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12/1は小倉に行って来ました。10/19にかめありで幕を開けた「エレファント・マン」 が、地方公演を全うし、ついに小倉で大楽を迎えたのです。快晴の小倉は、私に とって初めての土地でした。 思えば長い道のりでした。昨年インターネットの片隅で、どうやら竜也さんが「エレ ファント・マン」をやるらしい...と知った時の驚き。その昔デビット・ボウイのファンだ った私は、彼がオフブロードウェイで演じた「エレファント・マン」の写真を大切に保 管しています。この作品は憧れでした。各シーンを勝手に想像しては、楽しんでい ました。いつか日本で見たいと思いながら、市村正親さんの「エレファント・マン」も 見逃していました。すっかり忘れていた頃にこのニュースが入ってきました。台湾 のツアーで竜也さんとお話する機会があったので「私は日本でエレファント・マンが 見れる日が来ることを心待ちにしていたが、それがまさに藤原さんで嬉しい」と伝 えました。「頑張りますので、応援して下さい」と彼は答えました。
私は評論家ではないので、ここに劇評を書くつもりはありません。これは単に一 個人の日記です。片寄っていようがいまいが、知ったことではありません(笑)。 私は今回、初日から千秋楽まで、実に何回も見させて頂きました。幸いにも、お金 と時間がなんとかなった幸せ者です。一つ心がけたことがありました。東京と大阪 を比べたり、昼と夜を比べたり、そういう「出来を比較する」ような見方はやめよう と思ったのです。 毎回微妙に違った芝居でした。初日に見た時は圧倒されてしまい、頭の中が整理 出来ませんでしたが、落ち着いてくるにつれ、ストーリー自体がわかりにくいのでは なく、自分の理解を越えている部分が一個あるのが大きいと言うことに気付きまし た。それは「宗教」です。日本人が翻訳物の小説や芝居を見る時、必ずと言ってい いほどぶつかってしまう「キリスト教」という壁。神様なんて、困った時にしか呼び出 さない自分にとって、すべての倫理の根源であり科学の対極にある神を、肌で感じ ることなど出来ません。でも、神に憧れ尊敬し、しかしそんな神に手ひどく裏切られ たかのような現実に怒り、哀しみ、諦める...そんなジョン・メリックの心の襞は、じわ じわと伝わってくるものがありました。 「母は僕がお腹にいる時に象に踏まれました」「そう、よくあることねぇ...」 まるで奇跡のように貧乏クジをひいた自分の不運も、他人にとっては単に「天の気 まぐれ」でしかない...天国では曲ったものもまっすぐになるという教えを、彼自身ど こまで信じていたのだろう?メリックの深い絶望と諦めの瞳が印象的でした。
私は蜷川幸雄氏のファンでもありますが、氏の演出は、明らかにこれが演出家の やったこと、とわかる明瞭さで、それが魅力でもあり、嫌いな人を作る要因でもあ ります。アンコールでどの役者より拍手が多いことを見ても、明らかにその舞台を 支配しています。今回、竜也さんが久し振りに蜷川さんを離れ、初めて宮田さんの 演出を受けるのも楽しみの一つでした。しかし、さすがに演出家のカラーは前に 出て来なかった(笑)。あっさりしているというか、掘り下げ方が浅いというか...。 賛否両論あると思いますが、本物のジョン・メリックの写真を出すことは私も抵抗が ありました。藤原竜也の演技だけで、異形は伝わったからです。それから、黒い服 の女。彼女の存在は必要だったのでしょうか?ラストの歌は個人的には大好きで すが。 一つ心配なことがありました。各々が役を追及するあまり、芝居がどんどん濃くな っていってることでした。小倉の公演が始まる前に、みんなでそんな話をしました。 しかし、最後の「エレファント・マン」は素晴らしいものでした。なんだか全員が憑き ものが落ちたように、素直な演技をしていました。余計な思い入れのない、それで いてしっかり自分を持っている清々しさがありました。最後の公演が地方で良かっ たなぁとしみじみ思いました。自然にスタンディング・オーベーションがありました。 鹿児島と長崎の友人が「九州人が立ち上がるって、ものすごく珍しいことなのよ」 と教えてくれました。九州で初めて藤原竜也の芝居を見れたことに、彼女たちは感 激していました。素朴で温かい拍手が続き、三度目のアンコールで医師トリーブス 役の今井朋彦さんに促され、藤原さんの挨拶がありました。15歳で芝居を始めて から今まで、一度もなかった彼の挨拶。地の、よく通る低く柔らかな声。 「ちゃんと終われるかなと心配でしたが、素敵な先輩に支えられ皆さんに支えられ、 今日無事に終わることが出来ました。本当にありがとうございました」 言いながら、彼は泣いていました。その時私たちは同じ地の上に立ち、同じ時間を 共有する喜びに包まれていました。
夜、仲間うちでささやかに祝杯を上げました。 今年もいくつか思い出深い旅をしましたが、ひときわ印象に残る旅になりました。
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