本の虫

◆第15回『力の言葉/デイヴ・ダンカン』◆

 今私は、この作品を取り上げたことをちょっと後悔しています。というのも。数年前に読んだこの大長編(文庫8巻)のストーリーを思い出すのは至難の業で、読み返すのはもっと至難の業で、記憶の断片と『訳者あとがき』を頼りに書き進めなきゃならないのです。もうめちゃめちゃ面白かったのは確かなんですけどね。通勤電車の中で必死になって読んでて、駅に着くのが嫌になるくらいでしたもの。駅に着いて続きが読めなくなるのが嫌なのはもちろん、自分が本の中の世界ではなく現実の世界で会社に向かわなければならないのだということが、すごく不思議なことのような気がしたほど物語の中にのめり込んでいたのです。

イノス&ラップ  ストーリーは、極北の小さな王国の王女イノスが、父王の死により領土を狙う周辺国の脅威にさらされ、イノスに片思いするしがない厩番の少年ラップが死力を尽くして彼女を救おうとする一大冒険ファンタジー。妖精やゴブリン、魔法使いももちろん出てきます。そしてシリーズのタイトルになっている『力の言葉』。この『力の言葉』を知っていると魔法が使えるようになるのです。一つより二つ、二つより三つと、知っている『力の言葉』が多ければ多いほどその魔法の力は大きくなる。だからその威力を知る者は他人の『力の言葉』をどうにかして奪おうと画策している。ラップは『力の言葉』を一つ知っていて、イノスもまた一つ知っているらしいのだけれど……。

 イノスとラップは早い段階で引き離されてしまって、その後延々とまるで『君の名は』のようにすれ違いを続けるのですが、その間のラップの涙ぐましいことと言ったら! イノスを救い出すために、顔には醜いゴブリンの入れ墨を施され、諸国を放浪し、戦い傷つき―――。それなのにイノスは『ラップは死んでしまった』と思っているものだから、やっとのことでイノスのもとに辿り着いたラップを見ても、『悪い魔法使いが私をだまそうとしている』と言って信じない。まぁラップの顔には入れ墨もあって、信じられないのは仕方のないことではあるんだけど、でもでも、おまえラップの苦労をなんだと思ってるんだー!とついつい叫びたくなってしまうんですよね。だってラップってホントにいじらしいんだもん。しがない厩番の少年が、イノスへの愛と持ち前の勇気で数々の苦難を乗り越え成長していく様は感動的で、過剰に感情移入してしまいます。

 とにかく物語の醍醐味がたっぷり詰まっていますので、ドキドキワクワクしたい方、是非是非手にとってみて下さい。と言ってもハヤカワ文庫FTはほとんど書店の棚に並んでいないので入手するのは困難でしょうが……。どうしてあんなに虐げられてるんでしょうかねぇ。何しろあっという間に書棚から消え失せるので、新刊の時に買っておかないと一生読めないということになりかねないんだけど、最近FTの新刊はあんまり出てないみたいです。この『力の言葉』の続編を是非刊行して欲しいのですけど……。

『力の言葉@魔法の窓』上下巻
『力の言葉A荒涼たる妖精の地』上下巻
『力の言葉B荒れ狂う海』上下巻
『力の言葉C帝王と道化』上下巻
以上 デイヴ・ダンカン(ハヤカワ文庫FT)


●次回予告●

次回は『ノアの宇宙船/清水玲子』です。


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