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自民党大阪府連幹事長  松 室  猛


デフレから抜けだすために何をなすべきかについて数々の議論があるが、その中で一番常識的な対応は内需の拡大だろう。しかし物価は確かに下がっているが長引く景気の低迷がもたらす失業者の増加、年金会計の枯渇のニュース等は高齢者だけでなく若年層にまで将来に対する不安を増幅させ消費の冷え込みを加速させる結果となっている。
信用不安の解消のために銀行の不良債権の早期処理に懸命に取り組んでいるが、資産デフレから抜け出せないとすれば不良債権処理は残念ながら長引くことを覚悟しなければならないのではないだろうか。
こんな閉塞状態の中でデフレの解消策として「資産課税」と「デノミ」の導入を主張する意見があることは注目すべきではないだろうか。

デフレ解消策 そのー1
新紙幣の発行とデノミの併行実施を

デノミネーションの実施については幾たびか話題に上がり、いつの間にか消えてしまった経緯がある。この問題について過去の新聞記事を眺めてみると、検討に値するとの意見が多いが当局は否定的で煮詰まった議論になっていない。
デノミに関する適当な資料は少ないが、過去の新聞報道や学者の講演録などを読み返しながらデフレからの脱出の可能性を探ってみたい。

デノミネーションとは「通貨単位の呼称変更」のことだが、本来は特別な経済効果があるものではない。100円を1円と呼ぶなど通貨の表示を変えるだけだが、新紙幣印刷や企業事務の変更などで新たな需要を生む効果があるとされている。
小渕政権時代の平成11年10月、自民、自由、公明の3党連立合意でデノミの協議開始を決めたが自自公連立解消で頓挫した経緯がある。
そんな中で伊藤隆敏・東大先端科学技術研究センター教授は、新札発行と併せたデノミネーションの導入を提唱している。デノミは外国人による円建て資産投資を誘発もできるという。デノミだけでは新たなコストが発生するが、新札発行と同時なら負担を軽減できる。「戦後の高インフレの名残である現在の円呼称単位を変えれば、構造改革断行への決意表明にもなる」と強調する。

新聞記事を要約したものの中でも伊藤氏は、新札の発行とデノミを同時に行うことにより移行費用や社会的負担が大幅に軽減されることを指摘し、デフレからの脱出策としてのデノミに実施を上げている。

2004年春に千円、5千円、1万円の紙幣(日本銀行券)のデザインが20年ぶりに切り替わることが決まっている。精巧な偽札が急増していることに政府・日銀が危機感を強めたことが底流にあるそうだが「ハイテク紙幣」への衣替えと同時に、図柄選定で樋口一葉を起用するなど女性の登用という新機軸もあるそうだ。
確かに、デノミではなく新紙幣への衣替えだけを実施しても銀行のATMは勿論、町じゅうに溢れている自販機の紙幣読み取りセンサーはすべてやり変えねばならず大変な経費が掛かる。
デノミを実施すればこれらの諸経費に加え各種印刷物のやり変えなどで約2兆円の経費がかかり、主として銀行に負担が集中するので現在の銀行の体力では負担が重いのではないかというのも慎重論の根拠の一つであるようだ。
必要経費が2兆円というのはどんな計算根拠なのかわからないが、少しオーバーな感じがしないでもない。しかし、かなりの経費がかかることは分かるが、だからこそ新円への切り替えの時に同時に実施すれば単独で行うより格段の節約ができることは確かである。

デノミの効用の最たるものは
国家予算はもとより、大阪府の年間予算でも3兆円などといったトンでもない単位になっているが、その反面最小単位の1銭は存在するが実際には使われていないのが現状である。使われていないと言い切れば間違いになるが、金利計算や為替レートでは依然として生きてはいるが通貨としては使われていないのは事実である。こんな歪んだ形になっている我が国の通貨の呼称をデノミの実施により、円の価値を分かりやすくすることが重要ではないだろうか。
新紙幣発行に伴うコストと、デノミ実施に伴うコストには共通なものが多いことは先に記したが、新紙幣発行はデノミ実施の良いチャンスだ。 

日本が、アジアや世界の中で経済統合・金融統合を進めていくためには、円の国際的な利便性を高めて、対ドル3桁という発展途上国通貨の姿から脱却することが必要である。ちなみにOECDメンバー30カ国のうち、日本よりも対ドルレートの数字が大きい国はトルコ(7桁)韓国(4桁)ハンガリー(3桁)の3カ国に過ぎない。

以上は主として伊藤隆敏東大教授と深尾光洋慶応義塾大教授の見解であるが、デノミへの主な反対論は、単位変更にともなう切り替えコストの発生と、端数切り上げによる便乗値上げの心配である。しかし、コストの発生は需要の発生でもある。
ATMの切り替え、通貨単位の変更のためのコンピューター・ソフトの開発などは、銀行業や流通業ではコストだが、電子機械産業や印刷業では特需となる。経済全体でみると、GDPの押し上げ効果を持ち、経済の活性化のチャンスとなるかも知れない。
便乗値上げに関しては、以前と較べて情報の伝達が非常に進んでいることからそんなに起きないのではないだろうか。
少しラフな意見であることを承知でいえば、インフレターゲットの設定などの意見に見られるように多少の物価上昇は現時点では許容されるのではないだろうか。
ユーロ切り替えの際に、スペインでは耐久消費財ブームがおきた事実が報道されているが、現金で保有(タンス預金)している人たちも、新円切り替えにあたり紙幣交換よりも、いっそのこと耐久消費財を購入しようと考えるかもしれない。

ユーロへの転換はかなりの国でデノミを意味し、心配されるような悪影響ばかりではないことを具体に示している。
デノミの実施は既存の貨幣をすべて入れ替えることになるために、個人資産の把握が容易になる。この過程から出てくるデフレ解消策として資産課税が考えられる。

デフレ解消策 その−2
資産課税と消費税値上げはどんな効果があるのか

誰しも税負担が上がることは喜ばないが、デフレ下では税収は減少する。歳出カットは各分野で行われているがこれ以上は抜本的なシステム改革を断行しなければ無理だろう。そうなると国や自治体の財政再建は困難にならざるを得ない。
具体のスケジュールは示されていないが選挙の前であるにもかかわらず消費税は10パーセントにしなければ福祉などの諸施策のレベルが維持できないことを税調までが明言するに至っているが、時期はともかくとして消費税のアップは避けられないだろう。消費税の値上げと消費動向について我われは実体験があるが、アップ前の駆け込み購入は一時的であれ消費を拡大させる。毎年小幅なアップを続ければ確かに消費は上向くだろう。これもデフレの解消策の一つにカウントできるのではないか。
消費税のアップで一番悩ましいことはこの税の持つ逆進性であるが、食料品などの非課税や低所得者に対する対応を別途考えればよい。

資産課税の導入については
深尾慶大教授は政府が保証しているすべての金融資産残高に課税する方法を提案している。
氏はこのことを国際決済銀行(BIS)における講演で、ケインズの「一般理論」のなかで「シビルオ、ゲゼルの現金課税」として紹介されている「ゲゼル税」をデフレ解消策として取り上げたことを、15年5月に東京での講演で述べておられる。
その内容を講演禄から紹介すると、株や社債といった民間金融資産には課税を行わず政府保証金融資産のすべてに課税することとし、税率は3パーセントくらいが妥当ではないかというものである。根拠は、デフレによって実質価値の増加分である3パーセントを課税することにより資産価値としてはプラスマイナスゼロであるとするのだが、理論的にはそうなるとしても、この税制を毎年行うと金融資産は年3パーセントづつ減少しつづけるのだから大変であるが、あくまでデフレからの脱出のための短期計画として行えば実質資産の目減りはないというものだ。
深尾氏によれば税の効果は消費税の引き上げと同じだと主張されている。即ち消費税のアップは金融資産の価値の引き下げと同じ意味を持つからだ。

深尾氏の説では政府保証の金融資産だけに課税をするものだから、株や社債など私的な資産に資金が流れる可能性が増すというのである。
「資産代替効果」と呼ばれるシフトが起こることは確かである。株価や不動産価額、耐久消費財は価額が上昇する。また、この税制の実施によって円から外貨へのシフトが発生し資本逃避がおきる危険があるとの指摘に対して深尾氏は、前述のとおり過渡的な税制であり短期対応であるから問題はないと言い切っておられるのである。
また、デノミとは別の次元で現金に課税するのは簡単で、新札の発行の時点で新1万円札を旧1万300円と交換すればよい。旧円を使う場合は300円の印紙を貼り消印をすればよい、と深尾氏はいわれているが10年前までならこれですべてが終わったのであるが、旧円に印紙を貼った紙幣は機械では読み取れないだろうからこれは理論上はそうなっても実現性はないと言わねばならないだろう。

マイナス金利、即ち金融資産課税を実施するにしても理論的にも技術的にもこの際はコストがかかっても「デノミ」を実施することがいろんな観点から一番いいのではないだろうか。

自分なりのレベルで精一杯資料を読み漁り、僭越を顧みず学者の説に若干の私見を述べたが、伊藤隆敏教授と深尾光洋教授の見解が、深刻化しているデフレ解消策として効果があるのではないかと思うのだが如何なものだろうか。

     平成15年7月                           
松 室   猛




≪面白い本≫
『ライオンは眠れない』サミュエル・ライダー著 <実業之日本社>
著者は北京でネズミの国の未来を予言した古文書を手にする。そこには現在の日本の政治に酷似した内容が寓話の形で書かれていた。
繁栄を謳歌した後、深刻な不景気に陥ったネズミの国のライオン王は「国を立て直すために、この国を壊します。痛みを伴いますが我慢してください」と宣言する。痛みとは「X計画」と呼ぶ預金封鎖、デノミの実施だった。
デノミに伴う新円切り替えのとき国民の財産をすべて把握して「財産税」を課し、国の財政赤字を一挙に解決するもの。民は苦しむが「お国のために仕方ない」とあきらめてくれると予言する。
作者はイギリス人となっているが、実は小泉シンパの官僚ではないかといわれている。

以 上


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