本の虫

◆第35回『宗教なんかこわくない!/橋本治』◆

 この本はもともと1995年にマドラ出版というところから刊行されて、新潮学芸賞を受賞している。そーゆーのを受賞すると売れるのかな、と思うけど、あんまりみんなが読んだとは思えない。橋本さんの本はほぼ片っ端から読んでいる私も最近文庫化されるまで手にとっていなかったぐらいだし、少なくとも国会議員の人たちはページをめくっていないんだろうな。もし95年当時にこの本を読んでいたら、今頃また「オウム真理教法案」なんてもの出してこなかっただろうから。

 「というわけで、オウムである。」 これは文庫版の帯のコピー。1995年といえば阪神淡路大震災があって地下鉄サリン事件があって、ついでに私が結婚した年なんである。以前この欄でも取り上げた『貧乏は正しい! ぼくらの最終戦争』では震災とオウムとの両方に対する橋本さんの分析が書かれていたけれど、この本は丸ごと一冊オウム真理教&宗教に対する見解である。なんだって日本人は宗教と聞くとへっぴりごしになってしまうのか、というのが大きなテーマだったりする。

 私自身は無神論者である。というか、まぁ世間一般の日本人がそうであるように、神社にもお寺にも参るし、クリスマスも祝うし、結婚式はチャペルだし、という「宗教というのは年中行事でしょ」という生活をしている。「神はいるか」と聞かれたら、「この世界を生む原動力となった何か偉大なエネルギーとしての神は存在するかもしれないが、それは別に人類に御利益を与えてくれるようなもんじゃないでしょう」と答える。木や水や風には精霊が存在してもおかしくない、と思うけれども。だもんだから、やっぱり「今日は聖書のお話を……」とか言って戸別訪問しに来る人は「怪しい」と思うし、いわゆる「宗教紛争」のニュースに触れると「宗教があると大変だなぁ」なんて思ってしまう。まぁあれは必ずしも「宗教の違い」だけが問題なのではなくて、貧富の差だとか土地をめぐる争いだったりはするのだろうけれど。

 橋本さんは、「宗教とはイデオロギーである」と言っている。オウム真理教もマルクス主義もイデオロギーで、だから出てくる法律は「破壊活動防止法」なんだ、とか。でもそうでありながら国会のおじさん達からは「宗教団体を政治結社と同列に扱っていいのか」という声も出る、とか。宗教もイデオロギーも、結局は「どう生きていくか」という哲学で、「神様」が出てくれば宗教だし、出てこなければイデオロギーで、それが個人の内面に留まっていれば(つまり布教とか啓蒙とかをしなければ)単なる哲学である(というのは私の解釈)。

 自然の猛威や支配階級の搾取に耐えながら苦しい生活を強いられていた人びとにとって、「祈れば自分を救ってくれる」神様は必要な存在だっただろう。あるいは「すべては神の思し召し」と苦難を受け入れることは。今、日本人の多くが宗教を必要としていないってことはつまり、それだけ日本人が豊かで、何かにすがる必要がないってことなんだろう。神様の代わりに日本には「会社教」とか「親方日の丸」とかいうのがあったりもするんだけども。たぶんずーっと昔から、日本には「個人の内面」を問題にするキリスト教的な宗教があんまり根づいてなかったのに、ここへ来て「オウム真理教」などという宗教が力を持ってしまった。あの麻原彰晃の風貌を見る限り、「オウム」が「個人の内面」を問題にしていたとは到底思えないんだけど、集まっている信者にとってはそこに何らかの「救い」があったんだろう。だからこそ、信じていた教組や教団幹部が怖ろしい事件を起こした後になっても一般信者が教団を去らず、「法案」を提出されてしまうほど盛大に活動してしまうということが起こるのだ。

 生活が豊かになって、問題なんか何もないはずなのに、何だか何か足りないような気がする。満たされないような気がする。心にすきま風が吹くような……。その「心の隙間」に宗教とかオカルトとか、心理テストだとかが入り込んでくる。橋本さんは言う。「生産の空洞化は、いたずらな個人の神秘化を招く」と。だからこの閉塞状況を打開するには、もう一度「工場制手工業」に立ち戻って「共同作業の喜び」を体験すればいい、と。どうせ世の中にもう物はあふれてて、そんなに一杯造る必要なんかないんだから、機械をリストラして人力で地道にやれば失業問題も解決してしまう。

 人類にとってずっと労働は過酷なものだったから、なんとか楽にしようと努力して、結果的に労働(特に肉体労働)は価値が低くなって、職場は「共同作業がなくて人間関係だけがある」という息苦しいものになって、「何か満たされない……」ってことになる。要するに、「頭ばっかりでも体ばっかりでもダメよね♪」(byプチダノン)なのだ。かなり頭ばっかりの私が言うのも何だけど。

 そーゆーわけで、家族・友人が宗教にはまって困ってる方、自分自身宗教に走ってしまいそうな方、国会議員の皆さん、是非本書を一読して下さい。

『宗教なんかこわくない!』(ちくま文庫)
『貧乏は正しい! ぼくらの最終戦争』(小学館文庫)
以上 橋本治


●次回予告●

次回は未定です。あしからず。


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