程良くエアコンのきいたアイスクリームショップに座り、
ぼくは退屈しのぎに、店の前で客待ちしている人力車の絵
を描いていた。ここ、タイ北部のチェンマイは、古都の落
ちつきが漂う風情豊かな都市だった。
この町では、いま(1980年春)でも自転車タイプの人力車
が活躍している。通りを流したり、ホテルや高級レストラン
の前に陣取り、客を引くものもいる。が、インドのリキシャマ
ンのように、力づく、阿鼻叫喚の騒ぎで客を奪い合ったりは
しない。さすが、いにしえの都。どこかオットリしているのだ。
外国人ツーリストが多いこの店は、そんな彼らにとって格好
の溜り場になっていた。
その1台のハンドル部分を描いたところで、ぼくの手が
止まってしまった。ブレーキレバーがあるのに、その先、
力を伝達すべきワイアー部分がない。一体、どうやって停
止するんだろう。ジロジロ眺め回しているうちに、フッと
運ちゃんと目が合った。
彼は窓ガラスをこづいて、手真似で「何を描いているん
だ、見せろ」と迫る。ノートを開いて見せると、仲間と額を窓に
押しつけて覗き込んでいたが、今度は「出てこい」と手招き
する。ぼくは少しばかり緊張した。「モデル料」をせがまれる
のではないか。それに、快適なエアコン世界に身を置いて、
猛暑に茹だる彼らのさまを盗み見した後ろめたさもあった。
しかし、すべては杞憂だった。彼らは愛車を、もっと詳
しく、この外国人に見てもらいたかったのだ。おもてに出
ると、「待ってました」とばかりに、車体の隅々まで覗か
せてくれる。フレームに入った漢字からは、それが中国
製であることがわかった。ボコッと取り外した客席のシー
トの下は、小さなモノ入れになっていて、彼の弁当が入っ
ている。風采の上がらぬオッサンだが、さては愛妻弁当
か。それにしても、空間利用のアイデアもさることながら、
自分の昼食の上に他人の尻を載っける感覚に、ぼくは驚
いた。
疑惑のブレーキは、車体やや後部に、ピアノのペダル状
のものが新たに見つかった。なるほど、これくらいの重量
になるとハンドブレーキでは追っつかないのだろう。
人力車は、見かけ以上に重い。一度、いやがる運ちゃん
を客席に押し込んで自分で漕いでみたことがあるが、バラ
ンスを保つことすら至難のワザだった。ハンドルを取られ、
ヨロヨロと路肩から転げ落ちそうになったり、対向車の迫
りくる車道中央に泳ぎ出たりする。そのつど背後で悲鳴が
上がり、いくらも走らないうちに交代させられてしまった。
しかし、ペダル式ブレーキがあるのだから、そもそもハ
ンドル部のブレーキレバーは不要だ。飾りのつもりだろう
か、と首を傾げていたが、ハッと気づいた。中国製自転車
は前輪から足漕ぎペダルあたりまで。後ろ半分は、別あつ
らえの人力車につけ替えられているのだ。ブレーキレバー
はその名残なのである。
ぼくは唸った。多少の不具合はあるにせよ、丸ごと開発
製造するより、すでにあるものを転用した方が手っ取り早
い。それに実用自転車のように大量生産されている製品の
流用なら、コスト的にも安上がりだし、品質もそれなりに安
定しているだろう。
この発見は、何か非常に大切なものを暗示しているよう
な気がした。おかげでそれ以降、通りを歩いていても、目
がそんなところばかりに行ってしまう。そして面白そうな
ものを見つけると、取り敢えずスケッチを残すことにした。
何よりも写真に較べて観察が鋭くなるし、カメラが警戒さ
れることはあっても、人々は絵に対しては好意的で寛容な
のを知ったからだ。
タイを始め、熱帯アジアの国々では、祭りの日、家の敷
地や塀の上などに、小さな灯明を一列に並べて飾る。夕闇
迫りくる頃、灯明皿の中で思い思いに炎が揺らぎ始めると、
見慣れた町並が幻想的で神秘的なものに変わる。旅行者で
あっても、なんとなくウキウキさせられる光景だ。しかし、
いくら人件費の安い土地とは云え、一つ一つ手造りの皿を
これだけ並べるとなると、結構お金もかかるに違いない。
美しい夜景を眺めながら、ぼくは人々のフトコロを心配し
た。
そんなある日、路地の奥に、熱帯樹の木陰に小屋掛け
しただけの、簡素な作業場が目についた。もしや!? 近
づいてみると、やはり素焼き小皿の灯明工場だ。シンプル
な手廻しロクロから、次々と湧き出すように、あの小皿が
捻り出されている。そのロクロにぼくの目は釘付けになった。
既製品ではなく、明らかに何かの寄せ集めだ。作業してい
た娘さんが、突然の闖入者に照れながら、それでも手を止
めて道具を見せてくれた。
ターンテーブル部分は、食堂などで見かける丸椅子の木
の腰掛け板。が、それにしてはやけに重い。裏を返すと小さ
な古タイヤがくっついていた。もちろん、小さいながらもベア
リング入りだから、これだけで滑らかに回転してくれる。同時
に、タイヤの重量がフライホイールの役割も果たしている。
ぼくは、ある種の美しさすら感じた。モーター駆動には敵わ
ないにしても、この素朴な装置で、充分大量生産が出来るの
だ。
タイヤの直径を測り、スケッチを取ると、すぐさま通り
に戻って調べてみる。思った通り、この古タイヤは、手押
し車などに使われる、ごくありふれたサイズの再利用だっ
た。
こういったアイデアの数々を眺めていると、自分自身が
いかに固定観念にとらわれているか、あらためて痛感する。
例えば灯油コンロ。当時のタイのメシ屋では、まだ、炭火
や薪、加圧式の灯油コンロが使われていた。ニンニクを炒
める匂いにナンプラーの刺激臭、そして薪煙の芳香は、メ
シ屋街の風物詩でもあった。
そんな一軒で見つけた料理用灯油コンロには、自転車の
空気入れが加圧ポンプとして流用されていた。これも、ス
ケッチ中にポンプ部分の日本語文字と折り畳み式スタンド
に不審を抱かなければ、合体作品だとは全く気付かなかっ
ただろう。それほどに見事な融合ぶりだった。
もしもぼくが、『開発途上国の飲食店向けに、加圧ポン
プ付き調理用灯油コンロを設計せよ』という課題を与えら
れた技術者だったとする。多分、ポンプ組み込み型の、そ
こそこの性能を持つ堅牢な製品を考案して満足するに違い
ない。もちろん価格もそれなりのものになる。
現在の日本の常識が詰まったぼくの頭にとって、加圧式
バーナーは加圧式バーナーであり、ロクロはロクロであって、
決して空気入れや古タイヤの寄せ集めではない。「市販の
自転車用空気ポンプの流用」などというダサい発想は、逆立
ちしても出てこないだろう。
が、結果はどうか。その自信作は現地の不純物だらけの
灯油を飲まされて忽ち目詰まりを起こし、土地の人たちの
手による修理も交換パーツの入手も思うに任せず、末路は
哀れ漬け物石、ということになってしまうのだ。
「ヒトは寿命をまっとうできないが、モノは耐用年数を過
ぎてもなお、コキ使われる」 それが初めて熱帯アジアに
踏み込んだぼくの、偽らざる印象だった。そんな世界でも
通用するものを作ろうとすれば、必要以上のコンパクト化
やコンマレベルでの性能の向上など、たいして重要ではな
い。
まずタフなこと。そして故障しても、現地の人と部品で修
理可能なこと。蹴っ飛ばされて、ますますグズるようでは
困る。むしろ、お清めの線香やオマジナイで機嫌を直すくら
いに、非工学的な方がありがたい。言い換えれば、リカバ
リーの良さこそがイノチなのだ。
もちろん、こういったツギハギ製品やリサイクル製品は、
貧しさの産物でもある。いわゆる先進国のリサイクルやエ
コロジーは、豊かさから生まれた思想・運動だ。一方、ア
ジアのそれは「必要は発明の母」的作品かも知れない。
スタンスが違えば、当然スタイルも違ってくる。アジアで行
われているのは流用・転用であって、先進国の「スクラッ
プ&ビルド」や「潰して再生」とは趣を異にする。アルミ缶
を鋳潰して地金に戻すのが後者なら、前者は缶の形のま
ま、例えば原始的な灯油ランプに変身させる。云うまでも
なく、素材レベルまで戻すリサイクルには、テクノロジーと
エネルギー、それにカネが必要となるからだ。
確かに、熱帯アジアにだって素材回帰型リサイクルはあ
る。ぼくが見物したビル解体現場では、地面にどっかと腰
を降ろした人夫が、トンカチ振り上げ、コンクリの瓦礫を叩
き割って鉄筋を回収していた。が、そこで要求されるのは、
技術でもカネでもなく、腕力と忍耐力、そして時間である
らしかった。
じっくりと熱帯アジア型流用合体製品を観察する時、見
る目があれば、製作者のキラリと光るアレンジ能力や洗練
されたセンスを、そこここに発見するに違いない。先進国
的エコロジーやリサイクルに欠かせないものが知識だとし
たら、アジアのそれに必要不可欠なものは知恵だ。
モノがない世界では知恵がモノを云う。アタマを使うこ
との面白さに目覚めたぼくは、早速、あれこれ自分でも試
してみることにした。もとより、その機会はいくらでもあ
る。長旅を続けていると、装備類のトラブルや修理は日課
の一つだ。道具や材料はないが、時間だけはたっぷりある。
針1本で、半日がかりでジーンズをオーバーホールする、
なんて優雅な作業も旅の身ならば許される。
旅の相棒と云うべき装備類は、そもそもが厳選して持ち
出した道具類だ。だから簡単には代替品が見つからない。
オシャカになっても引導を渡せず、騙し騙し使い続けるこ
とになる。しかも、ダメになる場所は、一番無理が掛かる
個所だ。最初から頑丈に作られている部分だけに、修理も
一筋縄では行かないことが多い。それを可能な限り、手持
ちの材料と道具、チエと工夫で乗り切ろうというのだ。
ある時、サブで使っていたショルダーバッグの、側面の
ポケットがトラブった。ジッパーの引き手(開閉用のツマ
ミ)をスライドさせても閉まらない。ムシ(ムカデ状のレー
ル)には問題がなさそうなので、引き手を外して調べてみ
る。案の定、トンネル内の隔壁が摩耗してムカデを噛み合
わせることができなくなっている。ぎゅうぎゅうに物を詰
め込んだ状態で開閉を繰り返したため、摩擦が大きくなっ
て磨り減ったのだ。やむなく、側面のポケットはアウト・
オブ・サービスにする。
数ヵ月後、今度は同じバッグの本体のジッパーが、同様
の理由で駄目になる。このあたりの国々でカバンを開けた
まま歩くのは、強盗に「おいでおいで」をするのに等しい。
ぼくは途方に暮れた。その時、あるアイデアが浮かんだ。
確か、前回ダメになった引き手が捨てずに取ってある。あ
れを使えないか。
ビンボー旅行者の美徳の一つは、どう考えたって再利用
のメはない、と思えるガラクタでも後生大事に持ち歩くこ
とだ。サイドポケットのあのジッパーは、メインのそれよ
りワンサイズ小さい。小さいトンネルが磨耗で大きくなっ
たとしたら‥。急いで引き手を探し出し、付け替えてみる。
やった! メインのジッパーは狙いどおり完全復活した。
この時、切り開いたムカデの瑞をしっかり縫い直したテ
グス糸も、道中の調達品の一つだった。どこかの宿で、布
団から長く伸びていたのを見つけ、「何かに使えるだろう」と
切り取って持ち歩いていたのだ。
もちろん、最後まで出番の来ないガラクタも少なくない。
例えば、使い切った100円ライターからは、小さな歯車
だのスプリングだのチューブだの、いかにも意味ありげな
パーツがたくさん回収できる。が、どれ一つとして、その
後に活躍したものはない。
アタックザックが壊れた時も、目の前が真っ暗になった。
生活道具一切合財を詰め込んで、エイッと担ぎ上げた瞬間、
異変が起きたのだ。腰の辺りで、片方のショルダーベルト
が垂れ下がっている。イヤな予感がした。果たして、ベル
トを本体に縫い付けていたその糸がブチブチに切れている
ではないか。10年以上の酷使の結果、糸が劣化してしまっ
たのだ。
ぼくは頭を抱えた。丈夫なザックなしで旅は続かない。
代用品を探そうにも、ここはイランに近いトルコ東端の片
田舎。来た道をアテネかローマまで引き返すか、数千km先
のネパールまで行かなくては、登山用品店はないだろう。
ザックを諦め、この辺りで手に入るカバンに荷物を小分け
して運ぶ方法もあるけれど、移動の苦労を考えるとゾッと
する。
ならば修理は?と、手持ちの縫い針で試してみる。しか
し頑強な素材だけに、金属製のユビヌキを嵌め、渾身の力
を込めても、針は生地を通らない。金槌を探してきて叩き
込んでみるか。でも、仮に通ったところで、細い裁縫用の
糸が40kg前後の荷重に耐えられるとは思えない。
修理も買い替えもダメ。すっかり絶望的な気分になった。
しかし何か手がある筈だ。よし、もう一度振り出しに戻っ
て考えよう。手縫いがダメならミシン、それも工業用のヤ
ツはどうだ。願わくば、衣類の縫製用よか、もっとゴツい
の。もしそんなものがあるとすれば、それはどこだ。工業
用ミシン、工業用ミシン、と呟いているうちに、パッと閃
いた。そうだ、靴屋はどうだろう。
一部の『先進国』を除けば、大半の国で人々が身につけ
ているカバンや靴やは、ロゴや会社名すら刻印されていな
い。文字通りのノンブランド品だ。恐らく、ブランド品と
いう概念もないのだろう。つまりこういった日用生活品は、
地元で生産され地元で消費されているのだ。だとすれば、
この田舎町でも、靴工場の1、2軒は見つかるのではない
か。そこに工業用ミシンもある筈だ!
気を取り直したぼくは、翌朝、町に出た。ラマダン期間
中で脱力的緊張感の漂う市街地をグルグル廻り、ついに目
指すものを発見した。何度も通過しながら気付かなかった
のは、『工場』というイメージに引っ張られたためだ。
見つけ出したそれは、靴屋の片隅に小さな機械を置いた、
工房という趣きのものだった。宿からザックを抱えて戻り、
身振り手振りで修理を頼む。「よっしゃ」とばかりに受け
取った品を手に、オヤジが機械に向かった。そして2、3
秒、ガタガタガタとミシンが鳴った。それでお仕舞い。
たったそれだけで、ここ数日間の悩みはあっけなく解決し
た。ついでに、もう片方のショルダーベルトの補強も頼む。仕
上がりを検品すると、細い荷造り紐のような丈夫なナイロ
ン糸で、がっちり縫い付けられている。これなら日本まで
大丈夫だ。「チョロいもんよ」といわんばかりの表情で、
お礼に差し出した紙幣にも首を横に振ったオヤジの顔は、
万国共通の職人のそれだった。
長旅から戻り、まだその余韻に浸っていた頃、企業内で
のさまざまな社員教育を取材せよ、という仕事が回ってき
た。『発想の転換』というコトバが巷で持て囃された時期
だ。そのため多くの会社では、新人教育と並んで、中堅社
員の研修に力を入れていた。
流通業界大手の某企業では、「会社人間一色に染まらな
いよう、社員が趣味を持つことを奨励しています」と担当
者が胸を張った。その一環として、社員には適性検査を実
施し、性格に合った趣味を紹介する。必要なら、社外の講
習会などに参加できるよう、時間的・経済的援助まで行う
という。多面的な人間となって、多角的にモノを眺められ
るように、という狙いらしい。ぼくは面食らったけれど、
そんなのはまだカワイイ方だった。
別の会社では、耳を疑うような話を聞いた。やはり中堅
社員向けの生涯教育の場で、事前にそれぞれの奥さんに
こっそり頼んで書いてもらった『主人への手紙』を渡し、その
席で読み上げてもらう、と云うのだ。ぼくは仰け反った。
プライバシー侵害で問題になりませんか、と喉元まで出か
かったが、「『結婚以来十数年、始めて妻の本音を聞いた』
と涙を流す社員もいて、好評ですよ」と担当者は得意顔だっ
た。彼の云う、「夫婦円満が仕事にも良い影響をもたらす」
も「将来『濡れ落ち葉』になって家族に疎まれ、退職後の
職場に出没されても困る」も、共に会社の本音なのだろう。
利益を誘導し不利益を回避するために、越権行為に近い研
修が堂々と開かれるのだ。
ある種のベクトルを焼き込まれた頭脳にとって、その呪
縛を振り切ることなど至難のワザではないだろうか。すで
に適性検査自体が、そのベクトルの産物なのかも知れな
い。
どんなに優秀な検査方法が開発されても、ぼくに「人
力車のスケッチ」に匹敵する答えを見つけてくれるとは思
えない。計算されたものからは、そのワク内での解答しか
得られない。そこには意外性も驚きもない。逆に言えば、そ
れだけ人間は各人各様で、ちょっとやそっとの適性検査で
は分析も分類もできないくらいに、複雑で個性に富んだ存
在なのだ。
豊かさが産む「常識」の壁を、同じ「常識」を武器にし
て打ち破ろうとしている。趣味奨励の話を聞きながら、つ
いついそんなことを考えた。
熱帯の国々は、ぼくにとってインスピレーションの宝庫
でもあった。モノが氾濫して知恵を絞ることを忘れた国の
人間に、決して豊かではない国々が、頭を使うことのおも
しろさ、楽しさを教えてくれたのだった。
(註)本コンテンツは、1991年、「ミュー・アルファ」(学生援護
会発行)に連載した『緑の国のフーテン記』を大幅に加筆訂正
したものです。
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