く方式 その101〜その110

その101
 

(154)ルールのある遊びがなぜ大切か

 「ルールのある遊び」が成立するためには、@一緒にやっている人を意識する、A人の行動を見て同じ動きができる、B自分がしたことの結果まで意識する、C順番を守る、D人の結果と自分の結果を比べる意識を持つ、などいろいろな必要条件があります。これを1つ1つクリアするときに脳は活性化し、神経細胞のつながりがよくなります。前回にお話したボウリングや輪投げは、そういう点でとても優れた療育(遊び)です。さて、今回、とくにお話したいことは「上の@からDの条件を満たしていない遊び」を「遊び」と呼んでよいか、ということです。たとえば、みんなでボウリングをしているときにまったく関心を示さず、レーンに立たせてもボールをその場に落としてしまうような子供でも、1人で勝手にならボールを転がしたり投げたりすることはできる、という場合がよくあります。こういうとき、「本当はできるのに、する気がない」と言われがちです。また、みんなが順番に歌をうたっているとき、まったく関わろうとせず、「歌ってごらん」と言われても無反応な子供が、突然ある曲が流れた途端、踊りだしたりマイクを持ったりする場面をよく見かけます。これも「本当はできるのに、する気がない」と言われてしまいます。果たしてそうでしょうか?「できる」という言葉は、上の@からDの条件を満たしているときにのみ、使うべきです。つまり、周囲の人の動きや誘いの言葉の刺激を正しくうけとって自分をそれに合わせて行動できてはじめて「できる」というべきなのです。人間は「行動のすべてを意識して行っているとは限らない」からです。ひとつの例をあげて説明しましょう。統合失調症(精神分裂病)の人は、神経伝達物質のドーパミンが過剰に活性化していて、刺激がない状態でもドーパミンが放出されるために幻聴、幻覚、妄想に支配されてしまいます。この場合、その人の自発的な動きを尊重することは正しいでしょうか?相手からのはたらきかけに正しく応答し、場にあった常識的な行動ができるようにリハビリテーションを重ねたうえでなければ、自由に行動させることは危険が伴いますし、その人のためにもなりません。知的障害児も、さまざまな理由で脳がうまくはたらかないのですから、その行動が「刺激を正しくうけとり、それに対して適切に反応した」行動であるかどうかはわからないのです。いつも鼻歌をうたっているからといって、「その歌が好きでうたっている」とは限りません。「失語症で言葉が出なくなった人でも、昔おぼえた民謡は始めから終りまで歌える」(ただし、その歌詞を会話では使えない)ということからも、無意識行動である可能性を考えなければなりません。まず何より「歌って下さい」と言われたときに歌い出せることが大切なのです。とくに自閉傾向の場合は音などのさまざまな刺激で反射が起こって飛び跳ねや手たたきが出ますし、部分的な発作で体が動いてしまうことが多いですから、こちらからのはたらきかけに応じられるかどうかを見ることが最も重要です。

 

●ポイント

 はたらきかけに応じて動けることがまず何よりも大切です。




その102

 

(155)時計を見て時刻がわかるようにしよう

  今回は「時計の読み方」をどう教えるか、についてお話しましょう。これについても、ほとんどの健常者は「自分がいつ、どうやって時計を読めるようになったのか」をおぼえていないはずです。そして、時計を読めない人にいざ教えようとすると、「何から教えたらよいのか」と悩んでしまうことが多いのですが、われわれが一瞬で処理する作業を1つ1つ順を追って消化することで多少時間はかかってもできるようになるものです。
 @まず1〜60の数唱を確認する。A60〜1の逆数唱を確認する。B短い針と長い針を区別する。C短い針が正確に1〜12の数字をさしている絵で「1時」から「12時」までを読めるようにする。D長い針が1をさしていたら「5分」、2をさしていたら「10分」、3をさしていたら「15分」、ということを「1→5分」、「2→10分」、「3→15分」、というように「11→55分」までを一覧にして示す。(おぼえるにこしたことはありませんが、おぼえていなくてもこの一覧を見ながら時計を読む経験をたくさんさせてあげるほうがはるかに脳のトレーニングになります)E長い針が、たとえば17分をさしているとき、3(15分)のところから「16,17」と読む方法を教える。
 ここまでできると時刻を読めそうに思えますが、もう1つ大きな難関があります。今、4時30分だとします。Eまで学習していれば、「長い針が6をさしているから30分」はわかります。問題は「4時30分なのか、5時30分なのか」がわからない、ということです。短い針は4と5の間にあります。この針の位置で「4時」と読むために時計の文字盤を真ん中(上は12、下は6)で分けて「短い針が右にあれば針の上の数字を読む」ことをおぼえさせましょう。また、今、7時25分だとします。Eまで終わった子供は「長い針が5をさしているから25分」はわかります。「7時25分なのか、8時25分なのか」迷うところですが、「7時」と読むためには「短い針が左にあれば針の下の数字を読む」とおぼえれば良いのです。「右→上、左→下」の言葉で定着させましょう。もうひとつ忘れてはならないのが、「右と左がきちんとわかっているかどうか」の確認です。右手と左手がわかっているからといって、時計の文字盤の右側と左側がすぐにわかる、とは限りません。3時20分を読ませるとしたら、まず時計を正面から見る位置で子供に「右手はどっち?」と問い掛けます。次は「左手はどっち?」です。正しく手をあげたら今度は「短い針は右にある?それとも左?(手をあげながら)」とたずねます。子供が「右」とこたえたら「右だね。そのときは右→上だから針の上の数字だね。3時かな?4時かな?」と質問します。子供が「3時」と答えたら、「じゃあ長い針は4をさしてるから何分?」と聞き、「20分」という答えを引き出します。これだけの手順を確実に踏んでいって、慣れてきたら援助を少しずつ減らしてゆくのです。子供にとっては順序立てて物事を考えるよいトレーニングになります。

 

●ポイント

「右→上、左→下」のきまりをおぼえれば時刻を読めるようになります。




その103
 

(156)時刻を用いて「考えるトレーニング」をさせよう@

 時計を見て「〜時〜分」と読めるようになったら、それを用いていろいろな練習をしましょう。まず、「今10時25分です。3分後は何時何分ですか」という問題からやりましょう。最初に紙に時計の文字盤の円を描き(フリーハンドで十分です)この問題に関係する数字10,11,5,6だけ書き入れ、5と6の間を5つに区切るように線を入れます。短い針を10と11の間に、長い針を5のところに書き入れた状態で「何時何分ですか」とたずねます。子供がすっと「10時25分」とこたえてくれればよいのですが、止まっているようなら前回お話した手順をくりかえしましょう。「10時25分」と確認できたら、「3分たったらどうなるかな?」と言い、5の目盛りを指さして、そこから「1,2,3」と声をかけながら指を動かしていきます。28分のところに長い針を今度は赤で書き入れます。そしてまた5(25分)のところから今度は「26,27,28」と数えながら赤い針のところまで指を動かして下さい。「赤い針は28だから28分だね。だから10時28分」と答えを出します。次に、もう一度新しく「10時25分」をさした文字盤の絵を見せ、今のやり方を子供に正確にくりかえさせましょう。このとき、短い針についてはあまりふれないようにします。長い針で一生懸命数えて「28分」にたどりついたところで「短い針は右にある?左にある?」とやられると、せっかく今取り組んだことが薄れてしまうからです。最初に時刻をたずねるところで短い針については終りにしましょう。しばらくの間は差を5分以内にして数えやすくし、混乱をさけます。ここで、注意することが1つあります。ようやく時刻を読めるようになったばかりの子供に「10時25分の3分後は何時何分?」を教えるとき、本物の時計を使いがちですが、それはもっと後になってからにすべきです。本物の時計の場合、3分後の「28分」のところに針を書き入れることができませんし、針を実際に動かしてしまうと「10時25分」が消えてしまうので、「25分の3分後」という意識ができずに、針のとまったところの時刻「10時28分」を読むだけになってしまいやすいからです。障害児療育では、面倒なようでも「その時の子供の必要に応じて教材を手書きする」のが、実は一番の早道なのです。

 

●ポイント

実物の時計より、手書きで時計の絵を書こう。




その104
 

(157)時刻を用いて「考えるトレーニング」をさせようA

 「10時25分の3分後のところに赤で長い針を書き入れる」ことができたら、次はそれを計算でもできるようにしましょう。つまり、25+3=28というたし算です。25分のところから「1,2,3」と声を出して28分の赤い針のところまで指を動かし、「3動いたから25に3をたします」と説明します。これだけではもちろん子供には難しすぎるので、次は子供にあらためてもとの針が5をさしているところを指ささせ、「何分?」とたずねます。子供が「25分」とこたえることができたら時計の絵の下(別の紙でもかまいません)に「25」と書かせます。そして28分のところまで「1,2,3」と声を出して指を動かすように促します。「3」の声と同時に指が止まったところで今度は「25」の横に少し間隔をあけて「3」を書かせます。そして「3だけ増えたから、たし算だよ」と言って25と3の間に「+」を書かせます。そして計算をさせ、28という答を引き出します。これをいろいろな時刻を用いてくりかえしましょう。安定してできるようになってきたら、ひとつひとつお母さんが指示していたのを子供自身にさせるように補助を減らしてゆけばよいのです。
 

(158)時刻を用いて「考えるトレーニング」をさせようB

  次は「今10時25分です。3分前は何時何分ですか」という問題に取り組みます。これも、まず「10時25分の3分前のところに赤で長い針を書き入れる」ことから始めます。 「10時25分」と確認できたら、「3分前はどこかな?」と言い、目盛りを指さして「1,2,3」と声をかけながら指を動かしていきます。そして22分のところに長い針を赤で書き入れます。そしてまた5(25分)のところから今度は「24,23,22」と数えながら赤い針のところまで指を動かして下さい。今回は「24,23,22」と逆数唱になることに注意しましょう。そして「赤い針は22だから22分だね。だから10 時22分」と答を出します。
 

(159)時刻を用いて「考えるトレーニング」をさせようC

 「10時25分の3分前のところに赤で長い針を書き入れる」ことができたら、次は25−3=22というひき算です。25分のところから「1,2,3」と声を出して22分の赤い針のところまで指を動かし、「3動いたから25から3をひきます」と説明します。そして、たし算のときと同じように子供にもとの針が5をさしているところを指ささせ、「何分?」とたずねます。子供が「25分」とこたえることができたら「25」と書かせ、22分のところまで「1,2,3」と声を出して指を動かすように言います。「3」で指が停止したところで「25」の横に少し間隔をあけて「3」を書かせます。そして「3だけ減ったから引き算だよ」と言って25と3の間に「−」を書かせます。そして25−3=22という答を引き出します。このような手順で教えますが、1人ではなかなかできず、スムーズにいかないものです。どうすればよいか、次回にお話しましょう。

 

●ポイント

思春期は「脳の工事真っ最中」と考えましょう。




その105
 数字が読めて、時計の針と数字の関係もわかり、時刻を読めるようになり、「〜分後」「〜分前」もお母さんの補助があればこたえられるようになったはずなのに、1人ではまったくできない、ということがよくあります。ましてや、生活の中で「時刻」「時間」の知識を生かす、などという段階にはほど遠い子がほとんどだと思います。何が欠けているのか、を考える必要があります。
 

(160)「数の多少」を数の概念に広げましょう@

 以前に「数の多少」についてお話しました。現在、たとえば(10,23)の2つの数のうち、「どちらが多い?」と聞かれれば「23」と答えることができるようになっている、としましょう。健常児の場合、「23は10より多い」とわかったら、同時に「23は10より数唱でうしろに来るから、10よりあとだ」「10は23より数唱で前のほうだから、23より前だ」、つまり、「多い(大きい)数字はあとで、少ない(小さい)数字は前だ」と理解します。知的障害児はなかなかそうはいきません。ためしに、時刻よりもっと簡単な質問、われわれが「数字を知ってさえいれば誰でもできる」と思い込んでいる「日付」についてたずねてみてください。「今日は何月何日?」にたいして「2月27日」とこたえられる子はたくさんいます。しかし「今日は27日だね。じゃ、きのうは何日?」になるとこたえられる子は激減するはずです。「あしたは何日?」も同様です。子供たちは今すごしているこの時間が「きょう」であること,一晩ねて朝を迎えれば「あした」が来ること、くらいは感覚的につかんでいますが、きょうよりも前の過去については「きのう」もそれより前もごちゃごちゃになっている場合が多いのです。まず、1から20くらいまでの数直線を書きましょう。そして真ん中の10に○をつけさせます。そして、10から20の方向へ矢印をひき、10から20まで数唱させます。そのあと、「矢印がこの向き(10から20の方向)のときは数が多くなっていく」ことを確認します。「多くなっていく」ということは、「あとの数になる」ことだ、と次に教えます。「13は11より多い、だから11よりあとの数だ」ということです。もうひとつ、1つあとの数は「つぎ」ということも教えます。「12のつぎは?12の1つあとだから13」というぐあいにします。そして矢印の横に(多い、あと、つぎ)と書きます。つまり,→(多い、あと、つぎ)というふうにするのです。このことを焦らず、ゆっくり、繰り返し定着させましょう。数だけでできるようになったら、そこではじめて「分」とか「日」という時をあらわす語をつけくわえます。「いま15分です。3分あとは何分?」、「きょうは12日です。4日あとは何日?」というようにきいていきます。こまめに数直線と矢印を用いてていねいにやってください。自分で数直線や矢印を書ければ理解が深まります。

 

●ポイント

・数直線と矢印を用いて学習しよう。 




その106
 今回は「読むこと」についてお話しましょう。
 

(161)「数の多少」を数の概念に広げましょうA

  前回、「多くなっていく→あとの数(つぎの数)」を教える方法をお話しました。今回はその逆、「少なくなっていく→前の数」をやりましょう。今回も1から20くらいまでの数直線を書きます。そして真ん中の10に○をつけさせます。次に10から1の方向に矢印をひき、10から1までを逆数唱させます。そのあと,「矢印がこの向き(10から1の方向)のときは数が少なくなっていく」ことを確認します。「少なくなっていく」ということは「前の数になる」ことだ、と次に教えます。「7は9より少ない。だから9より前の数だ」ということです。これをしっかりやってから「7の1つ前は?こちらへ(10から1のほうへ)1ついくから6」「9の4つ前は?こちらへ(10から1のほうへ)4ついくから5」を学習します。そして矢印の横に(少ない、前)と書きます。つまり、←(少ない、前)というようにするのです。数だけでできるようになったら、そこではじめて「分」とか「日」という時をあらわす語をつけくわえます。「いま15分です。3分前は何分?」「きょうは12日です。4日前は何日?」というようにきいていきましょう。
 

(162)「数の多少」を数の概念に広げましょうB

  「多くなっていく→あと(つぎ)の数」、「少なくなっていく→前の数」がそれぞれ一応できるようになったとしたら、次はそれを混ぜてきかれても答えられることが目標になります。しかし、ここで最も大切なことがあります。それは、「前の数の問題がわかった、と思って、あとの数の問題へ戻るとさっぱりわからなくなっている」ことを覚悟しておかなければならない、ということです。障害を持った子供は、たいてい直前の刺激に引っ張られますから,何問か1つのやり方を続けると次に違うやり方の問題が出てきたときにも直前にやったことを繰り返してしまいやすいのです。しかし、これもトレーニングの一環ですから、根気よくやりましょう。基本的なやり方としては、「〜分あとは〜分?」「〜日あとは〜日?」を3題続けたところで「〜分前は〜分?」「〜日前は〜日?」の問題に取り組むとよいでしょう。できないときは、また手順通りに補助して正解を導き、また次の日にやればよいのです。教える側はとても根気がいるように感じますが、教える側の根気が子供たちの「自信」を養うのです。次回は、障害を持つ子供たちの課題に常にあげられる「自信」についてお話しましょう。

 

●ポイント

教える側の「根気」と子供の「自信」は表裏一体




その107
 知的障害児がいろいろな場面で「欠点」として指摘されることに「自信がない」というのがあります。かなり能力が高く、就労を考えるような障害児でも、ほとんどの場合、「質問ができない」「言われたことはするが、自分で判断して臨機応変に行動できない」「自分の思っていることをはっきり伝えられない」など、判で押したように酷評されるのが通常です。そしてその原因が「経験不足からくる自信のなさ」の一言で片付けられるのです。この考え方は正しいでしょうか?
 

(163)欠けているのは「自信」ではなく「概念」

 今までくれよん方式の中でお話してきたことと、目の前の子供の状態を比べてみてください。

@名詞と動作文で「はい」と「いいえ」ができますか?
A今、自分がしたことを言葉で表現できますか?
B今、自分がしていることを言葉で表現できますか?
Cこれから自分がやろうとしていることを言葉で表現できますか?
D「乗り物」「魚」「動物」「文房具」・・・など、物の仲間分けができますか?
E「ありません」が言えますか?
F「数が多くなっていく→あとの数」、「数が少なくなっていく→前の数」が理解できていますか?
G「おととい」「きのう」「きょう」「あした」「あさって」という言葉を理解し、日付と一致させることができますか?
H場所の名前を正確に知り、使うことができますか?(たとえば、広い場所を見て「ここは運動場だ」「ここは中庭だ」「ここは広場だ」と自分で区別をつけることができるか)

 ここまでがくれよん方式その106まででお話してきた内容に含まれているのですが、障害児が「一般の人々の要求に応えて行動する」ためには、まだまだこの他に複雑な概念が必要になってきます。それらは順を追って述べていきますが、まず今の時点で上の9つのポイントで子供たちを見ただけでも、できない部分があるだろうと思います。できない部分がある子供に対して、「主体的な判断」や「思っていることを言葉で表現すること」を要求するばかりでは子供が気の毒です。できない部分は「経験がないからできない」とか「自信がないからできない」のではなく、「概念がないからできない」のです。そして、このできない部分は、いくら作業量をふやしても、作業時間を長くしてもできるようにはなりません。まして、「感想や意見を言わせる回数を多くすればできるようになる」ことなど、ありえません。(パターンで覚えさせることは可能ですが、どんなときも「頑張りました」「楽しかったです」では、言葉による表現への意欲そのものも減退させてしまいます。)上記の@〜Hができてはじめて「概念の入り口に立っている」といえるのですから、知的障害児にとって「言葉による表現」は本当に難しいのです。指導者がその子供の概念能力の範囲内でコミュニケーションする配慮をしてあげること、そして1歩ずつ概念学習をすすめていくことでしか、子供たちは「自信」を身につけることができません。次回はI番目の概念学習についてお話しましょう。

 

●ポイント

「経験させる」だけでは概念も自信も身につかない。




その108
 「感想を言う」とか、「反省する」とか、「自分の思いを伝える」、そして「わからないことを質問する」・・・これらはすべて「言葉で行う」わけですが、そのためには何が必要でしょうか?「言葉の知識」だけで十分でしょうか?(言葉の知識=物の名前、人の名前などをよく知っており、相手の指示をきいて行動できる)

 

(164)I番目の概念学習は「言葉を思いつく」学習

 われわれが自在に会話できるのは「言葉をたくさん知っている」からではありません。ひとつの事柄について、それに関するいろいろな言葉がイメージとしてわきでてくるからです。われわれが1日の仕事の終りに「今日はどうでしたか」と感想をきかれた、としましょう。仕事内容をふりかえるのはもちろんですが、それ以外に「うまくいったこと」「失敗したこと」「一緒に仕事した人の様子」「職場の現状」「今日の気候」「自分の体調」「今後の仕事の見通し」「このあとの予定」・・・いろいろなことが言葉の形をとって頭の中に浮かんできて、それを整理してひとしきり話をすることになります。つまり、実際に口に出した言葉以外に、たくさんの言葉が同時に頭に浮かんでいる、ということです。知的障害児にはこれは大変難しいことです。たとえば、「ひまわりが咲いている」のを見て、われわれが「ひまわりが咲いていますね」と言う場合、頭の中では「夏」にまつわるいろいろな言葉がイメージとしてわいているのに対し、知的障害児が「この花はなに?」ときかれて「ひまわり」と答えたとしても、それは単に花の名前を知っていただけであり、それ以外のイメージは浮かんでいない、ということなのです。まず、「言葉を思いつく」学習から始めましょう。言葉を思いつかないのに豊かな表現をするのは到底、不可能です。最初は「か」から始まることばを3つ考えさせることから始めます。(もちろん、「か」である必要はなく、50音のどれでもよいのです)「かさ」「かめ」「かた」「からす」・・・などがさっと思い浮かべられればよいのですが、これが案外難しいのです。「これは何?」ときかれて「かさ」と答えられることと、何もない状態で自分で「かさ」という名詞を思いつくこととはまったく違う、ということです。「か」が終われば「た」、「さ」・・・なんでもよいのですが、どんどん言葉(名詞)を考えさせていきましょう。言葉の数も3つから4つ、5つ、とふやしていきましょう。
 

 (165)J番目の概念学習は「連想する」学習

 次は、たとえば、「教室」に関係のある言葉を1つ考えさせる、という学習です。つまり「連想」です。これはIの「言葉を思いつく」よりもはるかに難しいので、言葉の数は1つから始めます。最初は子供がよく慣れ親しんだ場所に関する言葉にしましょう。それでも、とても苦労するだろうと思います。考えさせることは大事ですが、ストレスをかけてしまっては概念能力はそだちません。どのようにすればよいか、次回にお話しましょう。

 

●ポイント

物の名前をきかれて答えられることと、自分で物の名前を思いつくこととは違う。




その109
 

(166)「連想する」学習はまず現場に立とう

 「連想する」学習は、まず、「子供がよく慣れ親しんだ場所」に関する言葉からはじめましょう。しかし、これがなかなか難しいのです。たとえば、「教室」のように常に生活している場所で、机やイスを自分のものとして使用しているのだから当然、「教室」に関する言葉がいくつかは出てくるだろう、とわれわれは思いますが、そうはうまくいきません。なぜなら、子供は視覚を手がかりとしたパターン行動の構成要素として教室の中の物を認識しているだけで、言葉に変換していないことが多いからです。言い換えると、机を指さして「これは何?」ときかれたときとか、「机をふきなさい」と指示されたときにのみ、机が「つくえ」という言葉に変換され、それ以外のときは「つくえ」という名詞は意識できていない、ということなのです。ですから、ただ待っていても言葉は出てきません。ヒントを出してあげましょう。ヒント、というより、1つか2つ答えを言ってあげるのです。子供と一緒に教室の中を見回し、「教室に関係のある言葉をお母さんがまず言うよ」と言ってから机を指さして「つくえ」と言います。「じゃ、考えて言ってごらん」と促してもやはりまだ出てこない場合は2つめの答えを言ってあげます。「教室に関係のある言葉、2つめは黒板」という感じで黒板を指さしながら言います。子供が自分から相手の言ったもの以外の物の名前を言うまで5つほど答えの例を示してください。それで出なければまた翌日、というようにします。現場にある実物を言うことができるようになると、頭の中で「言葉をさがす」、「自分で物の名前を言葉に変換して認識する」習慣ができてきます。まずは現場に立って、そこにあるものを5〜6個、自分で言えるようになれば次の段階に進むことができる、ということです。上の例では学校の先生が生徒に考えさせる形でしたが,家庭でお母さんが取り組む場合は「台所」でも「お部屋(子供の部屋)」でも何でもかまいません。ただし、物の名前を知っているかどうかの確認をし、知らないものがあれば「これは何?」→「たんす」などのように答えられるようにしてから自分で物の名前を思いつく学習に進んでください。現場で5つ言えるようになったら、それを今度は他の場所で折にふれて言わせてみるようにします。毎日やりましょう、しかし「言えなくてもかまわない」という気持ちでゆったり構えることが大切です。次回は「作業」について考えてみましょう。

 

●ポイント

「言葉におきかえる」習慣をつけさせましょう。




その110

 知的障害児の場合、年齢が小さい間は「遊び」、年齢が大きくなると「作業」が生活の中心になることが多いようです。このうち、「遊び」については以前からお話ししていますし、「遊ぶ、ということを知る」ためにはその前提として「人とのやりとりを学ぶ机上学習が必要である」ことを繰り返し説明してきました。「作業」はどうでしょうか?
 

(167)作業で脳を活性化させよう

 作業も机上学習と同じように「人から指示を受け、それを理解して実際にやってみる」という点で脳を活性化することができるはずです。そのためにはどんな点に気をつけなければならないでしょうか?

@ 作業の結果がよくわかるものであること ある一定量の材料が置いてあって、それを消化したら終り、と理解できるように場を設定しましょう。最初はごく少量で、非常に短い時間ですむ量にします。その量をこなして材料がなくなったらしっかりとほめ、そのあとしばらく待たせます。これで「できた」という感覚をつかませるのです。そして1分ほど待たせてから次の材料をわたします。持続の難しい子はその日は同じ量で、そうでない子は1回ごとにわずかずつ増やしていきます。「目の前にあるものがなくなるまで続ける、なくなればひと区切り」という習慣をつけると、作業に慣れてパターン化しても、「あと少しでなくなる・・・なくなった」というところで意識レベルが上がり、脳を使うことができます。

A 目の前に作業の対象がないときにきちんと待たせること 障害児の中でもとくに対応の難しいのは自閉傾向の子供です。苦労することの1つに「待てない」というのがあります。意識レベルが下がって勝手に体が動いたり、力が入ってしまう子の場合は、その場を離れてしまったり、自傷や他傷のパニックに陥ってしまうことがあります。パターン行動の強い子に「できました」の報告をさせていると、早く「できました」→「よろしい」を実現したいために作業を焦って雑になったり、「よろしい」という言葉を聞かないと次のことが始められなくなったりします。何よりもまず、「言われたらその通りにする」「指示があるまではじっと待つ」ことが大切です。自閉傾向のない軽度な子でも、まずじっと待たせて「指示に従う」習慣をつけてから少しずつ報告などをさせていくようにしましょう。

B 作業を教えるときには批判や叱責をしないこと 学習と同じで知的障害児は「ダメな所を指摘して反省させる」のは間違った方法です。障害児は真面目ですから、しかられると何とか直そうと努力しますが、なかなかうまくいきません。多くの場合、しかったり注意したりするときは言葉の数が多くなり、抽象的な内容の言葉をたくさん使いがちです。子供は理解できず、おどおどするばかりだったり、あるいはまったく聞いていないかのような態度になったりします。注意や叱責をくどくど言うだけの時間と手間を作業の手順を上手に教えることに使いましょう。次回は具体的にその方法についてお話しましょう。

 

●ポイント

よくわかる作業内容にする

叱責しなくてもよいようにきちんと作業を教える


 

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