本の虫

◆第5回『アヴァロンの霧/マリオン・ジマー・ブラッドリー』◆

 よく知られた物語や史実を女性の視点で語ることによって、新たな魅力を引き出すことに成功するということがあります。たとえば、『おんな太閤記』なんかはその良い例だと思うのですが、『おんなアーサー王物語』とでも呼ぶべき作品がこの、『アヴァロンの霧』です。

 有名なアーサー王と円卓の騎士の物語を、女達を主人公にして描いたらどうなるのか? もうこの発想だけで十分わくわくしてしまうのですが、読み始めるともう止まらない止まらない。これぞまさしく大河ドラマ。魅力的な登場人物が複雑に絡み合い、その葛藤がそのまま歴史という名のタペストリを織り上げていく。

イメージ  そしてさらに、この作品を面白くしているのが、<男性原理>のキリスト教と<女性原理>の女神信仰との相克。ちょうどアーサー王の時代にブリテンにキリスト教が広まり、従来の女神信仰が駆逐されていったらしいのですが、私はこの作品を読んでますますキリスト教が嫌いになってしまいました。キリスト教がこんなに広まらなかったら、世界はここまで<男性上位社会>にならなかったろうに、と女である私は思ってしまうのですね。『原始、女性は太陽であった』はずなのに、と。日本でも平安時代は『妻問い婚』で、家の財産はすべて娘に属するものだったのにねぇ。まあ天皇陛下はずっと男性だったけど……。

 女神様に仕える巫女である主人公が、キリスト教の教会で、『たとえ追放されても女神様はどこにでもいらっしゃる。女神様が人類から手を引いておしまいになることはない』と確信するシーンで物語は静かに幕を閉じます。果たして女神様はこの現代にも私たちをどこかで見守っていて下さるのでしょうか。

 それにしても、歴史のはざまにはどれほど多くの人生が眠っていることでしょう。アーサー王が実在したのかどうか、この物語の登場人物達が実在したのかどうか、それはわかりません。けれど、歴史を紡ぐのは一人英雄の行動だけでなく、年表の行間には決して語られることのない人々の笑いや涙がつまっているのです。たとえば、あなたや私の人生が――。

『アヴァロンの霧@異教の女王』
『アヴァロンの霧A宗主の妃』
『アヴァロンの霧B牡鹿王』
『アヴァロンの霧C円卓の騎士』
 以上全4巻 マリオン・ジマー・ブラッドリー(ハヤカワ文庫FT)


●次回予告●

次回は『南京路に花吹雪/森川久美』です。


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