本の虫

◆第7回『雨の温州蜜柑(おみかん)姫/橋本治』◆

 大尊敬する橋本治さんのデビュー作、『桃尻娘』。シリーズ全6巻中一番好きなのがこの、『雨の温州蜜柑(おみかん)姫』なんです。

 この小説の主人公、「おみかん姫」こと醒井涼子さんはかなりぶっとんだ人です。風俗営業で一財産なした成金の家の一人娘で、早い話がお嬢様なんだけど、そのずれ方には哀れを感じてしまうほど。「桃尻娘」こと玲奈ちゃんがヒロインの他の作品を読んでいるときは、ホントになんちゅう困った女だ、と思っていたんだけど、でも。たとえ周りからはどんなに変に見えても、彼女には彼女なりの行動原則があり、もちろん悩みもあり、たとえ周りからは馬鹿にしか見えなくても、彼女は彼女なりに一生懸命生きてるんだ、ってことがこれ読んですごくよくわかっちゃったんです。そして涼子さんが大好きになっちゃった。ひょっとすると涼子さんって私と似てるのかもって。(いや、まぁ、その、わたしはあんなに突拍子のない人ではないと思うけど……)

イメージ  そして、この作品が素敵な理由、それは「時間を遡っていく」こと。一児の母の涼子さんに始まって、お見合いをする涼子さん、留学をする涼子さんと、エピソードが時間の流れと逆に並べられているんです。最後を飾るのは、まだ二十歳の涼子さん。延々と、「その後の醒井涼子」を描いておいて、「彼女がどんな人生を歩むか、それはまだわからない」で終わっちゃうという、この構成。まさしく「やられた!」

 二十歳の涼子さんが留学するかどうか、お見合いをするかどうか、結婚して子どもを産むかどうか、それはまだわかんなくて、二十歳の涼子さんには色々な涼子さんになる可能性があって、そして。この本を読む私たちにもまだ、色々な可能性があるんだって思える。たとえどんなに年を取って、もうこの先の人生なんてたかが知れてると思えてきても、やっぱり、先のことはわからない。だから。

 歩いていこう。

 読み終わったあとで、とってもあったかい気持ちになれる。なんか、勇気が出てくる。『桃尻娘』の他の作品を知らなくても十分楽しめると思うので、ちょっと疲れたなって思ったら、どうぞ涼子さんに会ってみて下さい。

『桃尻娘』
『その後の仁義なき桃尻娘』
『帰ってきた桃尻娘』
『無花果少年(いちぢくボーイ)と瓜売小僧(うりうりぼうや)』
『無花果少年(いちぢくボーイ)と桃尻娘』
『雨の温州蜜柑(おみかん)姫』
 以上 橋本治(講談社文庫)


●次回予告●

次回は『エロイカより愛をこめて/青池保子』です。


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