本の虫

◆第21回『緑の少女/エイミー・トムスン』◆

 ハヤカワ文庫特集第3弾となる『緑の少女』、これはもう超おススメです!はっきり言って前2作とは比べ物にならないぐらいの面白さ。とにかく読んでくれ〜、絶対損はしないぞ〜。

テンドゥ  いわゆる『エイリアン・コンタクト』がテーマのお話なんですが、不気味で邪悪な未知の生命体に追っかけ回されるホラー物ではなく、異なる文化・文明を持った知的生命体が出逢うとどーゆーことになるかを描いた『文化人類学SF』です。異星探査の調査員で生物学者のヒロイン、ジュナは、熱帯雨林で死にかけていたところを異星人<テンドゥ>に助けられ、異星の環境に適した体へと改造されてしまいます。彼女が意識を取り戻した時は既に調査船は去った後。見知らぬ異星に一人取り残され、おまけに人類とテンドゥのハーフのような体に改造されたジュナ。いつかきっと調査船が助けに戻ってくると信じてテンドゥとの生活を始めるのですが……。

 熱帯雨林で樹上生活を送るテンドゥは音声ではなく皮膚言語を使っていて、自身の生理機能をコントロールする能力のために数千年の長寿を保つことが可能で、生態系を守るために厳格な人口調節を行っている驚異の生物。でももちろんテンドゥにとっては人類の方がエイリアンで、何の挨拶もなく勝手に森を焼いて去っていった人類は「謎の新生物」なのです。ジュナを助け、行動を共にする羽目になるテンドゥ側のヒロイン、アニトも最初はジュナのことがうっとうしくてたまらない。ひ弱な上に愚かで、そのくせ変に自己主張だけはあって……。ジュナが皮膚言語を操ってテンドゥとコミュニケーションできるようになるまでの間、同じ一つの出来事がジュナの視点とアニトの視点の両方から描かれるのですが、これが本当に面白い。『エイリアン・コンタクト』というのは人類がエイリアンに一方的に出逢うだけじゃない、エイリアンが<人類というエイリアン>に出逢うことでもあるんだということが非常にうまく描かれています。

 テンドゥの中で生き延びなくてはならないジュナは、数々の『エイリアン・コンタクト規則』(たとえばコンピュータをエイリアンに見せてはいけないとか)を破ってしまうんですが、もっともらしいようでいて実はとってもばかばかしくて独善的なこの『コンタクト規則』を見ていると、異なる文化を持った人々と対等に付き合うことがいかに難しいか、考えさせられます。それに、生態系全てに気を配り、自分たちが増えすぎたら病気を流行らせて人減らしをするテンドゥのあり方は、コンピュータやロケットを持っていることだけが「知的生命体」ではないのだと教えてくれます。

 なんて書くと「そんなややこしいこと……」と敬遠される向きもあるかもしれませんが、大丈夫、心配はいりません。そんなややこしいことが一人の女性の冒険譚として、わくわくドキドキの極上の物語に仕上がっているんですから。恐るべし、エイミー・トムスン!

 ところで、ジュナは結婚の経験もあり職業も持った立派な成人女性であるにもかかわらず、どうして邦題が『緑の少女』なのか、もうちょっと他につけようがなかったのかなぁと思うんですけど。(原題は『THE COLOR OF DISTANCE』) ひょっとして『緑の少女』というのはジュナのことではなくてアニトのことなのかしらん。(アニトは冒頭では少女です) ともあれ早川書房様、一日も早い続編の邦訳をお願いいたします。

『緑の少女』上・下巻

以上 エイミー・トムスン(ハヤカワ文庫SF)


●次回予告●

次回は『ゴースト・トラップ/ナンシー・A・コリンズ』です。


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