紙と鋼

1998年夏

それはとても暑い日だった・・
芸能生活を始めてしばらくたつが、今までなにもなかった生活から夢にまで見た芸能生活。
歌や演技のレッスンは辛いけど充実してて楽しい。
今までやってきた修行とは段違いだった。
ボクの思っていた世界とは少し違うがそれでも夢に近づいたのだ。
そんなある日、今日はレッスンもない完全なオフの日だった。・・・学校はあるのだが・・・。

退屈な授業が続く、空調が入っているとはいえ真夏に部屋に押し込められて、興味のないことを学ぶのは
ボクでなくても苦痛のはずだろう。いや、むしろここは異常な空間といえよう。
今は物理の授業中、前に背の高い良い男が真剣な眼差しで物理について熱く語っていた。
身長・スタイル・ルックスなかなかの物だがこういうのに限って怪しいのが多かったりするらしい。
生徒に手を出しているとかそんな噂も流れているらしい。
親しくもないクラスメイトが、楽しそうにほめたり貶したりしていた。
興味をそそられないわけではないが、少し大き過ぎかな。
しかもボクの苦手な物理の教師とは10点マイナスだな。
そんな事を考えながら、黒板を写し終わった頃に救いの女神の声が響いた。
授業の終わりを告げるベルだ
「今日はここまで、わからないことがあったらいつでも来てくれ」
なんて事を言って挨拶は要らないからと教室を出ていった。

固まった体をほぐすようにのびをしているとこんな会話が聞こえてきた
「静桜さん、今日は用事があるので掃除当番代わってもらえるかしら」
穏やかに聞こえるが明らかに命令口調だった。
静桜と呼ばれた生徒はメガネをかけた小柄な子だった。
うつむいて小声で何か言っている。
聞き耳を立ててみた・・かすれそうな声だが微かに聞こえる
「い・・いや・・です・・」
何か死を宣告された死刑囚のようにおびえている。
どうも尋常ではない。
しかしおかしい?命令されて強要されることにおびえているのではないようだ・・?
「なんておっしゃったの?静桜さん」
数名で取り囲んでまくし立てた。
だんだん我慢が出来なくなってきた。
高校生活は、静かに過ごそうと思っていたのだがボクの限界は目の前だった。
「だ・・だから、いやです。」
今にも消えそうな声でいった。
目の前の女生徒達ではなく何かもっと大きな物にでも逆らうように怯えながら。
そう言えばこんな場面をボクは見たことがあったな、でも逆らうのは初めてみたよな?
「本気でおっしゃってるの?静桜さんあの頃に戻りたい?」
その言葉を聞いて、静桜さんはびくっと体をこわばらせた。
言葉の意味は分からないが、楽しそうにボクの逆鱗に触るような笑みを浮かべている。
とりあえず助けるかな?
「静桜さん、久しぶりに一緒に帰る約束してたよね?」
日頃のレッスンのせいかか、ごく自然に話しかけることが出来た・・・と思う。
すでにボクは、我慢の限界に達しようとしているのだが。
声をかけられた、本人の方は困惑して事情を飲み込めてないようだ。
「ほら、オフの時に一緒に帰る約束してたじゃない?」
ごく自然に微笑んで見せた。
当の本人は、やっとこと自分に助け船を出してくれていることに気づいたようだった。
「は・・はい、そうでしたね」
そう言って帰る準備を始めた。
女生徒達は、忌々しそうにボクの方をにらみつけきたのでにらみ返すと分が悪そうに掃除の準備を始めた。
「あの〜御神楽さん・・・帰る・準備・・・出来ました・・・。」
うつむきかげんにこちらの方に間の抜けた声で話しかけてきた。
・・・確かにいじめたくなるような子ね。
「じゃ、帰ろうか?」
「は、はい」
教室を出るとき電話をかける音がしたが気にはしなかった。

同日帰宅中

「あの〜ありがとうございます」
深々と頭を下げた。ここは公道・・・
あまりに丁寧に謝られるので恥ずかしいのですぐに止めることにした。
「名前話知ってるみたいだけど自己紹介はまだだったね?ボクは御神楽綾香いちおう芸能活動してるの」
そう言って、彼女に目で自己紹介を促した。
「わ・私は静桜咲舞と言います・・・」
それで終わりらしい、寂しい自己紹介だな。
そんな事を考えていると、今度は彼女の方から話しかけてきた。
「あの〜・・この辺でいいです・・・迷惑・・・かかりますから」
「ん?ああ良いってどうせ暇なんだし」
その時はまだ言葉の意味が分からなかった
「ホントに迷惑がかかるんです、御願いですからここで・・」
そう言って走り出した・・・が走るのが遅い。
すぐに追いついて彼女を振り向かせると目に涙を浮かべていた。
そのまま泣き崩れてしまったので近くの公園で休ませることにした。
「ホントにどうしたの静桜さん?」
何かいいたそうだが嗚咽で言葉にならない。
その彼女が私の後ろを見て何かに怯えている。
振り返ると頭の悪そうな学生服をきた男達が5人ほど現れた・・・
なるほど、こういうことか。
「おい、静桜!今日は友達を連れてきたのか?えらいな〜上玉じゃん」
「静桜さん、あなたいい子だね」
こうなることがわかっててあそこで別れようとしたのか・・・
あの時あいつらに逆らったのか・・・
そして私の好意に答えてくれたのか・・・
好きだなそういうの・・・。
心の中でつぶやいた。
やれるか?
腕には自身があるだが見ず知らずの他人とやり合ったことはない。
だが、彼女の勇気がボクの恐怖心を薄めていった
「君可愛い・・」
そう言って一人の男が私の肩に手をおこうとしたが彼がその言葉を言い終わることはなかった。
その瞬間彼は、地面と激しい挨拶をすることになった。
地面にとっては不細工な顔と挨拶なんて迷惑だろうが・・・
他の4人は困惑しているが、どうやら腹を決めたらしい。
ひときわ背の高い男がふところから光る物を出してきた・・・ナイフだ。
舎弟らしい3人は一斉にかかってきた。
逃げ出したい思いを一瞬で捨て去った。
一番近くに来た男の大振りな腕をかわしてその手を取る。
そのままの勢いで隣の男にぶつけた。
頭のぶつかり合う音に混じって何かが折れる鈍い音もした。
殴ってきた男の腕が変な角度で曲がっている。
しかしそんな事は気にならない。
残りは二人
舎弟の残りは戦意を喪失しているようだが手加減するつもりはない。
逃げようと振り向いた瞬間に宙に舞う!
頭が下に来たとこあたりで地面の方に引っ張る!
首が変な角度に曲がっているのだがピクピクしているので生きている・・だろう・・・
残りは一人。
「ナイフはやっかいだな・・・手加減は出来ないよ、ボク」
・・・していたのか?
リーダーは4人を残して振り返らずに逃げて行ってしまった。
追いかけようとするボクに静桜が
「待って下さい!一人にしないで・・・」
その言葉が聞こえたとき公園の外でサンドバッグを殴ったような鈍い音とうめき声が聞こえた。
「すぐ戻る」
そう言って公園の外にかけていった。
そこには、先ほどのリーダーが倒れていてその横に歩さんがたたずんでいた。
歩さんの顔は恐怖で引きつっていた。
「歩さんがやったの・・・?そんなわけないよね」
ぼーっとしたまなざしで顔を横に振る
「誰がやったの?」
「あっ綾香ちゃん。ひっ、秘密だって言ってたのその人」
よっぽど怖いものでも見たのだろう。
「で、なんでこんなところにいるの?」
「あーそうそう綾香ちゃん。仕事の話がしたかったんだけど家にいないみたいだったので探してたの」
「鍵渡すからさ、ボクの家で待っててくれないかな」
「そうするわ。綾香ちゃん、こんなに強かったんだ・・・」
そうつぶやきながら鍵を受け取って車の方に歩いていった。
ふー後でいろいろ聞かれるだろうな?
なんて考えながら、自動販売機でジュースを買って静桜さんの所まで歩いていった。
うつむいている彼女の頬に冷たい缶を当てて微笑んでみた。
「あ・・ごめんなさい・・・」
私の笑顔はあまり効果がなかったようだ・・・残念。
「別のとこいこうか?邪魔者が転がってるしね」
無言でうなずいてベンチから立ち上がった。
ボクは彼女の手を引いて公園から出た。
行く当てがないので、彼女の家まで送りながら詳しい経緯を聞いた。
少しくらい顔をして話し始めた

「中学校の時好きな先生がいたの
 凄く格好良かったのよ
 理科の教師でね背が高くて優しかったの
 ある日までね
 その日は暑い夏の放課後だったの
 先生の気を引きたくて準備室の整理をしていたの
 先生と一緒にね
 楽しかった、優しかったなのに・・・
 その時、先生がいきなり体を求めてきたの・・
 お前、俺に気があるんだろって
 もちろん好きだったでも怖かったから、抵抗したの
 そしたら先生が・・・
 優しかった先生が・・・
 私をぶったの・・・
 痛くて怖くてやめて下さいって言ったの
 そしたら先生が、お前に逆らう権利なんか無いって
 わかるまで教育してやるって
 お前が家畜以下だって事を遺伝子に刷り込むほどって
 優しかったのに・・今までずっと
 私が抵抗する力、意志が完全になくなるまで
 ずっと続けられたの・・・
 始めは痛くて怖くて逃げ出したかったけど
 その内そんな気持ちは何処かに消えたの
 それから地獄のような日々だった
 知らないおじさんの相手をさせられたり
 同じ学校の生徒とさせられたり・・・
 同じ、同じクラスの子もいたの・・・
 陰でなんて言われてるか知ってた
 でも辛くなかった・・・
 心を閉ざしたの、そして殺したの
 心を殺せばどんなことも平気だったし
 言うこと聞けば痛いことされなかったから
 ずっとずっと・・・ずっと・・・
 そんな自分が死んでしまえばいいって思いたから
 そんな自分が一番嫌いだったから・・・
 でもそんなのは嘘だって、ある人が教えてくれたの
 そんな事はないって、自分が嫌いだって事は
 本当は、自分がたまらなく好きなんだって
 そう言ってくれたの
 だからこれからは自分の足で自分の意志で歩きなさいって
 え?その人は誰だって?それは秘密なの
 誰にも言えない大切な秘密なの
 誰にもね。」


そう言って微笑んださまさまの笑顔が心に焼き付いた・・・
はたしてボクにこんな笑顔ができるのだろうか・・・
「そ、そんな事があったんだ。その時の連中なのね」
話し込んでるうちに彼女の家まで付いた、結構立派な家だった。
「ねえ静桜さん?」
あらたまって名前を呼ばれて困惑気味の彼女に静かにぼくは話した。
「あのさ、ボクねあまり学校に友達いないからさ、ボクの友達になってよ駄目かな?」
驚いた顔をしたがすぐに返事が来た。
「だ、駄目です」
目には強い決意のような物がうかがえる。
きっとさっきの様な事に巻き込んでしまうかもしれないということからの言葉だろう。
「さっきのこと気にしてるの?それだったら心配要らないよ。ストレス発散にちょうど良いくらいだよ」
あながち嘘ではないが、真実ではないボクだって女の子だ怖くなかったはずがない。
「で、でも・・あの」
「あ〜ボクは友達もできずに寂しい学生生活を送るのか〜」
かなりオーバーアクションで言ってみた。
やっと笑ってくれた彼女の顔は、とても愛らしかった
「はい、よろしく御願いいたします」
そう言って頭を深々と下げた。
「お茶していきます?私しお菓子作ったりするの好きなんですよ」
生き生きとした表情で誘ってきた。
「そうね、ちょうどボクお腹空いてきちゃった」
笑いながら答えたが、何か大事なことを忘れているような気がした。

エピローグ

同日9時過ぎ
真夏の暑さもこの時間になると一休み
けっして過ごしやすいわけではないが
昼間に比べたらいくらかましだった
しかし・・・・
・・・おそい
いくら何でも遅い
私のいらだちは、外気温に反比例していた
その時、扉が開く音がする。
「あれ?鍵かっかってないや誰かいるのかな?」
そんな声がする
・・・怒
「あっ、綾香ちゃん!!」
思わず怒鳴ってしまった
笑ってるつもりだが、たぶんそんな風に見えないだろう
「あ!歩さん・・・・ごめんなさーい」
綾香による歩さんの機嫌取りは夜中まで続いた・・・

続く

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