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−銀の散乱− 目次
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第36回例会報告−賢治の献身と野心 賢治に対する私たちの思いは敬意そのものであり、むろん、彼とて人の子であるから幾多の欠点といえるものがあったとしても、彼に対する尊崇の気持ちはおおすじでゆるぎはしない。それほどに、賢治について伝えられてきたことで、彼は私たちよりはるかに厳しい美しい人生を送った人だという思いを抱かせるのである。
―献身と野心という対比は、あらためて賢治崇拝と賢治批判という対立図式を思い出させる。賢治を批判したくてウズウズしている者には、賢治の野心が証明されたら狂喜するであろうし、他方、賢治崇拝者には賢治のそうした側面は知りたくないことかもしれない。本研究会でも、賢治および賢治研究者批判論者の傾向について、1999年2月20日の会で澤田由紀子さんが「どんな石を投げるのか―賢治研究批判の様相―」と題して解説してくれたとおりである。要するに賢治に何らかの野卑な心を認めて賢治を貶めようとする論者の態度は、カリスマ・偶像の破壊をこととし、独創・建設の思想が欠落する時代における破壊的批判でしかなく、「天才」「聖人」といった常人を超えた人物の実在を認めない、大衆民主主義的精神の反映である。むろん、賢治と賢治研究、賢治と賢治研究者・崇拝者を区別することは必要である。それは当たり前のことであって議論するところに卑しい心根がうかがえる。すべてにメダルのような両面があって、賢治にも光と闇、明と暗、表と裏、などがあってしかるべきであろう。
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例会の感想 |
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以前、例会に関するアンケートで、〈浜下先生の『賢治の献身と野心』について詳しく知りたい〉と書かせて頂きました。今回、それを取り上げていただき、大変感激致しました。前に参加させて頂いたのは、もうすぐ5歳になる娘が、まだお腹の中にいた頃、その頃の事や、学生時代に馴染んだ町並みを懐かしみながら、素敵な名前の学習塾(塾もとても良い雰囲気で、近くならば是非我が子達も通わせて頂きたい!)へと向かいました。 | |||
書棚の散歩 第11段 |
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のっけから言訳めきますが、今回、あまり本が読めていないのです。そこでエイヤッと目を瞑って本棚から引き出した本について書こうかと思います。 | |||
賢治百姓真似一笑 その10 |
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日本語の文章は、助詞によっては意味が変ることがあります。この文章のタイトル「賢治百姓真似一笑」も、賢治を主語にすると「宮沢賢治が百姓の真似をして、百姓たちに笑われた」(あ)になります。私自身を主語にすると「私が宮沢賢治の真似をして、百姓をしようとしたら、生徒たちに笑われた」(い)になります。また、他の人を主語にすると「ある人が宮沢賢治と似たような百姓をしようとして、世間の人たちから笑われた」(う)ということになります。
先日、和田山の「あーす農場」に行ったときに、最近本格的に百姓暮らしを始めた青年がいる話を聞きました。以前、いっしょに農作業をしたことのある25歳の青年で、確か二年間ほど学校の教師をしていたとか言っていました。
そうなんです。わらがたくさん次々にできるんですねえ。それを結わえていくのが仕事なんです。わらでひもを作り、そのわらひもでわらを20束まとめるのです。わらは、やわらかいから弾力性があり、結ぼうともたもたしていると大きくふくらんできます。わらひもをぐいっとひっぱったら、わらひもが解けてしまいます。またわらひもから作り直し、また20束まとめます。何とか結んで、運ぼうとしたら、わらひもが解けてバサッと落ちます。こんなことを10分ほどくり返していたら、げん先生がしっかりとしたわらひもを用意してくれました。20束のわらもひざでギューっと押さえて、かなり小さくしておいてから、結べば余裕ができてきました。わらひも1本、わらたばひとつ作るのにもコツが要るんですねえ。 | |||
タイトル雑録 |
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めっきり寒くなってきました。皆さんいかがお過ごしでしょうか?筆者は相変わらずと言えば相変わらずの日常です。 | |||
編集後記 |
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