[ 約束 ]…「錦織 秋人」
| 遠くに、祭囃子の音が聞こえる。 「できたっ、錦織八芸・奥義風疾」男が叫ぶ。 男の名は錦織秋人、「錦織八芸・貫」と呼ばれる技の使い手である。 13で修行を始めて4年、驚異的な進歩を遂げている。何が、彼を修行に駆り立てるのか。 「きゃっ!」茂みの中から悲鳴が聞こえる。秋人は焦って悲鳴のした方に駆け寄った。 茂みの中から出てきたのは少女、まだあどけないながら強い意志の感じられる瞳、和服にリボンが不相応に似合う。 「総主!」秋人は驚き、つぶやいた。 「その呼び方はやめてください。私のことは鈴音と呼んでっていつも言っているでしょう。」少女、鈴音は言う。その表情は少し怒っているようにも、気恥ずかしいようにも、そしてうれしいようにも見える。いろんな気持ちが複雑に混じり合っているのだろう。 「あっ、ああ。でも鈴音さん、どうしてこんなところへ?」秋人は問う。 「秋人さんに会いに来た、それじゃいけませんか?」鈴音は答える。 「でも君は錦織の総主、「祭り」の日にそうそう出歩ける身ではないんじゃ…」 秋人がそうつぶやいた瞬間、鈴音の表情が暗く沈む。 「だって、最近の秋人さん何かに憑かれたかのように修行ばかり…。心配しちゃいけませんか?会いたいって思っちゃいけませんか?私…」涙交じりの声になっている。 「なっ、泣かないで…。」秋人は動揺した。こういうことに慣れてはいないのだ。 「じゃあ教えてください。秋人さん何に怯えているんですか?」 「怯えている?俺が?」秋人は少しおどけたしぐさをする。 「ごまかさないで。見てればわかります。秋人さんのことだもの。」また泣きそうになる。 「…。」沈黙の時が過ぎる。 「怖いんだ。」秋人が口を開いた。 「怖いんだ、自分が何者かがわからなくて…。」言葉を続ける 「怖い?何故?秋人さんは秋人さん、それ以外の何者でもないわ」鈴音の声音は優しい。 「でも、怖いんだ。自分の中に「何か」がいる。いるのがわかる。いつかそれを抑えきれなくなりそうで…。弱いよな…。」 「秋人さんっ!」鈴音がしがみついてくる。 「秋人さんは弱くなんかない、弱くなんかない、弱くなんか…。」秋人の胸にしがみつきながらつぶやく。 「ありがとう。」秋人は穏やかな声でつぶやく。 「うん。」真っ赤になった顔を秋人の胸にうずめたまま鈴音もつぶやく。 「そうだっ!」しばらくの後、鈴音が突然叫んだ。 「なっ、何だい?」 「うん、秋人さんにおまじない」そういって自分のリボンをほどく鈴音。 「これ、もらってください。」少し背伸びして、秋人の額にリボンを結ぶ。見ようによってはリボンが「はちまき」のようにも見える。 「あっ、ありがと…。」照れからか声が少しどもっている。 「鈴音さんにも何かお返ししなきゃね。」少し早口で続ける。 「じゃあ、お願いを「3つ」聞いてくれますか?」 「えっ、何だい?」 「まず一つ目、私のことは「鈴音さん」でなく「鈴音」って呼んでください。」 「そして二つ目、目をつぶってください」 「うん。」目をつぶる秋人。 「最後に三つ目…」秋人のすぐ側、耳元で声が聞こえる。 「生きてください、何があっても。「生きること」をあきらめないで下さい。」吐息が耳にかかり秋人は身を硬くする。 「…。」沈黙が続く。 「!」額に感じるぬくもり、リボン越しに感じる唇…。 重なり合う二つの影。遠くには祭囃子の音。 そして、夏が終わる…。 |