本の虫

◆第13回『窯変源氏物語/橋本治』◆

 今からちょうど千年ほど昔に、紫式部という女性が書いた長編小説『源氏物語』。古典の授業にも出てきますし、光源氏という貴公子の女性遍歴をつづった物語というあらすじは大抵の人が知っていることでしょう。知っていて、でもたぶんちゃんと読んだことのある人は少ない。原典を読み通そうという人はめったにいないでしょうし、色々出ている現代語訳も難しそうで敬遠してしまう。私もそういった一人で、どうせ光源氏が女ったらしなだけなんでしょうぐらいに思っていました。

 著者の橋本治さんのファンなので、単行本が出た時とりあえず手にとってみたのですが、これが面白い! 光源氏の一人称で書かれているので感情移入しやすいし、時の権力者達との駆け引きや女達との心のやりとりに、どんどんのめり込んでいってしまいました。光源氏ってただの女ったらしじゃないどころか、御代にただ一人自我を持った男だったんだわ、と。源氏の君にあまりに入れ込みすぎて、お隠れになってしまって後、薫の君の物語を読み進めることができないほどでした。

光源氏  原典はもちろん他の方の現代語訳も読んだことがないので、この『窯変源氏物語』がどのくらい原典に忠実なのかわからないのですが、千年も昔にこんなとんでもない物語を書いた紫式部って本当にすごい! 一体何を考えて、何を描きたくて、彼女は筆をとったんでしょう? 理想の男性像か、あるいは彼によって照らし出される様々な女たちのありようか、はたまた恋愛それ自体が政治である世の中への反論か……。何を描きたかったにせよ、よもや自分の書いた物語が千年もの時を越え読み継がれていくとは思いもしなかったでしょう。

 風景も生活も社会の仕組みも、彼女が生きていた時代とはずいぶん異なってしまったけれど、でも人そのものはそれほど変わってはいないのです。夫の浮気にやきもきする奥方や、出世を目指して権力者のもとへ日参する殿方の姿は、ちっとも珍しいものではありません。それどころか私達は、彼らの喜びに一緒になってわくわくし、哀しみに涙することができるのです。

 今、文庫化を機に改めて読み直しています。以前読んだ時よりも、晩年の光の君の心情がよくわかるのはやはり年の功なのでしょうか。日本語の美しさ、語彙の豊富さには本当に感服します。日本語が読めるのにこれを読まないのは絶対にもったいない! すでに薫の君の物語に入り、最終巻が近づいてきました。終わってしまうのかと思うとなんだか寂しいような気もします。千年前の読者も、同じ気持ちを味わったのでしょうか……。

『窯変源氏物語』全14巻
以上 橋本治(中公文庫)


●次回予告●

次回は『るろうに剣心/和月伸宏』です。


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