◆『MOON CHILD 鎮魂歌【レクイエム】篇』◆


 泣けた……。

 ガックンが『MOON』プロジェクトの一環として小説を出すと聞いた時(映画を見終わってけっこうすぐに聞いた)、私の頭に浮かんだのは「ケイとルカの物語」だった。甘いなぁ、甘い。全然違った。それは孫の物語だった。映画では語られなかった孫の葛藤、義心会とショウ達移民団を含むマレッパの抗争の真実。ああ、そうだったのかぁ……。

 物語は、ライターとは名ばかりのへなちょこ人生を送っているリンが偶然孫と知り合うことから始まる。義心会の幹部である孫と友情を結んだことからリンの人生は大きく変わっていく。義心会を探り、移民系マフィアを探り、その過程でショウの仲間達とも友情を温めていく。敵対する二つのグループのどちらにも仲間を作ってしまったリン。ライターとしての誇りを持つと同時に、どうにかして和解させることはできないのかと考え始める。なぜお前達が戦わなきゃならないんだ。なぜ、一緒に手を取って新しいマレッパを作り上げていけないんだ――。

 かなり、ヘヴィな話だ。血で血を洗うマフィアの抗争、復讐の連鎖、限られたパイをめぐって、そうそう手を組むことのできない異民族達。世界平和って、言うのは簡単だ。自分の生活が脅かされる心配がなければ、「人類は皆兄弟」なんてのんきなことが言える。でも土地や職や、金がなくなれば、人はすぐに異質なものを排斥し始める。「あいつらがいるからうまくいかない」「あいつらに分ける食べ物はない」……。

 日本が経済破綻して崩壊するプロセスを読んでて、なんかうすら寒くなっちゃった。実にありえる話なんだもん。2005年(だったかな?)預金封鎖、っていうぞっとするシナリオを描く人も実際にいるわけで。「当時の二十〜三十代の経済を発展させていくべき世代の中に、まったく現実に対する危機感が無かったことも、大きな要因」とガックンは書く。あああ、耳が痛いぞ。映画の評で、「ちゃらちゃらしたアイドル風情が移民だの戦争だの言ってもちゃんちゃらおかしい」みたいなことを書いてた人がいたけど、この本読んでほしいね。絶対あんたよりガックンの方が今の日本やアジアについてよぉく考えてるよ!

 ショウはほとんど出てこない。その代わり、映画ではちらっと出てきてあっさり殺されてしまったショウの手下4人が生き生きと登場する。どうしてショウの仲間になったのか、それぞれにどんな背景を抱えて生きているのか。映画じゃただのお気楽な人々だったけど、――小説でもかなり脳天気だけど――、それは辛さを乗り越えた明るさだってこと。彼らが殺されるのはわかってることだから、リンが助けようとして間に合わないところは、読んでて辛かった。その辺から最後のページまでずっと、涙ぽろぽろ鼻水ずるずる……。孫が死んじゃうことも、わかってるんだもんなぁ。破滅へ向かって走る歯車。「もうやめてくれ!」っていうリンの叫びは、読んでる私の叫びでもあるから。

 最後の孫の日記は、ちょっとずるい。リンにあてた手書き(これ、たぶんガックンの手書き)のメモに至っては、あくどすぎる! 泣くに決まってるやん! 考えたら、孫を撃ち殺しちゃうケイって極悪非道だ。9年間二人をほったらかしといて、ショウと戦わなきゃならなかった孫の苦悩も知らないで、ふらっと現れていきなり撃つな! もっと話を聞いてやれっ! ……この小説だけ読むと、なんだってケイというヴァンパイアが登場しなきゃいけないかっていうのは、謎かもしれない……。もちろん、ショウにとってケイは必要だけど、孫を殺したのが謎のヴァンパイアだって知ったらリン、怒り狂わないか? ショウに殺されたんならまだしも、ねぇ。

 それに、孫の葛藤と覚悟を知ってしまうと、ヴァンパイアになってマレッパを捨ててしまうショウも、無責任じゃないかぁ? ジュン達も孫も、何のために死んだのよ。成長したハナを見送るために戻ってきたショウに、ケイが「だからこの街を捨てたのか? 勝手な奴だな」って言うけど、まったくだよなぁ。そりゃ、みんな死んで自分だけ思いがけず生き延びてしまって(それもヴァンパイアとして)、ショウも混乱しただろうけど。

お気楽なカバー  本の装丁は、真っ黒。タイトルとガックンの名前だけが描かれて、帯をはずすと黒い日記帳のような感じ(背が普通の単行本のように丸くない)。無粋なバーコード部分もシールになってて剥がせるようになってる。この辺のスタイリッシュさはさすがガックン。ただ、最後についてる「あとがき〜インタビュー〜」はない方がいい。あとがき自体はあってもいいけど、ガックンの写真はない方がいい。だって、これがあるがためにまた「ちゃらちゃらしたアイドル本」みたいな扱いを受けるじゃない。せっかくの小説がもったいない。

 あと、これは余談になるけど、この本を読んで私、森川久美さんの『南京路に花吹雪』を思い出したんだ。大戦前夜の上海を舞台にした、大好きな物語。日本人記者の本郷さんと日中混血の青年黄(ワン)が出逢って、深い友情で結ばれながらも結局黄は中国のために本郷さんを裏切ってしまう。「なんで俺たちが戦わなきゃならない!?」「なんでだろうね。僕もずっとそれを考え続けてきたよ」……ずっと切なくて読み返せなかった最終巻を久々にめくったら、なんだか本当にこの『鎮魂歌篇』の世界と呼応してて、またしても涙。

 最後の最後に黄は本郷さんを助けにきて、そのまま生死不明になる。「なぁ、黄、なぜ俺たちは出会ったんだろうな。歴史に弄ばれるだけの歯車にも、心はどうしようもなくあるのに……。お前が死ぬなんて嫌だ」

 『鎮魂歌篇』の最後で、リンが「それでも、私達は出逢ってしまう」と言うくだりがある。大切な友でありながら、別々の道を歩まなければならなかった孫とショウ。敵対する二つのグループにそれぞれ「家族」と呼べるほどの仲間を得てしまったリン。そして、その「家族」を救えなかったリン。出逢いの果てに待っていた、悲劇。

 それでも。

 出逢わなければ、何も始まらない。出逢ったからこそ、リンも孫も、そしてショウも争うことの無意味さを心底感じることができた。出逢ったからこそ、笑いあえる一瞬があった……。今、正確にページを探せないんだけど、「人と関わるってそういうことだ」ってリンが考える一節がある。笑って、喧嘩して、時には傷つけ合って。決していいことばっかりじゃない。楽しいことばっかりじゃない。だけど、関わらなかったら、どんな楽しいこともやってはこない。ああ、またしても、耳が痛い……。

 本郷さんと黄が止めえなかった日中戦争は本当に起こってしまったことだけど、リンが止めえなかったマレッパの抗争が起きるかどうか――これからのアジアをどうするかは、私達次第。

『MOON CHILD 鎮魂歌【レクイエム】篇』(角川書店) Gackt著
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