本の虫

◆第49回『上司は思いつきでものを言う』/橋本治◆

 「こりゃ売れるよな〜」と唸ってしまうタイトルです。『バカの壁』に匹敵するうまいネーミング。最初は『サラリーマンの欠点』とか『サラリーマン社会の欠点』というタイトルを考えていたそうですが、それじゃ当のサラリーマンは手を出しにくいですよね。『サラリーマンの欠点』とくればそれは「自分の欠点」を指摘されることだけども、『上司は』とくれば自分じゃありません。常々手を焼いている「上司の欠点」を自分に代わって堂々と衝いてくれるとあれば、思わず手にとってレジに持っていってしまうというものです。

 橋本さんの言うことはいつもとても真っ当で、皆が読めば日本はもっと良くなるのになぁ、とずーっと思ってきた私としては、今回このタイトルのおかげで「橋本治?誰それ?」っていうおじさん達がたくさん読んでくれるのでは、と期待したわけですが。いやいや、順調に売れてるみたいです。この間私の読者コメントがちょろっと載った新聞広告によると(掲示板でご報告した通り、私はこの本の愛読者カードを返送してめでたく3000円の図書カードをGETしました)、発売2ヶ月で13万部を突破。「紀伊国屋書店新書部門売上げベスト3」などという文字も踊ってます。これで日本もちったぁ良くなるか?

迷惑な思いつき  で、問題は「思いつきでものを言う上司」です。第一章で「たとえば」と言って例が出てくるのですが、これがまためちゃめちゃ突拍子がなくて笑えます。笑えるけどもうそ寒い。業績が悪化している企業において、上司は「何かアイデアを出せ」と言う。それに応えて部下はとても建設的な意見を述べるのだけど、上司は「うーん」と言うだけでその意見を取り上げてくれず、あげくの果てに自分たちの業務とはまったく関係のない、まさしく思いつきでしかないようなことを言う。「そうだ、コンビニやろう!」……なんでやーっ!!!!!!!

 なんでかと言えばそれはもちろん、「部下の建設的な意見」というものが「会社の今まで」、つまりは「上司がしてきたこと」を否定するからですね。かつてはうまくいっていたやり方がもう利益を上げなくなって、そのことに対して上司は有効な手だてを打てずにいる。新しい事業の展開を進言する部下は、本人にそんなつもりがなくても「あんた達のやりかたはもう古い」と言ってることになる。責任を問われたくない上司は「そうだ、コンビニやろう!」と、「今までのやり方」を変えずにすむ副業を思いつく。思いついて、怖ろしいことにそれは実行に移されてしまう。思い当たる節のある人は、きっと一杯いるでしょう。責任を取りたくないんだったら上司になんかなるなよ、と言うか、そこで「建設的な意見」を採用しさえすれば責任は果たせるのになんでわざわざと言うか。

 でもそれは「上司」が悪いんじゃなくて、「組織上の問題」なんです。2章以降で橋本さんが懇切丁寧に解説してくださいますが、考えてみたらどんな会社にも必ず「今までのやり方」がダメになる時が来ます。というか、そもそも「業績が伸び続ける」なんて不可能です。商売は需要と供給で成り立っていて、需要が満たされてしまえばもう供給の必要はありません。一生懸命テレビを売って、どこの家庭にも1台はおろか2〜3台あるのが当たり前になってしまえば、もうそんな爆発的に売れることはありません。人口がねずみ算式に増えるのでもなければ、どこかで売上げが前年を下回るのは当たり前で、「地上波デジタル」なんて官民挙げての「上司の無茶な思いつき」です。

 「企業」というのは利益を追求するもので、「拡大再生産」を前提としています。ふくらみ続けた風船がどうなるかといえば破裂ですが、企業には従業員もいれば株主もいるので、一旦大きくなった風船を「もうこの事業は役目を終えたから」と言ってそうそうしぼませるわけにはいきません。リストラされて食いっぱぐれるのは他ならぬあなたや私です。じゃどうすればいいのか? 前提を変えるしかないですよねぇ。『貧乏は正しい!』ですよ。家内制手工業ですよ。「もう“大きくなる”は古くなっちゃったしな」なんです。

 この本には、「思いつきでものを言う上司」に対する「正しい対処法」が書かれています。それが何かは読んでのお楽しみですが、その対処法が「思いつきでものを言う最悪の上司のようなアメリカ」にも使える――いや、「使うべきだ」なんですから、ほんとにまったく「ざまぁみろ」と言いたいようなもんですね。「思いつきでものを言う上司」は日本の組織的問題で、聖徳太子の「冠位十二階」まで遡ってしまうのです。そのような伝統を持つ日本は実のところ「民主主義」がよくわかっていなくて、そうであっても「世界一の経済大国」になれてしまった。ということは、「思いつきでものを言う最悪の上司のようなアメリカ」のやり方よりも日本のやり方の方が正しいのかもしれません。いや、ほんと、サラリーマンのみならず官僚の皆様も是非お読み遊ばせ。

『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書)
『貧乏は正しい!ぼくらの資本論』『貧乏は正しい!ぼくらの未来計画』(小学館文庫)
以上 橋本治


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