本の虫

◆第39回『二十世紀』/橋本治◆

 またまたしつこく橋本治さんである。好きなんだからしょうがない。でもこの本は本当に、すべての日本人が一読しておいて損はないというか、もういっそのことこれを近代史の教科書にして下さい、と言いたくなる本だ。

 教科書と言えば、またしても検定でもめている。戦後の日本の歴史記述は自虐的に過ぎる、だから今の青少年は愛国心を持てずにひどい状況になってるのだ、とかなんとか考える人は考えるらしい。でもこれは変だ。だって今の若者は、人格形成に影響が出るほどまともに近代史を教えてもらっていない。少なくとも私の高校ではそうだった。世界史の授業は産業革命あたりで終わってしまって、その後は選択の世界史でしか教わらない。共通一次(私の頃はまだそうだったのさ)を世界史で受ける人間しか、二十世紀について教わらないのだ。日本史の方も似たようなもんだったと思う。一応ポツダム宣言まで習ったような気はするが、1年で縄文時代から現代までやろうと思ったら、そんなに詳しく教えられるわけがない。ひたすら眠かったという印象しかない。

 きっと今だってそうだろう。「ゆとり」で「教育内容の厳選・スリム化」なんてことになったら、ますます上っ面だけの歴史教育になるに決まってる。大体がみんな「テストでいい点を取るため」にしか勉強しないんだから、内容が自虐的だろうが何だろうが高校生にはほとんど関係がない。

色々な視点  ところで私は共通一次を世界史で受けた口で、「選択世界史」の授業を取っていた。1年で人類の起源から十九世紀まで世界を駆け巡らなきゃならない普通の世界史と違って、二十世紀だけを1年かけてやるわけだから、そりゃあもう中味が濃い。また先生が非常に熱心で、話がめちゃくちゃ面白く、体調不良で保健室で寝てても「選択世界史」だけは受けに行ったもんだった。先生の配ってくれた手製のプリントは今でも大事に取ってあるが、つまり、ここでも結局「教科書」はあってなきがごとくだった(そのプリントには「委任統治下のパレスチナ」と「国連分割案によるパレスチナ」との領土割合による比較とか、80歳のトウ(漢字が出ない)小平氏が80分も泳げるなどという新聞記事が載っている。天晴れ、竹中先生)。私の高校では他に日韓関係について熱心に教えている日本史の先生もいたが、「歴史」というのは数学の公式なんかとは違って「価値観」や「立場」で色々に変えられるもんだから、教科書よりも現場の先生の考え方が重要なんだと思う。もちろん、「教科書の記述」が周辺諸国にとっては「日本国としての見解」と取られることを考慮しないわけにはいかないけれども。

 この「二十世紀1年刻みのコラム集」を読んでいると、日本ってホントにしょーがないなー、と頭を抱えたくなる。でもそれは別に日本に限ったことじゃなくて、アメリカやソ連やイギリスやフランスもたいして変わらない。結局のところ、「あーあ、人間ってしょーがないなー」と思ってしまうのだ。世界はそんなにも美しくなくて、地球は正義よりも欲得ずくで回っている。社会主義国家ソ連は解体して、資本主義が勝ったように思われているけれども、「儲けた方が勝ち」という金儲け主義はここへ来て様々なひずみを生んでいる。日本はついに「デフレ宣言」をして、金利はゼロで、「みんな借金して下さい」になってしまったが、普通に考えたら借金してまで物を買うというのは健全じゃない。でも資本主義の根本は金融で、金融というのは「金貸し」のことだから、誰かが借金をしてくれないとシステムが動かない。なんだかなー、である。

 問題は過去の懐旧や美化ではなくて、現在の克服と未来への展望だけれども、そのために過去の検証は必要で、もし私達が過去から何も学ぶことがなければ、「二十世紀」が「二十一世紀」になっても何も変わらないのだと思う。  

『二十世紀』(毎日新聞社)
以上 橋本治


●次回予告●

次回は未定です。あしからず。


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