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「言っておきますけどね、福永がお母さんに偽証を頼んで、有希ちゃんの留守の間を狙って下宿に届けに来た、なんてのはなしですからね」
 先制攻撃をかけてみたが、僕のこれしかない≠ヘ、綾乃さんの言葉であっさり打ち砕かれた。
「そんなことは言いませんよ。だって意味がないじゃありませんか。そのマジックのために、合原さんが楽しみにしていたデートをふいにしなければならないんですよ。それでしたら、普通にお二人で遊びに行って、普通にプレゼントを手渡せばいいことです」
 はい、ごもっともです。
「じゃあ、教えて下さい。福永繁は十二月二十五日の夜、一体何をしたんですか?」
 綾乃さんは可笑しくてしょうがないという風に満面の笑みを浮かべて、
何もしなかったんです」

 顎が外れて床に落ちるかと思うぐらい拍子抜けした。まあ、そこまではいかないものの、拳一つ入るほど口をあんぐり開けていたのは事実だ。
「……ちょっと待って下さいよ、内倉さん。冗談はそれくらいに……」
「冗談でもなんでもありませんよ。福永さんはあの日の夜、家で寝ていただけです。本当に熱を出して、合原さんの家に電話を掛ける以外は何もしていないんですよ」
「それじゃあ、あのオルゴールは一体……?」
「サンタクロースの仕業だとしておいた方が、夢があっていいと思いますけどねえ」
 綾乃さんは人差し指をぴんと立てて唇に当て、軽くウインクをして見せた。
「合原さんには、絶対に喋っちゃ駄目ですよ」
「いくらデリカシーのない僕でも、そんなことはしません」
 満足げに頷く綾乃さん。丁寧に纏められたポニーテールがふわりと揺れる。
「……福永さんは二十五日、予定通りに合原さんとクリスマスデートに出掛けるつもりでした。一日中一緒にいるはずだったなら、それは『風邪を引いて家で寝ていた』よりも完璧なアリバイになると思いませんか?」
「は? え、ええ、まあそうでしょうが……」
「福永さんの当初の計画は、まさにそれだったんですよ。クリスマスを一緒に過ごし、合原さんがマンションに戻った頃、おもむろに電話を掛ける。するとベランダにはプレゼントが置いてある。その日一日、ずっと合原さんのそばにいた福永さんには、この贈り物は絶対に不可能です。めでたく『聖夜の夢』の完結、と言うわけですね」
「……ま、待って下さいよ。それじゃあ、あのオルゴールはいつ、誰がベランダに置いたんですか? 本物のサンタクロースだ、なんてのは勘弁ですよ」
 見ているこちらの心が温まるような微笑みを浮かべて、優しく言葉を紡ぐ綾乃さん。
「合原さんにとっては、確かにサンタクロースかも知れませんが、プレゼントを置いたのは福永さんに間違いありません。でしたら、プレゼントはクリスマス前日の二十四日に届けられた、と考えるしかないのではないでしょうか?」

「そんな馬鹿な! だって、プレゼントに添えられたカードには、クリスマス当日でしか書き得ない内容が記されて……」
「『来年の聖夜は一緒に過ごそうな』ですか?」
「そうですよ。あの一文は、当日に風邪を引いて動けなくなった福永が、お詫びの言葉として書いたとしか思えないじゃないですか」
堪えきれなくなった含み笑いが、綾乃さんの綺麗な唇の端からくすくすとこぼれてくる。ひょっとして、僕はバカにされてるんじゃないだろうか。
「……すいません、あまりにも見事に葉月さんが引っかかっておられるもので。
 あれは、高熱で朦朧とした福永さんが考えついた一世一代のはったりと、偶然の産物です。あのカードさえなければ、合原さんも葉月さんも、二十四日にプレゼントを置いたという事実に気が付いたかもしれませんね」
「はったり……ですか?」
「カードには『聖夜』しか、書かれた日時を示す単語はありません。これは、確かに『クリスマス』と解釈することもできますが、同時に『イヴ』とも読めます。この偶然の一致に気付いた福永さんは、あのカードをさもクリスマス当日に箱の中に入れたような芝居をしたんですよ」
「……それじゃあ、あれは二十四日に書かれたものだと?」
「そうです。アルバイトのせいで、恋人同士が過ごす二十四日に会えなかった気持ちを伝えるために
 徐々に、しかし確実に、マジックの種が明らかにされてゆく。
「あのプレゼントが前日から置いてあったという証拠が、合原さんの当日のエピソードにもたくさん散らばっていますよ」
「え、本当ですか?!」
「まず、マンションの隣人である先輩のお話の中に、前日の泥棒騒ぎがありましたね。あれは恐らく福永さんでしょう。合原さんの部屋のベランダにプレゼントを置いて、来たときと同じように雨樋を伝って帰るところを、運悪く目撃されたんだと思います」
「じゃあ、隣の県からわざわざ? 山越えを? 真夜中に? それも原付で? この冬一番の大寒波に見舞われて、ただでさえあんなに寒かったのに?」
 ?マークを頭上にたくさん浮かべる僕を見つめながら、綾乃さんは目を細めた。
「ええ。だからこそ、四十一度もの高熱が出るほどひどい風邪を引いたんですよ」

 一瞬呆気に取られたが、一拍置いて「ごわぁ〜ん」という鈍い衝撃が後頭部に走った。
「……ああ、そうか、そうだったんですか」
「それに、二十五日の夜、合原さんがプレゼントを開けようとしましたが、手が震えてうまく紐がほどけなかったとおっしゃいましたね」
「はい。でも別におかしなところはないような……」
「そうですか? 普通、プレゼント用のリボンは蝶結びになっていて、両端を引っ張ればぱらりと簡単にほどけるようになっていると思いますけど」
「あ」
「では、どうしてリボンがほどけなかったんでしょうか。答えは一つです。あまりの寒さに、蝶結びになっていた結び目が凍ってしまっていたんですよ。恐らく、早朝の露や霜のせいで濡れるか、あるいは凍るかしたリボンが、夜までそのままだったんでしょうね」
 あの日、友達と大騒ぎして朝帰りしたときの、干し忘れのハンカチが凍るような強烈な寒さと、凍った水溜まりが溶けずに一日中残るような天気を思い出した。
「……それじゃあ、さっきの言伝は……」
「クリスマスにデートをするはずだった福永さんが、二人でいる間にプレゼントを渡さないわけにはいかないでしょう? だから、プレゼントは最初から二つ用意されていて、そのうちの一つをマジック用に使ったんです。その、直接手渡される予定だったもう一つ≠どうしたのか、ちょっと興味があったものですから」
 そう言いながら綾乃さんは、この日僕が見た中で最も輝いている笑顔を見せてくれた。
 それは僕にとって、種明かしよりも嬉しい何よりのクリスマス・プレゼントだった。

――了――

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