Epilogue

 僕は、綾乃さんが辿り着いたであろう果ての物語を、誰かに伝えるべきなのか、それとも胸の内に仕舞っておくべきなのか、ずっと悩み続けている。そのどちらとも答えが出せないまま、今日に至る。
 雅輝と、綾乃さん。どちらの「推理」が正しいのか、そんなことはどうでもいい。
 ただ、ここ数日でようやく明るさを取り戻しつつある夏ちゃんに、もう一つの「推理」――救いのない風景を見せることは、僕にはできなかった。いずれ、理沙ちゃんのお姉さんが勤める雑誌社や、日本の優秀な警察が結論を導き、世間に「事実」を公表することになろうとも。それが親切なのか、余計なお世話なのかも判断できないが、多分、どちらにしても彼女を傷つけることになるだろう。

 少し風が涼しくなってきたある日、僕はささやかな花束を抱え、楠木駅のプラットホームに立っていた。
 端のほうに置かれた、小さな折りたたみ椅子の周りには、今でも献花やお供えが絶えない。その中に、手にしている花束をそっと並べた。
 そのどれもから離れた位置に、随分と場違いなものがあった。
 火の点いた煙草が一本。
 そういえば、声をかける間もなく歩き去ってしまったので、本人かどうかはわからなかったが、改札で雅輝らしき男を見かけた。この煙草はあいつの愛用している銘柄だ。恐らく線香代わりにしたんだろう。あいつらしいことでもあり、らしくないことでもある、と、一人ほくそ笑んだ。
 ふと思った。
 雅輝もまた、あの哀しい風景を垣間見ていたのではないか? 中途半端に残された数々の疑問点に、あの男が気づかなかったということがあり得るだろうか。全てを見抜いた上で、夏ちゃんの心を汲んで。
「あなたも、この子のお知り合いですか」
 振り返ると、優しげだがどこか翳りのある表情を浮かべた駅員が、帽子を胸に当てていた。線香の細い煙が、秋風にたなびいている。しゃがんで、それをジュースの空き缶に立てた。
「今でも、あの子がここに座って、線路の遥か向こうをじっと見つめているような気がするんですよ。だから、しばらくこのままにしておこう、ということになりまして」
「……そうですか」
 とだけ返事をして、僕は踵を返した。
 背中に、聞きなれた構内アナウンスと、彼方から警笛が届いた。
 そして、風に乗って何かが。

 ――もう、飛び込んだりしないからね。駅員さん、運転手さん。


――了――

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