ジョン・ディーコンについてつらつらと。


小さい頃から俳優サン達にミーハーしていた。だが深く知るにつれて、結局は彼が演じていた役柄に惚れてただけなんだと悟り始める。で、おしまい。
初めてきちんと認識したミュージシャンは、デビッド・ボウイ。高校生の頃。でもやっぱり彼にも「デビッド・ボウイを演じてます」な感じを受けた。グラス・スパイダー・ツアーは、うまく演出されたショウに見えた。

そこで出逢ったのがクイーンのブダペスト・ライヴ。
運動靴履いて汗びっしょりで頑張ってるボーカルが新鮮だった。
ギタリストが「のっぽさん」に見えて親近感を持った。
金髪のドラマーはレディ・キラーのカークっぽい。
しかしなぜあとの一人はあんなに地味なんだろう。
不精髭はやしてるし。女の子にちょっかい出してるだけだし。
目立とうと思ってぴょんぴょん跳んでるのにあんまり映ってないし。
変。あのおっさんは変や。
でも、「素」だ。演技じゃない、そのまんまの姿。

かっこいいとはお世辞にも言えないベーシストが頭の隅に住み着いた瞬間。 やったんやろなあ。

つぎに「栄光の軌跡」を見た。変なおっさんは意外にぺらぺら喋っていた。 しかし他のメンバーが「まだ続けていくよ」等と前向きに語っているのに、 今不安定な時期にいるんだとか、でも何か仕事してないと耐えられないとか、 彼だけ言葉がかなり混乱していた。
ああこの人は辞めたいんや。もうすぐ辞めるんや。
そう思わせる雰囲気を全身から漂わせて、彼はそこにいた。

私はまだその頃フレディがどうなっているのか全く知らなかった。
「イニュエンドウ」を聴いたとき、なんか音がくぐもってるなと感じた。
もう年なんだから仕方ないのかと思った。
91年だった。

新聞で訃報を知った日は、巫女のバイトだった。
洋楽好きの相方にこのことを言わなきゃと思ってたらその日に限って彼女ではなかった。
しかもいつもの宮司さんもおらず、1日もどかしい思いをしていたのだけはよく覚えている。
彼が胃がんで亡くなったのは翌年の初めだった。

翌年4月、トリビュートの映像を見た。
始めにブライアンとロジャーのインタビューが収録されているものだった。
なぜ二人だけ?
前半、ブライアンとロジャーは交互に参加バンドの紹介に現れた。
なぜ二人だけ?
クイーンの演奏。ほとんど映されない左端のベーシスト。
映っても仏頂面で淡々と「仕事」をこなしている。
普段着みたいな恰好はともかく、なぜそんなに淡泊?
フレディのことなんてどうでもよかったのか?
もしかして、そんな奴?

これを境に数年間、他でミーハーする。
なぜか「メイド・イン・ヘヴン」や「ロックス」などのアルバム、 「果てしなき伝説」などの書籍は出る度に買ってしまっていたが、 「好きだけど終ったバンド」に過ぎなかった。地味なベーシストのことなんか、ミヤウチと遠恋と師匠の相手でどっかに消えてしまっていた。

98年、覚えたてのネット・サーフィンで偶然見掛けたクイーン・サイトは、 ジョン特集だった。なんとなく興味が沸いて、「果てしなき伝説」を読み返してみる。ドキュメンタリーを見てみる。数年前の疑問に、ふと別の解釈が浮かんだ。
もしかして、フレディのことを大事に思っていたからこそ、ああだったのかも?
気がつけば短編を書きなぐり、無謀にもそのサイトに送りつけていた。

この人の半生ってなんだったんだろう、と思ったのもきっかけのひとつ。
なぜあんな彼がクイーンとしてやってこれたのか、知りたかった。
トリビュートの時感じたものに、まだ釈然としていなかったせいかもしれない。
彼は本当に、ビジネスライクに接してきたのだろうか。
トリビュートへの参加を渋っていたということ。
MPTの管財人に名前が上がっていないこと。
理由は何なのか、はっきりさせたかった。

あばたもえくぼで、探求心が沸くとルックスまで良くみえてくる。 初めてのブート屋巡りで見つけたホスペ・ツアーのパンフのうつむき加減の演奏姿には心底参った。

ネットでの友人も増え、何度目かのオフ会の時。ジム・ハットンの本に、 ジョンがフレディの脚の「痣」についてジムに尋ねるくだりがあると聞いた。
相当前から、知っていたんじゃないか。見てきたんじゃないか。
あの冷淡さは、冷淡に見えた態度は、無器用な防御だったんじゃないか。
すべてがぴたっと当てはまるような気がした。
この人は、フレディのことが、ほんまに好きやってんな。

一旦思い込めば後は雪だるま式。D論完成と同時に立ち上げた短編集のみのちっぽけなサイトは、年とともにそれなりの大きさになっていった。記事等の資料も増えた。彼が残した言葉を読めば読む程、「推測」という名の妄想が広がっていった。

2000年初頭、クイーンの特集を組む本が出されるとのことで、投稿を募集していた。誰かジョンのことを書いてくれたらいいなあと思ったが、記事が無かったらマズイと思い直し、誰でもええんやったら書いたれと原稿を送る。本は6月末に出た。妙にくすぐったい感じだった。

ちょうどその頃、セレブの住所を集めたサイトで偶然、ジョン単独の連絡先を見付けていた。当時からファンクラブと本人の間にビミョーな溝があるように感じていて、そもそも会員ですら無い私にとって、プロダクションのでも、ファンクラブのでもないその連絡先は、とんでもないものに思えた (ずっと後でどこのアドレスなのか知った時、それはそれでとんでもないと思った。もう2度と出せない住所だ。ちなみにそのサイトは既に消えた)。

ここに手紙を出せば、読んでもらえるんかな…?
出来たての本に簡単な英文を添えて、ついでにちゃっかり返信用切手も入れて、郵送に踏み切った。今思えばこのとき、ファン・レターの常套文句「サイン入り写真下さいませんか?」を書き忘れ、「届いたら連絡してくれ」とサイトのURLとメールアドレスだけを書いたのが運命の分かれ道だったのかもしれない(しかも「連絡してくださいませんか?」ではなくて「私に連絡したくない?」ってな英語だったと気づいたのは後のまつり)

8月の誕生日用にもらった多くのメッセージも印刷して、同じ住所に送ってみた。しばらく郵便が待ち遠しかった。

9月になった。ブライアンに贈り物をした友人が、直筆の返事が来たと嬉しそうに見せてくれた。彼の誕生日は一ヶ月早かったとはいうものの、こっちはあのジョンだ。半ば諦めた。

12月末のとある朝、メールが舞い込んだ。差出人は「John Deacon」、サブジェクトは「reply」。
懲りん奴やな、アンドリュー。
少し前から、差出人をそう打ち込んでメールをくれるお茶目なロシア人がいたので、別に驚くに当たらない。何の返事なんだと開けてみると、シンプルな小文字の集まりが目に飛び込んできた。

ハイ
キミの本受け取ったよ
このアドレスは内緒にね
じゃあまた
john deacon

アドレスは、アンドリューのものではなかった。
本当に、あのジョン? メールなら誰でもジョンになれるやん。しかもアドレス、ベタすぎ。せやけど、本を送ったことは誰にも話してへんし。その住所にいた人? 途中で郵便をぱくった配達員? でもこんな僻地のファンを騙して何かメリットあるわけ? 騙すならもっと冗舌になるんちゃうん? 「ありがとう」くらい書くやろ普通。ってことは、本人??

朝から目にしたたった5行のこのメールで、その日は何も手につかなかった。
返信するのがやっと。まさかこんな形で返事をもらおうとは思ってもみなかった。

返信には反応がなかったが、大晦日に出した挨拶には即返事が来て(こんなにめでたい年末年始は他にはなかったと思う)、それ以来、こわごわではあったが、メールを出すことにした。
自分のこと、サイトのこと、クイーンのこと。質問。
返事があるときは、夜に送信すれば翌朝かその次にはきちんと届いた。短いものがほとんどだが、それでも私には饒舌すぎるほど。よっぽど暇なんかな・・・と心で突っこみながら、いつも信じられない思いでいた。

授業で生徒がうるさくてさ〜。
「いきなり怒鳴っちゃえばいいんだ。皆驚くよ!」

ボーナスでデジカメ買うつもりやねんけど、持ってる?
「うん、機種はね…ああ、バッテリーも予備をちゃんと持ってた方がいい(←やたら詳しい)」

今日も暑かったわホンマ。
「たっぷり水飲んで散歩することだね。ディスクマンとかウォークマンとかパナソニックの新しいMDプレーヤーなんかで(←機種細かすぎ)音楽聴きながら」

平凡でどうでもいいような話題でも、返事が来ると、正直なところ、1週間は幸せな気分だ。でもそれは人と分かち合えない類のもので、この人が偽者やったらええのになあと、ぼんやり思うときもある。偽者だったら、今まで通り妄想全開で写真に突っ込みいれたり小説書いたりできるのになあと。

むろん、答えたくないことは完ぺきなまでに見えない振りをしていて、特にクイーンに関する質問は反応が鈍い(かといえば突然がが〜っと今の状況を書いてきてくれたりもするのだが)。本と同時期に送ったはずのメッセージのことは、一言も触れてくれずじまい。当時サイトでやっていたクイズも、「後で見るよ」と言ったきり。きっとほんとに「見た」だけだったんだろう。

何度もサイトで打ち明けようと思って踏み切れない原因のひとつがそこらあたりにある。ファン・サイトやってるのに、ほんの些細な生ネタにも飛びついて盛り上がっているのに、こればかりは言えない。今じゃすっかり時期を逃してしまったというのも事実だが、言ったところでゲストへのメリットが何も無いからだ。それを売りにして、単なる「自慢しぃ」になってしまうのは嫌だった。でもこんなところで書いてしまっているのは、やっぱり自慢しぃで言いたがりだからなんだろう。ジョンって評判に違わずいいヒトやねんでと力説しておきたかったせいもある。

慎重でソツがないかと思えば時折ハッと驚くほど無防備で、淡々としてるけどユーモラスで。
本人とやり取りできるようになったからといって、今までの疑問が氷解したということはない。むしろどんどん煙に巻かれて遠ざかっている。でも、返事の有無はどうあれ、自分の疑問や感想を直接伝えられるというのは、とてもありがたいことである。それに、こうやってファンを相手にする彼はやっぱりまだ「終わっていない」のかもしれないと思うと希望も湧くというものだ(何の)。
(2002.8.4)

(2005.1追記)ここ2年ほど、返事は1年で1、2回あるかないかで、あってもなんだか精神的にしんどいとか深夜ラジオきいてしみじみしてるとかでちょっと心配だったのだが(←思わず「えいつば」ネタにしてしまったが)、去年5月、ランサローテ行きを確認した際、久々に「まだ生きてるからね」と元気(?)なのが届いたし、その証拠のような写真が今になって雑誌に載ったことで、とりあえず「便りの無いのは良い便り」と安心した。しょーもないメールばっかりでごめん、と書いたとき、色々教えてくれるから助かるよ、ってな言葉が返ってきたのをよいことに、今も月1通ペースを乱さないように情報をタレ込んでいる。