和歌山新報掲載記事 2003年6月25日(水)

和大生涯学習教育研究センター長・山本健慈さんに聞く


◇今回の廃園問題には、少子化や核家族化、都市化などの背景もあるようだが
◇現代社会がしなければならないことは
◇群れを人工的につくっていくためには
◇今回の廃園問題をどうみるか
◇山本さんがこれまで述べられた議論がされないまま廃園決定しようとしている和歌山市行政をどう思いますか
▽山本先生プロフィール

学級崩壊、いじめ、不登校など深刻化する教育問題に加え、核家族化や少子化、都市化などの増進で地域の子育て環境も悪化の一途をたどる。そんな現代を「人類史上、最も子育てが困難な時代」という山本健慈さんは、和歌山大学生涯学習教育センター長として活躍する一方、無認可保育所の非常勤所長として幼児期の子育て支援に携わってきた。子どもたちのために、子育て支援のために行政や企業がすべきこと、保護者や大人、地域社会ができることとは何か。山本さんに聞く。

◇今回の廃園問題には、少子化や核家族化、都市化などの背景もあるようだが

動物としてのヒトは人間と触れ合って人間になる。私はそれを「群れのなかで育つ」と言っている。人間は基本的には集団の中で生活しているわけで、共存しなければならない。そのためには自分以外の人間と付き合う能力が必要で、複数の子どもや大人とぶつかりあう群れの体験が重要になってくる。そのなかでヒトという動物が人間として育ついうのが私の考えです。
かつては地域に群れがあり、子育てを周囲がやってくれる仕組みがあったために子どもが生まれても、子どもは育っていった。子育ては家族や親だけの機能ではなかった。
しかし、今はその群れが地域にも家族にもない。だから他者とともに生きる訓練がされないまま、育っていく。
こういう状況は今に始まったことではない。すでに今の親世代の多くもそういう育ちをしている。その世代が親になっているのだから、人生で最も困難な応用問題である子育てをそんな親だけでするというのは無理なんです。このことが、いま専門家も含めて世の中の多くがわかっていない。

◇現代社会がしなければならないことは

今、必要なのは社会が子どもの面倒をみる、親だけの責任にしないときっぱり言い切ることだ。親子ぐるみで群れの中に入る仕組みを意図的につくり、親子丸抱えで支援することが必要なんです。それに気付いたカナダや北欧などは社会が子どもをみる構造を築いた。だから、子どもの数も増えだしている。

◇群れを人工的につくっていくためには

現在、国会では次世代育成支援推進法案が審議されている。これが通れば平成十六年度から自治体・企業は子育てを支援する計画をつくらないといけない。そのためには、地域でどういうシステムを動かすか、そのコスト・お金をどうするかを議論する仕組みが必要だ。単に行政や一部の専門家やコンサルタント任せの計画づくりではなくて、住民の参加と共同学習の積み重ねで計画をつくる、これが今回の法整備だ。
そういう意味では公立幼稚園の廃園問題をきっかけに市民的な議論、とくに子育て最前線の親世代が議論に参加していることは非常に良いことだ。和歌山市は、財政難であれば、「これだけの金しかない」「子どもには、これだけの予算しか手が回らない」「公立と私立の役割分担はこうしたい」など情報公開し、「和歌山市では子育てをどうするか」を関係者全てで議論する、絶好のチャンスだ。

◇今回の廃園問題をどうみるか

人件費や経費を節約したいから一部を廃園にするというだけでは、余りにも工夫がない。部分的な施策ではなく、乳幼児期の子育て、幼児教育についての和歌山市の全体構想をつくるべきだ。一部を廃園にするのであれば、施設の有効活用を考えればいい。子育て支援のポイントは多ければ多いほどいい。例えば親の自主運営やNPOの運営による子育て支援の拠点づくりを考えてもいいと思う。
公立と私立の役割についても、行政と事業者だけでなく、全市民的な議論をすることが必要だ。行政の支援が貧弱なため、誠実な私立は大変な苦労だ。経営を考えると親の表面 的なニーズに迎合し、園児争奪競争になりがちだ。そのなかで親の方も、事業者も、人間をどう育てるかという大目標を見失う。「選択の自由」の美名のもとに、園側は多くのメニューを提供し、親は不安と混乱に陥いるだけで、親としての能力は身につかない。「学級崩壊」など小学校就学直後に生ずる親子の混乱は、そのつけなのだ。
幼稚園教育を私立に大きく依存していくという方向を選択するなら、行政は、各園(市立も)が、教育理念、方針、財政などすべてを公開し、親や市民が、公開された情報をもとに共同学習し、人間として子どもを育てることに責任をもつ幼稚園はどこなのかを選択する能力を培っていく場を提供することが、最小で最大の責任だろう。

◇山本さんがこれまで述べられた議論がされないまま廃園決定しようとしている和歌山市行政をどう思いますか

和歌山市は、歴代市長の不祥事が続き、市民の多くも容認しているようにみえる。これでは次世代を担う子どもをどう育てるか、子育ての最前線の親をどう支援するかの議論がされないのは当然だろう。でも行政が行き届かない分、当てにできない分、住み続けようとする市民は、各分野、各地域でよく健闘していると思う。市役所内部にも、こうした市民の動きに共感しながら忸怩(じくじ)たる思いでいる人たちもいる。
地域で子どもをどう育てるかを公立、民間の幼稚園、保育園の関係者、親も行政が一同に会し、現状認識を出し合い(情報公開)、課題に認識を共有し、智恵を出し合う時期だろう。今回の幼稚園問題を契機に、若い人たちが、地域の課題、その所以を学び、「新生和歌山市」をつくる主体となることを期待している。自分たちの子どものことだけを考えるのではなくて、今の時代の子どもたち全てを守るという姿勢で活動していってほしい。

 
▽山本先生プロフィール

1948年山口県生まれ。京大大学院教育学研究科博士課程修了。95年から和歌山大教育学部教授となり、現在は同大生涯学習教育センター長。88年に長男を当時、無認可保育所「アトム共同保育所」(大阪府熊取町)に入所させたのを機に90年には非常勤所長に就任。「こころの子育てインターねっと関西」副代表や「貝塚子育てネットワーク」アドバイザーのほか、県、大阪府の各種審議会委員。同保育所は今年4月に認可され、法人格を取得、「アトム共同保育園」として再出発した。