アマ小説家の作品

 SFマガジン2002年3月号『リーダーズ・ストーリィ』選評にて「途方もないスケールのヨタ話。トンデモ・アイデアが楽しい一篇です」と紹介されたショートショート。
 お楽しみ下さい(しかし『穏やかな午後』の後にこれを送る私も……)。


◆地球を救う超簡単な方法◆ by日向 霄
「ああ、もう、やめたやめた!」
「どうしたんですか、先輩」
「こんな研究もうやめだ! 砂漠の緑化のために乾燥と砂地に強い品種を作り出すなんて、こんなトロい研究、やってられっか」
「トロい研究って、でも成果は上がってるじゃないですか。先輩の開発した品種、国連の緑化計画にも採用されてるんですよ。世界に研究者は大勢いる中でうちのが選ばれたなんて、所長はもう大喜びじゃないですか。おかげで予算も増えたし」
「ばかやろ、俺の言ってんのはそんなことじゃねぇや。こんなものいくら研究開発したってなぁ、地球の砂漠化を食い止められるわけねぇってことなんだよ」
「え、でも……」
「おまえ、この研究所にいてまさか一年間にどれだけ砂漠が増えるか知らねぇってことはないよな」
「ええっと、東京ドームが何個分とかでしたっけ?」
「アホ。単位が違わぁ」
「甲子園球場が十個?」
「(ボカッ)」
「痛ってぇ」
「そんなちまちました数字のわけねぇだろ。砂漠だけじゃねぇ、森林の減少はもっとひでぇんだぞ。アマゾンなんてとっくの昔にターザンの住めねぇ土地になっちまってんだ。ジャングル大帝だってもういやしねぇんだぞ」
「そんなの最初っからいやしませんよ。作り話なんだから」
「(バスッ)」
「何すんですかぁ」
「とにかく地球上の緑はな、とんでもないスピードでなくなっていってんだよ。それをなぁ、ちっとばかし乾燥に強い品種を申し訳程度に植えたってなぁ、そんなもん何の役に立つってんだ、え? アメリカや中国が軍事費削って全部花の種に変えますってんならともかく、雀の涙の国連の金でよ、ほんの気休めにやってるようなもんじゃねぇか。大体一つの品種をきちっと確定するまでに何年かかる? その間にどれだけ緑が減る? いたちごっこどころか、焼け石に水だ。アホらしくってやってらんねぇよ」
「でもだからって何にもやらなかったらそれこそあっと言う間に世界中が砂漠でしょ。できることからやるしかないじゃないですか。ほら、小さなことからコツコツとって、昔西川きよしが言ってたあれですよ」
「俺ぁ横山やすしの方が好きなんだよ。人生はバクチだ。研究は一か八かだ」
「……よくそれで今まで科学者やってきましたね、先輩」
「しょうがねぇだろ。俺みたいな頭いいのが研究やんなかったら世界の損失じゃねぇか。本当は吉本に入りたかったんだがよ」
「それで、今度という今度は地味な研究者生活に見切りをつけて、お笑いの世界に飛び込むことにしたんですか?」
「あたぼうよ、と言いたいところなんだがな。今ちょっと閃いちまった」
「閃く?」
「地球を救うもっと手っとり早い方法をよ」
「まさか人類を絶滅させるって言うんじゃ」
「アホ。そんなもんいちいち研究する必要ねぇじゃねぇか。違うよ、人類に光合成させるんだよ」
「はぁ?」
「てめぇの必要な酸素はてめぇで作るんだ。そうすりゃ最悪地球上に一本の緑もなくなったって生きていけるだろうが」
「でもそんなの、今から植物と人類の遺伝子統合を研究したってそれこそ間に合わないじゃないですか」
「何も一からやるこたぁない。髪の毛さえ緑色になりゃいいんだ。ほら、そういう話が昔あっただろうが」
「新井素子の『グリーン・レクイエム』ですか?」
「そうそう、あれだ」
「あれだってそう簡単に実現しやしませんよ」
「だからな、何も人類が赤ん坊の時から緑の毛をはやす必要はねぇんだ。特殊な藻類を開発してだな、それを染毛剤として活用できればどうだ? こんな画期的なことはないぞ」
「そりゃ画期的でしょうけど」
「法律でもう決めちまってよ、『まさに緑の黒髪』法案なんちってな。モンゴロイドもコーカソイドもみぃんな緑の髪にしちまうんだ。政府は喜ぶぞ。二酸化炭素の排出規制だのなんだのややっこしいことをやらなくたって京都議定書の目標が達成できるんだから。アメリカなんてきっと飛びついてくるに違いねぇ。ああ、腕が鳴るなぁ」
「……ご健闘をお祈りします」
「こらっ、逃げるなっ!」



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