和歌山市立幼稚園の廃園問題は、九月に就任一年を迎える大橋建一市長の政治姿勢を見定めるひとつの材料となる。「財政再建」を目標に据える一方で、「教育のパワーアップ」も重点にある。「情報公開の徹底」は政治姿勢であり、所信でも「耳に痛いことも聞く」「撤退する勇気をもつ」とも述べている。財政再建を進めていく上での行政改革の一環にある廃園だが、教育上の観点からは「メリットはない」(市教委)。さらに保護者らからは「住民無視の決定」との批判もあり、存続を求める署名も七万人に上っている中での最終決断に、「顔が見えない」「和歌山市をどうしたいのか分からない」との指摘もある大橋市長の”素顔”がのぞける。(藤原無我) |
かさむ特別会計の赤字 |
市は平成九年度から財政再建を目的に、行政改革大綱に沿って各部局に事務事業や補助金などの見直しを要請。市教育委員会に対しては、幼稚園の統廃合について検討するよう求めた。 市教委は平成十三年度に、充足率や施設面などを検討した上、大新、西山東幼稚園と紀伊幼稚園小豆島分園の廃園の方向付けを決めたが、この情報を察知した大新幼稚園の保護者らが当時の旅田卓宗前市長を陳情、存続を求めた。また、PTA連合会も廃園阻止と三歳児保育のスタート、私立に対する適切な財政援助を要望し、約九万六千人分の署名を提出するなどの運動を展開、市もこれらの要望にこたえた。 しかし、財政再建を重点課題に掲げる大橋市政は、低充足率や園舎の老朽化などの面 から二園一分園の運営が「効率が悪い」と廃園を推進。今年一月、教育委員会で廃園を決定した。 最終的な決定は議会承認が必要で、市教委は廃園に関する議案を九月議会に提案する考えだが、保護者らは「住民不在で進められ、教育的な観点を無視した決定」などと反発、約七万人の署名を提出するなどして存続を求めている。 財政再建の手だては市にとっては緊急課題。市の予算は一般会計と特別 会計から成り、一般会計は黒字を保っているが、それでも貯金(財政調整基金)からの繰り入れがあってのもの。平成十三年度には十一億円を繰り入れており、財政調整基金の残高も約三十一億円に減った。 企業でいえば倒産にあたる「財政再建団体」となると、国の管理下で財政建て直しがされ、市民サービスなどは大幅にカットされる。財政再建団体の赤字額のラインは普通 会計(実質収支)の赤字比率が二〇%を超えた場合。和歌山市の場合は百六十億円の赤字。 市の一般会計だけをみると黒字決算だが、独立採算が基本の特別会計が問題で、平成十年度の決算で初めて赤字が百億円を超え、同十三年度は一般 ・特別会計の赤字合計が百三十六億円にのぼった。 赤字の多くは宅地分譲の不振が続くスカイタウンつつじケ丘などの土地造成事業と下水道事業によるもの。両事業とも「独立採算が崩れている」(市財政課)状況で、それに追い打ちをかけるようにスカイタウン事業の起債残高二百二十七億円のうち、九十二億円の償還期限が平成十七年度に迫っている。 |
無計画、住民無視の行政 |
こういった財政状況の中、二園の廃園の是非が問われている。 二園の運営費は合計で年間約五千万円。大橋市長は「額の問題ではない。節約の積み重ねが重要」と主張。廃園反対派は「財政危機は行政の責任。教育現場にしわ寄せをもってくるな」と反発し、他の事業の見直しや節約を行うよう求め、その上で最終的に廃園を検討するなら理解できるとのスタンス。 保護者の一人は「フロアマネジャーが本当に必要か、市職員で対応できないものなのか疑問に思う」と年間約千七百万円の人件費が必要なサービスの実施に首をかしげる。 さらに事後報告の廃園決定など「住民無視」の行政手法に加え、公立幼稚園全体の運営に対する将来展望が「白紙」(大橋市長)という計画性に欠けた決定にも不満をもち、「現場を把握せず、机上での数字の計算だけに頼った決定で慎重に議論されたかどうかについては疑問。場当たり的行政の典型だ」と批判する。 別の保護者は「これは幼稚園だけの問題ではない。今後もこういった行政がされるのであれば市民は不安でしょうがない」と、大橋市政への不信感を募らせている。 |
元和歌山市幼稚園長会長・木下和久さん(62)の話 |
行政の怠慢による財政難のしわ寄せを教育現場にもってくるのはもってのほか。金のために教育はしょうがないというのは政治家の考えではない。公立には五〇歳を超えた教師が多く、人件費の面 で負担も大きいが、幅広い年齢層の教師が教育現場にいる方が子どもに対する見方が豊かで多面 的というメリットはある。公立は、バス通園の多い私立に比べて教師と保護者の接触も多く、教師から子どもの園生活の状況が直接聞けるなど保護者の子どもを見る目が養われることにもつながる。子育てを学ぶことが困難な時代にあって、早くから子どもを集団で育て、保護者も集団の中で学ぶことができる公立幼稚園を廃園にすることは教育的、子育て支援に非常にマイナス。また、混乱するからと保護者らに事前に説明しなかったことは、自分たちの思うようにならないからといって闇討ちするようなものでフェアじゃない。 |
廃園に対する大橋市長の保護者らへの説明 |
和歌山市は、第二次行政改革を実施するために、平成八年二月「和歌山市行政改革大綱」を策定し、職員数の削減、給与などの一部カットや事業の民間委託など、最少の経費で最大の効果 を上げるべく、すべての部局が一丸となって行政改革に取り組んできております。教育委員会におきましても、この方針にしたがい、事務事業の見直しの中で、充足率の低い公立幼稚園を対象に、統廃合・民間委託などの検討を行政改革の重点項目として位 置づけて取り組んできました。そして、これまで、さまざまな観点から検討を重ねてきた結果 、今回の二園一分園の廃園という結論に至りました。 保護者の皆様方、地域の皆様方の公立幼稚園を存続してほしいという願いは大変よくわかりますし、真摯に受け止めておりますが、十分に検討を重ねてきた結論ですので、白紙に戻すことは考えておりません。 なお、保護者・地元の方への報告が、方針決定してからとなりましたのは、決定前にお伝えすることにより、地元に混乱を招くことを危惧したからでございます。 財政再建は市民の皆さまの生活を守るためのものです。今回の廃園という結論は、さまざまな市の財政状況や進む少子化などの社会情勢を考えてのことでございます。 今後の幼児教育の在り方、公立幼稚園の進む方向などについては、今年度より設置する幼稚園教育審議会で、各方面 からのご提言を十分にふまえた上で、より一層幼児教育が充実するよう、教育委員会で検討してまいります。 |
大新幼稚園後援会会長 神屋敷久美さん 「存続は未来への投資」 |
なぜ廃園なのか理解できない。財政の見直しは理解するが、なぜ最初に幼稚園の廃園を対象にするのか。見直すべき事業はほかにもあるはずだ。拙速で、保護者や市民の意見も聞かずに強引に押し切ろうとするやり方は間違っている。 園児数が少ないのは公立幼稚園がニーズを満たしていないから。三歳児保育や給食を始めたが、市民間に浸透していないし、その結果 をみるには現時点では拙速。大切な幼児期の教育を根本から見直すことなく、経済効果 があるからと幼稚園教育を粗末に扱うことは保護者、市民の願いに反する行為。教育委員会は、教育現場を守り、充実させていく機関であるのに、なぜ子どもたち、私たちを守ってくれないのか、がっかりします。 廃園によって財政上のメリットはあるかもしれないが、教育、保育上ではデメリットばかり。今後、幼稚園教育審議会を設置して幼児教育について検討をするというが、裏を返せばこれまで真剣な議論を重ねていない証拠。廃園の是非は、その審議会で議論されてから決定すべきではないか。 情報公開の推進、教育のパワーアップを提唱しながら机上での数字の計算だけで、現場や市民の声も聞かずに決定を下そうとしている行政に失望する。 行政は、「今」だけを考えるのではなく、より良い社会をつくるためにも「未来」を担う子どもたちにとって何が必要なのかを考えて、投資すべきだ。 これまで行政に無関心だったことは私たちの反省すべき点。しかし、今はその行政と向き合い、幼児教育の在り方を真剣に考え、守るために保護者同士の連帯を高めた気がしています。 親として我が子により良い教育を受けさせたいと願うのは誰もが同じで、核家族化や少子化、都市化など子どもを取り巻く環境が決して良いとはいえない現在社会の中で、大切な幼児期を地域の方々に見守られ、のびのび育ってほしい。 財政難で苦しんでいるのは私たちも一緒。その中で子育てを中心に同じような悩みをもつ親同士が集え、助け合えるなど人間関係を豊かにする数少ない社交場は必要で、親子共々に大切な幼稚園を守ってくれる行政であってほしい。 |
西山東幼稚園育友会会長 石川由賀さん 「子どもを傷つける行政改革でいいの?」 |
育友会長として最後になるはずだった三学期が始まって間もない一月十四日、突然教育委員会から電話があり、訪ねてこられた担当者から信じられない言葉を聞かされました。「行政改革の一環として平成九年から検討してきた結果 、西山東幼稚園を廃園にすることが決まりました」。青天の霹靂(へきれき)でした。 驚く私に、園舎の老朽化や園児数の増加が見込めないなど廃園の理由を説明した上、「他の保護者にはまだ発表する段階ではないので、会長の胸にとどめておいてほしい」と続けられました。 頭の中がまっ白になった私は「とりあえず聞いておきます」と答えるのが精一杯でしたが、こんな重要な問題をとどめておけるはずがありません。市教委の了解を得て他の保護者に報告し、次の日から市役所へ行ったり、地域の方々へ相談にうかがったり、幼稚園を残したい一心で毎日を送ってきました。 今まで四回にわたる市教委との話し合いは、教育委員会からの一方的な説明のみで、話し合いにはなりません。互いの意見は平行線のままで、私たちの納得する回答は一切得られません。平成九年から検討してきた結果 と言われても、その経緯を知らない私たちにとっては余りにも唐突で、何より園児や保護者、地域の方々を無視した今回のやり方は許されません。 最近になって初めて年長組の息子に「幼稚園がなくなったらどうする?」と訪ねました。息子は「困るよ」といい、理由を聞くと「だって、うさぎさんが困るからかわいそうやもん」と言います。 子どもにとっては幼稚園で飼っているうさぎが、とても大切な友だちなんだと気付かされました。毎日自分たちがうさぎ小屋を掃除し、エサをあげて一緒に遊ぶ。そんな豊かな心を育ててくれる自然に恵まれた広い園庭で、のびのびと子どもが過ごせる幼稚園を廃園に絶対できないと改めて思いました。 廃園に反対されている方ばかりではないと思います。市の財政難を考えれば行政改革も必要です。しかし、子どもの心に傷をつくるような行政改革で本当にいいのでしょうか?市民の皆さんも真剣に考えてほしい。和歌山市の将来を担う子どもたちのために。 全ての子どもを守る立場から廃園問題に取り組み、多くの人の理解と力で幼稚園が存続されることを願うばかりです。 |
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