本の虫

◆第16回『ノアの宇宙船/清水玲子』◆

 今このコラムを書くに当たって、ざっと『ノアの宇宙船』を読み返したんですけど、本当にざっと読んだだけなのに、泣いてしまった……。すごぉくいいんですよぉ。清水玲子さんといえば『竜の眠る星』や『月の子』が代表作ですけど、私はこの初期の短編が一等好きなんです。

ジャック  宇宙船の中で、18歳の機関士ジュニアはアクシデントにより4年分の記憶を消され、14歳へと退行してしまいます。14歳のジュニアには自分がなぜ宇宙船に乗っているかもわからないし、一緒に乗り込んでいる婚約者のロイに対しても『理想と全然違う。本当に18の自分はこんな女の子を選んだのか?』という感想しか持てない。やがていくつかの出来事を経るうちに、14歳のジュニアは14歳の男の子としてロイを好きになっていくのですが、宇宙船には18歳のジュニアの知識が必要で、他の乗組員達は彼を”元に戻そう”とする。

 そう、他の人間からしてみれば、それは”元に戻る”だけのこと。でも14歳のジュニアにとっては、『今ここでものをしゃべってる』ジュニアにとっては、消されること。18歳に戻ったジュニアには、心も体も14歳だった時の記憶はあるけれど、心だけが14歳になった時の記憶は残らないんだもの。それは、14歳のジュニアをも好きになってしまったロイにとっても切ないことで……。ラスト、18歳に戻ったジュニアの中に”14のジュニア”が確かにいることを感じて涙を流すロイ。14のジュニアと18のジュニアと、二人の夢は一つに同化し叶えられるのだと。

 例えば私は確かに18歳だった時があって、18歳の自分は今もこの現在の私の中で息づいているのだろうけれど、でも私はもう18歳の私として何かを感じたり、行動することはできない。そういう意味では、私と彼女は別人なんです。10歳の自分も5歳の自分もそれぞれに別で、今ここにいる私は、ほんの1年前の私とすら同じではない。連続しているのに、断絶している。『今ここに存在している』ということは、なんて奇妙で不思議なことなのでしょうか。

 併録の『メタルと花嫁』もいいですし、もう1冊の初期短編集『もうひとつの神話』も泣けるお話がいっぱいです。ジャックとかエレナとかロボットを通して清水さんは色々『年をとること(あるいは取らないこと)』とか『時間』とか私の好きなテーマを描いてらっしゃいますが、短編にはそのエッセンスが凝縮されていて何度読んでも感動します。

『ノアの宇宙船』
『もうひとつの神話』
以上 清水玲子(白泉社花とゆめコミックス)


●次回予告●

次回は『源氏供養/橋本治』です。


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