだけど、芳美ちゃんのはきれいな紅水晶――ローズクォーツだ。
 くいっと淳子が顎で矢沢達生徒の方を指した。
「やっといでよ。わかるから」
 促されて、あたしは女性達の一番後ろについた。1クラス30人。たぶんみんな同年代だろう。20代後半から、30代くらいの、子どもが幼稚園や学校に行ってる間にリフレッシュ、って感じの奥様方。うん、平日の午前中なんだから、パート勤務の人以外はたぶん専業主婦よね。
 ほとんどの人がレオタード姿。腰から下はトレパンとかオーバースカートで隠してる人も多いけど、惜しげもなく脚線美をさらけ出している人もいる。
「はい、右、右、左、左! 笑って! 笑顔で!」
 聖也くんのかけ声に合わせ、ご婦人方は汗を流す。
「きれいに! 若く! 美しく! いつまでも!」
 ああ、ほんとだ。なんかムカムカしてきた。何だろ、朝ご飯食べすぎ? ちゃんと出すもん出して来たんだけどなぁ。
 え?
 見間違いかと思った。
 踊りながらじゃ見逃すくらいかすかに、念珠が光っている。ぼうっと、まるで二重写しになるみたいに。
 う〜、なんだ、ほんとに気分悪い。くらくらする。
 一体どういうこと? この前念珠が光ったのって、例のゴミ問題で芳美ちゃんが助けを求めた時だったよね。あたし達3人がミンキーママとして繋がってる証。いざという時はこれを使って東流斎のじいさんを呼べるし、変身の力もこの念珠に宿っている(んじゃないんだろうか、よくわかんないけど)。
 ああ、そうだ、あの時。
 恫漣士と屋根の上で対峙した時。
 あの時はこの念珠がやけに熱くて。
 今も、あたたかい気がする。体動かしてるから、全体的に暑いんだけど、それとは別に、手首の所だけ何か、違う感じが。
 どういうこと? やっぱり黒仙人と関係があるってことなの? まさかどこかに恫漣士の奴が潜んでいたりするんだろうか。
 あたしはふらふらと淳子達のそばに戻り、へたりこんだ。不快感がそこから来るような気がして、念珠をはずそうとする。
 はずれなかった。
「ダメだよ、取れないの」
「あたし達もとっくの昔にやってみたからね」
 取れないって、なんで? お風呂に入る時は普通にすっと抜けるのに。
 狐につままれたようなあたし達を尻目に、矢沢は元気ハツラツオロナミンC、嘘みたいに若々しく踊りまくっている。あたし達みたいに辛そうな顔をしてる人なんて誰もいない。みんなわざとらしいまでの笑顔で汗を飛ばしていた。
「みんな素敵よーっ! その調子! 美と健康が世界を救う! はい、若く!」
「若くっ!!」
「美しく!」
「美しくっ!!」
「いつまでも!」
「いつまでもっ!!」
 聖也くんの声に合わせてみんなも叫ぶ。
 ……なんか、ちょっと新興宗教っぽくない?
 あ、ダメだ。踊ってないのにまたムカムカしてきた。
「はいっ、ラストぉ!」
 音楽がゆっくりしたものに変わって、クールダウン。「ありがとうございましたっ!」という元気な女性達の声でエクササイズは終了した。
「どうしたのぉ、あなた達。なさけないわよぉ」
 矢沢が勝ち誇ったような声で近づいてきた。ああ、あんたにだけはバカにされたくない。
「そんなにきつかったですか?」
 聖也くんも声をかけてきた。さすがというかなんというか、あれだけ踊って叫んでたのに全然息が切れてない。
「いえ、なんかちょっと体調が悪かったみたいで。すいません、目障りでしたね」
 3人とも同時に体調が悪いなんて、嘘くさ〜。
「いけませんね、きっと日頃の運動が足りないんですよ。健康にいいことなさってますか? 皆さんおきれいなんだから、それをきちんと持続する努力をなさらないとね。老けたら終わりですよ」
 にっこりさわやかにヤなこと言うよなぁ。やっぱ全然あたしのタイプじゃない。
 わかった、きっとこいつ自身が不快なんだ。そうに違いない。と思った時、彼のネックレスが目に入った。ネックレスというか、あの、ファイテンみたいなやつ。
 ドクン。
 手首の念珠が反応した。あたしのだけじゃない、淳子と芳美ちゃん、2人の念珠の波動までがいっぺんに体を駆け抜ける。
 パシン!
 “ファイテン”が弾けた。カランと乾いた音を立てて、床に跳ねる。真っ二つだった。
「まぁ、まぁまぁまぁ」
 何が起こったのかわからない、という顔の聖也くんの代わりに矢沢が素っ頓狂な声を上げる。
「まぁ、縁起でもない。まぁ、どうしましょう」
 あたしは彼よりも先にさっと割れた片方を拾い上げた。ほとんど同時に淳子がもう片方を手にする。
 “ファイテン”のロゴは入っていなかったけど、妙な気配は何も感じない。さっきまであたし達を包んでいた不快感も嘘のように晴れて、ふっと体が軽くなっていた。
「弱ったなぁ、レンに怒られちゃうよ」
 聖也くんに手を差し出されたので、あたしと淳子は素直にそれを返した。
「いや、これ、友だちにもらったものだったんだけど、どうしちゃったのかなぁ。こんなになっちゃうなんて、あり得ませんよね」
 友だち?
「まぁ、先生、よろしければわたくしに新しいのをプレゼントさせていただけません? いえ、是非、そうさせてちょうだい、ね、ね!」
 矢沢が一人で盛り上がってる隙に、あたし達3人は顔を見合わせた。言葉にしなくてもわかる。淳子も芳美ちゃんも、あの念珠の波動を感じてた。念珠が、“ファイテン”を砕いたんだ。
 その後、あたし達はここへ来た本来の目的である幼稚園での出張エアロビ教室の打合せをした。もちろんあたし達ミンキーママはすっかり上の空で、ほとんど矢沢が仕切っていたのだけど。
「あの、笹ヶ谷さん」
 帰り際、あたしは思い切って聖也くんに尋ねた。
「さっきの、ネックレスをくれたお友だちって、その方もエアロビのインストラクターか何かやってらっしゃるんですか?」
「え? いや、レンは違うけど。でもスタイルは抜群だよ。顔もいいし」
 人を疑うということを知らないのか、聖也くん、あたしの唐突な質問をいぶかることもなく、にこにこと答えてくれる。
「あ、ひょっとして、友だちじゃなくて彼女だったりとか?」
「違う違う。男だよ、レンは。女よりきれいかもしれないけどね」
「え! 聖也先生、男が趣味なんですか!?」
 こら、芳美。よけいなツッコミを入れるでない!
「だってぇ、あーゆー体鍛え系の人ってすんごいナルシストで、ホモの人が多いってよく聞くじゃない」
 ひと息ついて相談するために、あたし達は敷地内のカフェに入った。ありがたいことに、矢沢はさっさと帰ってくれた。早速聖也くんにプレゼントするネックレスを探しに行くそうだ。
「だからそーゆー問題じゃない、っつってんの! 聖也くんが女好きだろうと男好きだろうと、そんなこと知ったこっちゃないのよ。問題はあのネックレスの出所(でどころ)なんだから!」
「女よりきれいで、名前はレン、か。どんな字書くんだろうね」
 淳子の考えてることがわかった。恫漣士の“レン”は“さざなみ”だ。
「でも仮にも聖也くんに友だち扱いされてるんだよ。正体を隠して近づいたとしたって、そんな簡単に友だちになったりできるかな」
「できそうじゃない? あの先生頭弱そうだもん」
 ははは、いつもながらはっきり言うなぁ、淳子お姉様ったら。
「っていうか黒仙人なんだから、初対面の人間に自分のこと友だちだって思わせるぐらい、朝飯前なんじゃないのかな」
「珍しくまともなこと言うわね、芳美ちゃん」
「珍しくて悪かったわねぇだ」
 もし本当に“レン”って男が恫漣士だとして、あの“ファイテン”が何らかの力を笹ヶ谷聖也に与えてたとしたら。
「一体、何のために?」
 脳天気なエアロビインストラクターに何をやらそうっていうんだろう。
 もちろん、こんなとこでアイスティーをすすりながら話し合ったところで、答えがわかるわけもない。大体これまでだって、何がやりたいのかさっぱりわかんなかったもんなぁ。幼稚園のPTA会議をひっかきまわしたり、ゴミ集積所でぼやを起こしたり。そりゃ地域の平和が乱れたことは確かだけど、あたしらの暮らしが根こそぎひっくり返ったってわけでもないし。
 あたし達がそろそろ席を立とうかという頃、ゲートボールのグループだろうか、シニアの男女の一群がにぎやかに笑いながらカフェに入ってきた。
「っさいなぁ。年寄りは声がでかいんだから」
 あたし達のすぐ横のテーブルに着いていた女の子が言った。女の子、と言っても10代とかじゃない。かなり若そうだけど、横にちっちゃい子を連れている。あたし達と同じ3人組で、それぞれ2〜3歳ぐらいの子どもを横に座らせていた。髪が濡れているところを見ると、子どものスイミングスクールの帰りってとこだろう。
 入ってきたシニアグループに対して、あからさまに嫌な顔を見せている。
 シニアの一団は真ん中の大きな円形テーブルについた。10人いっぺんに座ろうと思ったら、そこしかない。
 でも、そこには既に若いカップルが1組座っていて。
「やだ、気持ち悪い」
 隣にかなり年輩の男性が座ろうとしたとたん、女の子が身をのけぞらせながら言った。
「行こう」
 男の子が女の子をかばうようにして席を立つ。
 レジでお金を払いながら、女の子が店員に文句を言ってるのが聞こえる。
「もう、どうしてここ年齢制限しないの? ゲートボール場なんて作んなくていいのに!」
 円形テーブルのシニアの皆さんがざわつく。「何だと!」と言って立ち上がりかける男性を、隣の女性が「まぁまぁ」と宥めている。
「ったく、近頃の若いもんは年寄りを邪魔者扱いしおって」
 おじいさんの文句に、子連れの若い女の子がぼそっと答えた。
「だって邪魔だもん」
 子連れグループもそそくさと席を立って出て行った。
 なんだなんだなんだ?? 春菜町って、マナーの悪い子が揃ってるわけ?
「わかった」
 淳子が言った。
「へ? わかったって何が?」
「黒仙人の狙い」
「え?」
「ゴミ問題の次は老人問題ってことよ」
「は?」
「だからさ」
 と言って淳子が説明してくれたのはこうだった。
 聖也くんのエアロビは、異常に『若く美しく』を強調していた。ほとんど新興宗教みたいに。『若く美しい』ことを第一に考えるとどうなるか? 当然『年をとる』ことが悪になる。『年寄り』は『醜くて気持ち悪くて排斥すべきもの』になるわけだ。
「聖也くんだけじゃなくて、ここのインストラクターがみんなそーゆー思想でスクールをやってるんじゃない? それで生徒に刷り込んでんのよ、老化は悪だって」
「何のために?」
「さぁ。でも老人と若者の対立が激しくなれば、まぁ地域の平和は乱れるでしょ」
「そりゃまぁそうだけど……」
「あるいはあたしらに対する単なる嫌がらせとかね。ゴミ出しとか老人とか、あんまり積極的に関わりたくない問題じゃない。地味っていうか、日常に密着しすぎっていうか」
「だよねぇ。もし淳子の考えが正しいとしたら、あたしらが今回守るものって、お年寄りってことだし」
「え〜っ、やだぁ、そんなの!!」
 ほらね、芳美ちゃん。そんな素直に嫌がる君がいるから、黒仙人が面白がっちゃうんだって。


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