会報No.32表紙

会報No.32
−文責・クねずみ論説委員−

目次

  1. 第38回例会報告−読書会「土神と狐」
    妹尾 良子
  2. 賢治百姓真似一笑−その12
    友田 清司
  3. 毒もみのすきな署長さんの最後の審判
    川崎 貴
  4. タイトル雑録
    杉澤 法広
  5. 編集後記

第38回例会報告−読書会「土神と狐」

 2月17日「土神ときつね」をテキストとして読書会をしました。
 生前未発表の作品で、1 本の奇麗な女の樺の木と、谷地に住んでいる土神、野原の南からやってくるきつねの3人が織り成す物語。土神も狐も、樺の木が好きという三角関係の恋愛小説のような趣があります。
 樺の木はどちらかというと、神という名がついているが乱暴で髪もぼろぼろな土神よりも、上品な狐の方が好きでした。
 賢治は、前半で「土神の方は正直で狐は少し不正直であったかも知れません」と紹介しています。
狐は詩集をもって樺の木のところへ遊びに行き、望遠鏡をドイツに注文したと嘘をついてしまう。土神が分からないことが多いと言うと、樺の木は狐に聞いたてみたらと言ったために、土神は嫉妬に狂ってしまう。ようやく落ちついてからの樺の木の所に行くと狐がやってきて…。
 最後は、狐の赤革の靴を見たとき土神は俄かに頭がぐらっとし、怒りに狂って狐を追いかけ殺してしまうという内容。
 二十代の頃に読んだ時は、嫉妬深く自制心のない土神も、狐のええかっこしいぶりも、醜くく思えて嫌いだったけれど、今回の読書会では、自制しきれない感情にふりまわされたり、空っぽの自分を飾ろうとするところも人間らしく、好きな作品だ、とまで思えるようになりました。
 会では、「土神と狐のどっちが好きか」「土神とは何者か」「悪役になりやすい狐だが、賢治は悪役ばかりではない」「ラストの狐のうすら笑ったような表情の意味」などが話題になりました。
 土神も狐も賢治の分身であり、賢治の心の中の葛藤がストレートにあらわれているということで、意見はまとまりました。

賢治百姓真似一笑 その12

 時代は今の子どもたちには何が必要だと言っているのでしょうか。宮沢賢治が生きていたら、この飽食といわれる時代に何を訴えるのでしょうか。そんな難しい問いを反芻しながら、きょうも童話を読んだり、あるいは鍬を持ったりしています。
 先日は、ペンキの刷毛を持って、久しぶりに看板のペンキ塗りをしました。「あーす農場」の看板が傷んでいたので、看板をプレゼントしようと考えたからです。そして、今回(3月21日)は高校の先生たちや小学生たちといっしょに出かけました。高校の先生は、神戸市北区の実家が農家で、炭焼きにも大いに関心があるということでした。
 到着したら、ちょうどケンタくんが炭出し作業をしているところだということで、さっそく見せてもらいに炭焼き小屋に行きました。ケンタくんは、灰で顔まで真っ黒けになって、かまどの中から真っ赤な炭を出していました。作業の合間にぽつぽつと話してくれました。
「和田山で今でも炭焼きしてんのは、ここだけやろ」
私たちは「へ〜え」というしかありませんでした。以前にはあったものが、いろいろ事情が絡み合って、だんだんなくなっていくのでしょう。今日の消費経済の社会の中で自分の手で炭を焼くということが一体どんな位置になっているのか、どれほどの価値とみなされるのか、私には皆目見当がつきません。ただ、直感的にケンタくんは、炭焼きを通じて何かすばらしいものを焼いているような気がしてなりません。「光でできたパイプオルガン」が出てくる『告別』という詩の中に次のようなことばが出てきます。

みんなが町で暮らしたり一日遊んでいるときに
おまえはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさで音をつくるのだ
多くの侮辱や窮乏のそれらを噛んで歌うのだ
もしも楽器がなかったら
いいかおまえはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
空いっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいい

 炭焼き小屋のそばは、山の斜面です。子どもたちは、犬の散歩に大はしゃぎ。あっち行き、こっち行き、とうとう道のない斜面を登って行きました。これはかなりの冒険です。山の子はヒョイヒョイと身軽に登って行きますが、町の子はモタモタしています。それでもめったにない経験に興奮気味で、ハアハアいいながら、見晴らしのよいところまで登ったときには、何ともいえないすがすがしい顔をしていました。そういえば、賢治の作品に『台川』というのがありました。確か農学校の先生が生徒たちを引率して道なき道を歩く場面がありましたが、どちらかというとやや地味な作品なのであまり有名ではありません。ただ、そのときの宮沢先生にとっては、とても楽しい時間だったにちがありません。宮沢先生とちがって友田先生は何にも知らないから、草木や石ころについての講釈が全然ありませんでした。30分ほど苦心して歩いて、ようやく炭焼き小屋の裏の道に降りてきたときには、ほっとしました。その道は、実はケンタくんが造ったそうです。ここらでは、「道というものは、もともとあるとは限らない。道がなければ造るもの」なんですねえ。なんという発想といえばよいのか。道のない斜面を歩いたあとだけに、「道というものは、歩きやすいんだなあ」と当たり前のことに感心しました。
 そうそう、あいちゃん(小6)が「いいもの見せたげるから」といって大森家の裏山の祠みたいなところに連れて行ってくれました。何があるのかと思いながら、よたよたと息を切らしながら、坂を上がって行くと、大きな木の幹の上のほうに、ちょうど腰を掛けられるような大きさのものがくっついていました。あいちゃんが
「あれ、さるのこしかけなんよ」
「へ〜え」
さるのこしかけといえば、先日「宮澤賢治を読む会」で読んだばかりでした。

楢夫は、じっとそれをながめて、ひとりごとをいいました。
「ははあ、これがさるのこしかけだ。けれどもこいつへ腰をかけるようなやつなら、ずいぶんちいさなさるだ。そして、まん中にかけるのがきっと小ざるの大将で、両わきにかけるのは、ただの兵隊にちがいない。いくら小ざるがいばったって、ぼくのにぎりこぶしのくらいなものだ。どんな顔をしているか、一ぺん見てやりたいもんだ。」

 いやいや、にぎりこぶしどころではありません。小さな石油ストーブくらいの大きさのさるでも腰かけられそうな、大きなこしかけでしたよ。ただ、賢治はここから例の見てきたようなお話を展開するのです。「あーす農場」付近では、ほんとうにさるが出てきそうです。イノシシやシカはしょっちゅうですし、タヌキやクマも出てきます。まるで賢治童話に登場してくる動物たちの宝庫のようなところです。
 その日は、神戸から行ったMちゃん(小5)たちは、にわとりのえさやりに、ぶたのえさやりに、ヤギの乳しぼりに、いろんなことをさせてもらいました。私は、去年の秋に刈り取って、乾燥させてもらっていた大豆の脱穀をしました。脱穀機なるものを初めて使いました。なかなか便利なものです。機械といっても、足踏み式のもので、のどかなものです。ベリベリ、バシャバシャ、ガリガリ、ベリベリ、バシャバシャ、ガリガリ、豆と豆の抜けた枝葉が分かれて行きます。思えば、去年の七月、暑い盛りに植えた苗が成長し、実をつけ、大半をシカに食われて、秋に刈り取りをして、乾して、ようやく豆の状態になりました。これをうれしいといわずにおれましょうか。
 都会の子どもたちが自然と触れる光景も、いいものです。山の3月、またひとつ楽しい思いをさせていただきました。
      

毒もみのすきな署長さんの最後の審判

 豊かな水量と水質に恵まれた大河を擁し、多様で多量な魚が棲息し、その魚に関する禁 令が法律の第1条に掲げられているといういかにも平和でのどかな国の物語は、豊かな自然の美しさとは裏腹に警察署長自ら第1条の法律を犯すという、今時の警察不祥事とはケタ違いの悪質な展開となっている。しかしこの悪質な署長さん、疑われると正直にあっさり白状してしまう。尋問に訪れた町長とのやりとりは、ナンセンス過ぎてシュールである。そしていよいよ死刑となる直前には笑って「こんどは地獄で毒もみをやるか」と言い、皆を感服させるほどの徹底ぶりである。床屋のリチキによる、署長さんの毒もみ漁の収支計算では、署長さんは毒もみで殺害した魚で利益を得ているが、彼は決して私腹を肥やすために毒もみをした訳ではなさそうである。「毒もみのことときたら全く夢中なんだ」というセリフは痛快で不気味でさえある。法律によっては死刑という形で裁かれたとしてもなお彼の透徹した心は裁かれ得ていない。皆を感服させた時点では彼は勝利者のようにも見える。果たして地獄で彼は裁かれ得るのだろうか。
 賢治がこの作品と同グループに分類していたという「オツベルと象」では、悪辣な搾取者オツベルの最期は象たちに無惨に押し潰されてしまうが、救われた白象は・・・・さびしく笑うのである。誰も裁くことの出来ない哀しさは人間の限界でもあり救いでもあるのではないか…では、その先には神の最後の審判が待っているのかどうか…最後の審判の時は何時なのだろうか。

タイトル雑録−文責・クねずみ論説委員−

 …なんか連日の様に苦情電話が殺到しそうですね。
 他にも論説委員に適した人材は居たでしょうに、なぜだか努力嫌いで僻み嫉みの固まりの『クねずみ』が新聞の論説委員を努めてしまう…実に世紀末的な悪夢だと思います。
 仕事と人間性(?)は別、と割り切れれば楽なのですが、得てして論者の人間性が如実に滲み出てしまうのが文章と言うもの。よくよく下調べもしないで、物事に対して分析した『ふり』の罵詈雑言を浴びせ掛ける自称毒舌論説のなんと多く転がっている事か(自戒の念も込めて書いております)。
 物事を知らなければ、知ろうと努力をすれば良い。近年は『知る』努力に対してより多くの手が差し伸べられる様になっています。其れを何故素直に使わせて貰おうとしないのか…慢心に閉ざされた感性からは何も生まれ ません。せいぜいが自分を追い込んで、賞賛ならぬ冷笑を山程貰う羽目になるだけでしょう(冷笑でも貰えればましで、存在自体を無視される事もあるでしょうが)
 意見を言う事は、大事です。
 毒舌も、否定はしません。
 ただし、見識に充分な蓄積があるのなら、ですけれど。
 裸の王様は精々『無知の傲慢さ』を嘲笑されるだけで済みました。
 でも、クねずみは『無知の傲慢さ』故に身を滅ぼし、最後まで空虚な『権威』にしがみ付く醜態を晒しました。
 そう言う失態は、演じたくないものです。
……久々に書いた為か、かなり重たい文章になってしまいました。次回からはなるべく軽やかな文章をお届けしたいと思っています。それでは、又。

編集後記

  • 今回の編集会議は会議に初参加してくれたSさんのお薦めで、神戸駅前、クリスタルビル四Fの創造センターという所で行いました。めっきり春めいた陽気の午後のひとときを、周囲がガラスに囲まれた明るく見晴らしの好い部屋で、気分良く過ごしました。
  • 新年度を迎え、会報も斬新に模様替えでもしたいところですが、その前に内容の再検討ということで、会報にも色々な要素を盛り込んでもいいのではないか、という話が出ました。賢治関連の記事にこだわらず、例えば、会員の個人情報発信の場として利用されてもいいのではないか、というような。時間があれば、取材活動も活発にしたいところですが…。ご意見お寄せ下さい。(川崎)