本の虫

◆第32回『貧乏は正しい!シリーズ/橋本治』◆

 橋本治さんの本はほとんど読破している私なのですが、この全5巻のシリーズは単行本の時は1冊目だけ買って、あとは読んでいませんでした。というのも、1冊目の『貧乏は正しい!』はあんまり面白いと思えなかったからです。ところが先頃文庫化されたのを機に、2冊目の『ぼくらの最終戦争』を手にとってみたらこれが抜群に面白い! タイトルから想像がつくように、2冊目のテーマはオウム真理教と阪神大震災。面白くないわけがない。

手抜きやなぁ  橋本さんは言う。阪神大震災は実に色々なことを日本人につきつけたけれども、その最たる物は「もしかしたら、もう国家にはロクな意味がないのかもしれない」というものだった、と。あれだけの被害が出て、国はロクなことをしなくて、被災者は二重ローンを抱えてでも自力で生活を再建していくしかなくて、でも金融機関には平気で公的資金が使われて、だからってデモが起きるわけでも反乱が起きるわけでもなく、政権も無事だったりする。日本人は結局もう「国家」とか「政治」とかには何にも期待してないんじゃないか。それぐらい日本人は豊かになって強くなって、それはそれでいいけども、じゃあ一体これから「国家」というものにどんな意味づけを与えて運営していくのか、そこのところを考えなくちゃいけない、と。

 また、オウム真理教事件に絡んで橋本さんはこうも言う。「まず、”信仰しない自由”というものがある」。ここの話は是非とも、月に1度くらいの頻度で勧誘にやってくる新興宗教の方々に読んでもらいたい。日本国憲法第20条は「信仰しない自由」を「信仰する自由」よりも強く保証しているのだ。ああ、良かった。

 3冊目の『ぼくらの東京物語』は都会と田舎の話で、オリンピックとか国体はもう地方を活性化しやしない、とか、日本の政党には政策というものがない、なんてことがさらりと書かれている。4冊目は『ぼくらの資本論』で、テーマは「家」と「土地」。これはめちゃくちゃ面白い。この本はもともと1991年から95年にかけて『ヤングサンデー』に連載されたものだけれど(日本のマンガ雑誌はまったく侮れない!)、バブルが弾けて金融危機で「日本発の世界恐慌」なんて囁かれている今読むと、本当に骨身にしみる。橋本さんはなんて先見の明のある人だ、と感心を通り越して怖くなるほどだ。

 大化の改新で日本が律令国家になってから明治維新までの間、ずーっと建前としては「土地は全部国家のもの」だった、とか、「家」という制度の歴史的考察はあまりに面白くて、「どーして日本史ではこーゆーことを教えてくれないんだ?」と思ってしまう。この部分だけでも十分一読の価値はあるのだが、しかしこの本の真骨頂は「財産(=土地)なんか持っててなんかいいことあるのか?」という問いである。「給与生活者が土地を所有する必要なんかない」とか。

 生まれてこの方借家にしか住んだことのない私はずーっと、「マイホームなんか持つ必要はない」と思ってたし、「賃貸より買った方がお得」なんていう宣伝文句は人に借金を勧める悪魔の囁きだと思っていた。「土地を持っている」ということのメリットはただ「それを担保に借金ができる」ということでしかなくて、資本主義っていうのはそもそも「借金をする」ことが前提になっている! だから金を貸してくれる銀行がつぶれると「経済の危機」で公的資金導入になっちゃうのだ。ああ、ばかばかしい。

 「17歳のための超絶社会主義読本」と銘打たれたこのシリーズの最終巻、『ぼくらの未来計画』はまだ文庫化されていないのだけど、「資本主義はもう終わっているかもしれない」という章題で始まるそうなので、この不況騒ぎと政府の右往左往にうんざりしてる人は是非読んで下さい。とにかく新しいシステムを考えなくちゃいけない時期なんだよ、商品券支給なんかじゃなくて!

『貧乏は正しい!』
『貧乏は正しい!ぼくらの最終戦争』
『貧乏は正しい!ぼくらの東京物語』
『貧乏は正しい!ぼくらの資本論』
『貧乏は正しい!ぼくらの未来計画』(刊行予定)
以上 橋本治(小学館文庫)


●次回予告●

次回は未定です。あしからず。


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