アマ小説家の作品

 SFマガジン2001年9月号『リーダーズ・ストーリィ』選評にて「理想の未来の姿を予見して見せる不思議な味わいの一篇です」と評されたショートショート。
 お楽しみ下さい。


◆Back To The Past◆ by日向 霄
 僕は途方に暮れた。
 なんだって、なんだって田んぼなんだ? 僕、2101年の東京に降り立ったはずなのに。そりゃ未来だからって何も全国津々浦々ハイテク都市になってるとは限らないけど、それにしたってあんまりのどかすぎる。
 そう、僕は博士の作りだした自動車型タイムマシン、その名も『ヘロリアン』に乗って、2001年から百年後の世界へひとっ飛びしたのだ。したはずなんだけれど。
 目の前には、見渡す限りの田んぼ。いや、畑もある。ずっと遠くの方には、なんだかでかい風車みたいなものも見える。それでもって、田植機があっちからとこっちからと2台、視界を横切っていって。
 ああ、ゴールデンウィークだからなぁ。田植え、終えちゃわないとなぁ。
 って、ちょっと待て。それは2001年の滋賀県の話であって、僕は今2101年の東京にいるはずなんだぞ。博士ってば時と場所のセットを間違えたのか? まぁ博士の発明だからそもそもホントに時間旅行なんてできるのかと疑っちゃいたけど、ひょっとしてやっぱりここは2001年の滋賀県なのかなぁ。出発した場所とは違うけど。
「あのぉ、すいません」
 タイムパラドックスが起こるから、未来の人間とは絶対口をきくな、と博士に言われたけど、どう考えてもここ、未来じゃないもんな。どっちかっていうと過去って感じだし、もしそうだったらやっぱり後学のために何年なんだかはっきりさせとかないと。
「今、何時ですか?」
 いきなり『今、何年ですか』と訊くのもあやしいので、まず僕はそう言った。
 田植機に乗っていたおじいさんはちょっと振り返り、でもそのまま田植えを続けていってしまった。かなりばかでかい田んぼだ、聞こえなかったのかもしれない。しょうがなく畦に座り込んでいると、折り返してきたおじいさんが田植機から降りて、近づいてきた。
「なんじゃ。どげんした、若いの」
 これは、どこの方言だろう?
「あのー、今、何時ですか?」
 おじいさんは時計を見て(ごく普通の腕時計だった)、十一時だと言ったあとで。
「一体こげなとこへ何しに来た? 若モンの一人旅ってやつか? しっかしまぁ、どえりゃあ趣味の悪い車じゃのぉ」
 ははははは。博士って発明の才能はあってもデザインの才能がない人だから。それにしてもこの言葉遣い、なんだかあっちこっちの方言がミックスされてるみたいだけど、とりあえず近畿地方ではなさそうな。
「あの、僕、旅先で出会った人のサインもらうの趣味にしてるんですけど、良かったら書いてもらえませんか?」
 とっさに思いついて、僕はポケットからメモ帳とペンを取りだした。
「サイン? サインか、はっはっ。照れるのう」
 まんざらでもなさそうな顔で、おじいさんは大きな字で名前を書いてくれた。田上翔。翔の上にひらがなで「かける」。あー、なんだかとっても二十世紀末に流行った名前だなぁ。
「あ、ついでにここの地名とそれから今日の日付、年から入れといてもらえます?」
「うむ。今日は2101年の、子どもの日、と。東京府第十四区にて」
「2101年?」
 思わず声に出てしまった。2101年?
「それがどうかしたかいの?」
 どうかしたも何も、一体二十二世紀の日本はどういう国になってるわけ? 首都が一面田んぼなんて……。いや、『東京府』ってことは首都、本当に移転しちゃったのかもしれないけど、だからって何も東京が田んぼになる必要は。
「あ、いえ、すいません。ありがとうございました」
 ヘロリアンの方に戻ろうと後ろを向いた僕の目に、奇妙な物が映じた。田園の彼方にまるでピサの斜塔のように斜めになってそびえているあれは、ひょっとして。
「東京タワー」
 そしてその周りに、なんだか解体途中でほったらかしにされたみたいなビルらしきものがいくつか。あれって、まさか本当に。
「わしがまだ小さい頃はまっすぐ立派に建っとったもんじゃったがのう。あのぶっ壊れたビルもどえりゃー高かった」
 ぶっ壊れた……。ウルトラマンとバルタン星人の闘いでもあったのか?
「まったく地震のパワーってのはえげつないもんじゃわのう。あの大東京が一瞬にして廃墟じゃから。ま、そのおかげで日本もようようのんびりした国になって、今日のこの平和があるわけじゃ。禍転じて福となすだわ。はっはっはっ」
 ……2001年の皆さん、日本の未来はそーゆーことになってるそうですよ……。



トップページに戻る