本の虫

◆第20回『ミッドナイト・ブルー/ナンシー・A・コリンズ』◆

 前回に引き続き、ハヤカワ文庫FTからの登場です。創刊以来ずっと『本の虫』では小説とマンガを交互に取り上げていたのですが、しばらくの間小説が続きます。それもハヤカワ文庫が。というのも、消費税が5%に上がる直前、つまり3月末にえいやっとハヤカワ文庫を買いだめ(と言ってもたかが4冊)したのです。どうせ買うのなら少しでも安いうちにと思ったのも一つですが、何しろ相手はハヤカワ文庫。目についた時に買っておかないとあっという間に店頭から消え去り、往々にして二度と会えない代物です。だもんだから紹介するのもできるだけ早く、と思ってハヤカワ文庫連発第2弾!。

ありがちな吸血鬼  さて、前回の『黎明の王 白昼の女王』は哲学的ダークファンタジーでしたが、この『ミッドナイト・ブルー』は吸血鬼モノです。何不自由なく育ってきた大富豪の娘デニーズは、ロンドンの街で紳士のふりをした吸血鬼モーガンに襲われ、自らも吸血鬼になってしまいます。本来なら一旦死んで全くの吸血鬼として生き返るはずが、人間の意識を持ったまま生きながらえてしまったのが、彼女の不幸でした。人間としての自我を持ったまま、自分が怪物になってしまったと認めなければならない……。

 一人の人間の中に宿る3つの人格。17歳で時が止まったデニーズ、吸血鬼と人間の狭間で悩みながら生きる新しい人格ソーニャ・ブルー。そして、純然たる吸血鬼の自我、<彼女>。吸血鬼といったら単に人間の血を求めるだけ、という感じであんまりおどろおどろしいというか、「怪物」というイメージじゃない、むしろ耽美的に描かれることも多いのですが、この<彼女>は非常に暴力的で破壊的なんですよね。ラストで<彼女>のエネルギーが完全放出された時、その破壊衝動は半径3キロにも及び、無関係な人間達に殺人を起こさせるほど。

 もう2度と普通の人間として生きることはかなわないのだと、<彼女>の暴走のたびに思い知らされ、その孤独と哀しみを一人で抱えていくしかないソーニャ。実の父親ですら再会を喜ぶどころか、化け物と化した娘を殺そうとする。そしてソーニャは長い間自分を捜し続けてくれた母親を、自ら突き放さなければならない。このくだりは読んでてすごく腹が立ちます。ソーニャだって何も好きこのんで吸血鬼なんかになったわけじゃないのに、まだ人間としての自我だってちゃんと残ってるのに、どうして抱きしめてやれないのよ!と。もっとも、もし本当に自分の肉親が吸血鬼になってしまったと知ったら、それもすさまじい破壊力の持ち主と知ったら、やはり受け入れがたいでしょうが。ソーニャに助けられた男クロードが、唯一ソーニャを理解してくれる存在になるのかと期待しつつ読み進んだのに、結局は……。著者はソーニャにあくまで孤独な道を歩ませたいようです。

 作中、人間のふりをして生活する化け物達<偽装者>のことをよく知ろうと、ソーニャが日本を訪れるくだりがあります。ソーニャ曰く、「東京で<偽装者>を探すのは大変だった。なぜならこの都市の人間はみんな仮面をかぶっていて、それが文化の一部になっているのだ」。前回の『黎明の王』でヒロインが剣道を習っていて日本刀で妖怪狩りをするのにも驚きましたが、今回も苦笑させられました。

 自分を人間でなくしてしまった張本人、モーガンに復讐するため、偽装者狩りを続けるソーニャの、血と暴力にあふれた孤独な闘いはまだ始まったばかり。シリーズとして続刊が刊行されるようなので、バイオレンス物が好きな方、一度手に取ってみてはいかがでしょうか。私はやっぱり、同じ人間と吸血鬼の間で苦悩するんなら『吸血鬼ハンターD』の方が好みですけど。美しくて……。

『ミッドナイト・ブルー』

以上 ナンシー・A・コリンズ(ハヤカワ文庫FT)

※続刊『ゴースト・トラップ』が早速5月22日に発売されました。


●次回予告●

次回は『緑の少女/エイミー・トムスン』です。


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