松室猛のTMニ水会定例講演・資料

 平成23年9 戻る






はじめに

「大阪」とは、どんなところ
 55年体制下の話だが、定期的に意見交換をしていたアメリカ領事館の外交官から次のような質問を受けた。
 「中央政界では自民党が圧倒的な力をもっているが、東京に次ぐ2番目の大都市の大阪府議会で自民党が過半数を確保できないのは何故か」これが彼の質問であった。いきなりの質問に戸惑ったが、近世の歴史を説き説明に替えることにした。そのあらましは次のとおりである。
 大阪は、豊臣秀吉の時代は首都であったが、時の流れとともに徳川の時代となり首都が江戸に移った。やむなく大阪は商都として歩まざるを得なくなった。五代友厚などが主導し天下の台所として発展していった。こんな経過から、悔し紛れもあり大阪人は官の力に頼らず民の力で都市づくりを始めたのである。象徴的な事例として、大阪城の再建がある。
 現在の大阪城天守閣は昭和3年の御大典記念として再建され竣工した。昭和3年と言えば世界的な経済恐慌の真只中で、娘を売らねば生きていけないほど経済は疲弊していた。
 ところが御大典記念に天守閣を再建しようとの呼び掛けに市民が賛同し、天守閣の再建のみならず大阪城公園の整備までできる募金が寄せられたのである。大阪はこんな時代でも官、すなわち、お上の力に頼らない独特の気骨があった。これが大阪の特徴であり、政治の世界でもお上の威光を振りかざす権威主義的な政治家よりも、より身近に感じられ、親しめる政治家を好む習性があるのだ。だから政権与党だからといって必ずしも支持されないのである。これが日本の第二の都市である大阪において自民党が勢力を伸ばせない原因の一つである。
 この話は歴史的な事実であり、今もなおその気概が浪速っ子には残っていると考えるのだが、果たしてこの話が外人に理解できたかどうかは心許ない。

大阪が新しい流れを創って来た

 浪速津の開発、即ち大阪湾に埠頭をつくり、海運の振興と水の都の水運によって堂島川の岸辺には蔵屋敷が立ち並び天下の経済を仕切っていた。五代友厚は薩摩藩出身の役人であったが後に職を辞し大阪経済発展の礎を築いた。彼はかつて役人であったので中央と適当な連携をはかり砲兵工廠や造幣局の誘致を実現し、彼自身も数多くの起業をなし大阪を、東京とは一味違う街につくり上げる原動力として活躍した。
 商都としての大阪は進取の気風に満ちており、次々に大阪発の商品やビジネスモデルを開発し全国に発信してきた。
 大阪発の新産業は硬軟取り混ぜてその数は大変多い。例をあげれば次のようなものがある。
 薄膜構造物(大型テントによる仮設建築)、プレハブ住宅、段ボール、塩昆布、即席食品(チキンラーメン等)、レトルトカレー、国産ウイスキー、オムライス、きつねうどん、缶コーヒー、カラオケ機、改札機、ATM機、ソーラーパネル、液晶ディスプレイ、ロボット、スーパーマーケット、屋上ビアーガーデン、回転すし、結婚式場、ビジネスホテル、カプセルホテル、アルサロなども大阪が発祥である。

大阪が経済的に衰退したのは何故か
 このようなポテンシャルを持つ大阪が近年衰退しだしたのは、法人企業の本社が東京に相次ぎ移転したことや、世界的な経済不況による法人税収入の落ち込みが直接的に財政を圧迫したからであった。大阪府の財政構造は法人二税に依存する割合が他の府県より大きいのが原因の一つである。府県の自主財源は法人二税、すなわち事業税と法人市民税の税収がバブル期には47%ほどあったのが、現在では26,7%に落ち込んでいる。法人税は国税であり、事業税は所得税の納税額を課税標準とするため景気変動に影響されやすいのである。これに対して市町村の場合は固定資産税と市町村民税が41,1%であり比較的安定しているのである。大阪市と堺市の政令指定都市では44,4%を占めている。(2010年度・府、市町村課調べ)この落ち込みの程度を東京都と比較し、大阪の対応を批判する「維新の会」寄りの学者もいるが、過度な東京一極集中による東京の一人勝ちも原因であり財政運営だけに起因するものではない。東京以外の他府県と比較しても落ち込みは顕著だが、しかし、東京との比較ほどひどくはない。それでも大阪の衰退傾向に歯止めがかからず、昭和50年代後半から大阪復権計画が云々され続けたのである。当時は東京と大阪を「複眼構造」と捉えていたが、東京と比較すること自体に意味がないほど差をつけられたのが現況である。
 こんな状況の中で在阪の政治家が、大阪の復権のために具体的にどんな動きをしたかを検証してみれば、ほとんど特筆すべき動きがなかったのも大阪にとって不幸であった。関空は、ようやく出来たが、バブル崩壊により前島等の土地が全く売れず、泉佐野コスモポリスの破綻など、大阪府財政をさらに悪化させたのである。
 このような大阪の状況に対して、いずれの政党も地方のための施策に身を入れず、小泉時代の三位一体の改革も地方への責任転嫁はあったが、それに見合う財源移譲が不十分なために結果的には地方をさらに疲弊させたのである。
 こんな形で地方の疲弊が進む中で最近の民主党はもとより自民党も、地方自治、特に大都市政策に具体策を示せていないことがこの動きを加速させたのである。
 時代の進展とともに、地方自治体の形がこのままで良いのかとの議論は随分以前からあった。
 政令市を包含する大都市では府県との二重行政の問題や、基礎的自治体として中途半端な大
きさ故に問題を露呈しつつある大阪市などをどうすべきかが段々と問題化してきた。道州制の議論もあったが、現在ではさほど真剣に議論されていないのも事実である。そんな経過の中で包括的な行政対応を可能にするための広域連合構想も出現したが、まだまだ前途遼遠である。
 このように大都市問題に関する政府の対応の鈍さや、政治家の都市問題に関する無策さに対
して、歯に衣を着せず発言を続ける橋下知事が登場したのである。彼の類まれな発信力が、急激に流れを変えようとしているのである。これに同調して、政党の対応と実態に嫌気を感じていた地方議員達が既成政党を大きく揺さぶるアクションを起こしたのである。これが大阪維新の会誕生の原因であった。
 維新の会がどのような経緯をたどり誕生したかについては、幾度か指摘しているのでここでは割愛するが、首長を代表とする政治結社の出現には少なからぬ問題がある。この点だけを再度指摘しておきたい。

「大阪維新の会」の動きと二元代表制の論点
 首長を代表とする政治団体について、何が問題なのかを幾度か指摘してきた。簡単にその趣旨を述べれば、地方自治体の政治は二元代表制で運営することを憲法で規定しており、この主旨に反することになり兼ねないからである。
 二元代表制とは、有権者と議員と首長との関係を相互にけん制する制度であり、知事が政治結社の代表になることは法的には問題はないが、相互けん制の形が損なわれる可能性があるために問題であると指摘したのである。
 しかし、大学において理論政治学ではなく「臨床政治学」を講じる者として研究と検証を重ねるに従い、二元代表制そのものが既に機能していないことを強く実感するようになってきた。
 その理由の一つとして、首長選挙ではマニフエストを示し選挙に臨むことが多くなり、当選後にはその公約を実現しようとする傾向が強まり、それに伴い、議会は首長に追従する傾向が顕著となり二元代表制の意図が機能しなくなってきたからである。
 換言すれば首長の権限と機能が必然的に強力なものとなり、それとともに議会が機能していないと感じられるようになってきた。これら一連の現状を二元代表制の制度上の問題と捉えるのか、議会の機能不全と捉えるのかによって見解は分かれるが、この点についての論及は別の機会に譲り本稿では地域政党と二元代表制の問題点の指摘はおくことにする。

「維新の会」の二元代表制論の検証
 維新の会の政調会長名で発せられている政策集の中で、「大阪都構想への疑問についての回答」[問5]の中で二元代表制に関する見解を発表しているが、若干、非論理的な部分があるので2〜3の点について指摘しておきたい。
 まず、『首長と議会の多数派とは対立関係にあるべきである。その方が、チェックがきいて健全で民主的というのは一見正しそうにみえる。だが、それは捩じれ現象を招き混乱を招く場合が多い』と説いているが、捩じれも民意であり、この現象を解きほぐすのが話し合いのための議会なのである。この主張は、議会における効率性のみを主眼とする論理であり、十分な話し合いをしようとしないマキャベリズム的で、嵩じればプレビシット型に陥りやすい問題点を包含している。特に橋下知事のような自己主張を「民衆の声」であると過信している首長なら尚のことである。こんな状態が散見される現状からしても二元代表制に関する正しい理解とは言い難い。かつて彼(政調会長)は、滋賀県の嘉田知事が知事与党の会派を支援した時に、二元代表制の論理からして問題があるとWEBで発信していることと整合性のない発言である。
 続いて『与野党相乗りで首長を担ぎ議会の多数派の支持を得ている事例が多い。ひどい場合には与野党で議会に多数派与党をつくって議会との馴れ合いによる談合政治に陥っている』といっているが、恐れ入った話である。与野党相乗り首長が存在するのは事実だが、与野党とは何をもって言うのか。中央政党の各党相乗りのことを言っているのだろうが、地方行政では、さほど政党の論理は必要ないのではないか。従って中央レベルの各政党が評価をもとに相乗りで首長を支援することを馴れ合いと断じることができるだろうか。さらに驚くのは、後半の文章である。『なぜ地域政党と首長が連携した場合には問題視されるのか。唯一の違いは、既存政党の党首が首長を兼ねることはなかったという点だけだ』
 間違ってもらいたくないのは地域政党と首長の連携が悪いなどとは誰も言っていない。両者
の連携は、主張が同じなら大いにするべきであるが、首長が政治団体の代表になることの問題を指摘しているのである。議会内の最大会派(単独であれ、連合であれ)が首長を支持するのは議会の円満な運営のために望ましいことで、恐らくこの場合は民意との捩じれは少ない筈だ。指摘している点は、党の代表が首長であることはその政治団体に対して指示命令をすることもあり得るので、そんな関係の議員が多数派を占めることは、かつての大政翼賛会型になる危険性があると指摘しているのである。従って首長が維新の会の推薦候補であっても、その団体に所属することには何の問題もない。代表に就任することが正しくないと指摘しているのである。
 この文章の末尾で『唯一の違いは、既成政党の党首が首長を兼ねることがなかっただけだ』と言っているのは噴飯ものである。
 続いて『さらに言えば何十年も前の米国製の二元代表制が実態に合っているか・・・』とあるが、戦後の憲法制定時に93条の2項で二元代表制が盛り込まれたのは事実だが、二元代表制が米国製の古い制度であることは寡聞にして知らない。まず米国製である根拠を示してもらいたいが、現在の地方政治の実態にあった制度かどうかについての見解は同感するものがある。
 末尾の『国と相似形の発想で自治体の政治の在り方を論じること自体が地域主権の時代にそぐわないのである』との主張には同感するが、大阪の場合は一元代表制がよいとする論理は直ちには理解できない。
「大阪維新の会」の基本政策について
 維新の会は主要政策として大阪都構想を掲げている。「ワン大阪」、「グレータ大阪」など、それぞれ若干表現は異なるが、府と市の枠を取り払い、周辺市も巻き込んで広域的な行政運営をしようとするものである。すなわち、ワン大阪は広域自治体として機能させ、そのために政令市を解体し周辺市と同様に区制を採用し基礎的自治体にすべきであるとの主張である。

 広域自治体・・・・・産業基盤担当
 基礎自治体・・・・・生活基盤担当

 具体的には大阪府庁と大阪市役所を同時に解体し、新たに大阪都をつくる。
 都庁は交通、産業政策などに専念する。特別区は日常の住民サービスを担当する。作業分担を明確化し、「強い自治体」と「優しい自治体」で大阪を再編することにより二重行政の弊害を取り除き効率の良い行政運営を実現するとしている。
 一見明確なようであるが、維新の会がいう大阪都構想が実現したとしても産業基盤整備などが円滑にいくのだろうか。彼らが掲げている広域的な取り組みとして示しているものに市内の高速道路の淀川左岸線の延伸、関空につなぐ地下鉄なにわ筋線(リニアー導入)、WTCへの庁舎移転と企業誘致のための大減税−特区構想によるカジノの開設などである。
 従前から府県が行なう経済振興策が、具体的かつ経済の活性化に繋がるのかについて議論があった。結論からいえばかなり悲観的で、経済振興策は府県の力では及ばないのが現実である。
 仮に都制が導入されたとしても、政府からの特別な助成は現時点では無く、財源的には内部努力による以外に期待できないのが現状である。
 行政システムとして、基本政策の中に区長の公選制は明記されていたが、区議会の開設に関する記述は見当たらなかった。しかし、新しいHPを見ると開設するとなっている。タウンミーティングで区議会を設置すれば議員の数が増え財政負担が増えるのでは、との意見に対し、ボランティアによる協議会(地区委員会)も考えられると言ったようであるが、あらゆる点で政策が不明確で、口先だけで煽りたてている感じが払拭しきれない。
 WTCへの移転については防災上の観点から専門家会議の意見を受け入れ庁舎の全面移転を断念すると発表した。(23年8月19日)
 1,200億円かかった建物を85億で買ったのだから安い買い物だと言うかもしれないが、2度にわたる府議会での否決や、もし3度目の否決があれば出直し選挙も辞さないと恫喝的発言をしていたが、この結果に対して橋下知事はどう説明するのだろうか。
 数え上げれば限りがないほど政策としての大阪都構想には不明な点が多く、橋下代表の発言には朝令暮改的発言が多く、現時点では政策というよりもプロパガンダ的発言だと評される所以である。
選挙結果に対する彼の受け止め方
さらに、平成23年4月統一選後の初の記者会見で大阪市会議員選挙の結果が過半数に届かなかったことから「選挙は敗北」と発言し、「大阪都構想は支持されなかった。構想は僕の考えた通りにはならないので、いったん白紙化した上で他党との連携協議に入りたい」との意向を示しているが、いつの時点で都構想を白紙化するのか、いまなお都構想を言い続けていることをどのように理解すべきなのだろうか。
 橋下知事が言う選挙の敗北論は、大阪市会において過半数を取れなかったことを指していっているのであろうが、大阪府議会では過半数を確保し大勝利を得たのだからこの言い方はやはり適切ではない。過半数を取れないのが敗北というのなら、常に彼のいうことを承認する議会の構成が実現しない限り彼は満足しないと言うことになる。また、投票率の低さも彼は敗北だと感じているようだが、低投票率は残念ながら恒常化しており、こんな中で常に圧倒的な支持が得られないのを敗北というのは不遜な発言である。

「大阪都構想」を理解するために
 都政を施行している東京都の概要をみてみたい。東京は昭和18年までは東京府と東京市からなっていた。昭和18年、第2次大戦中に首都としての諸機能を高めるために、東京府と東京市を解体し東京都として再編された。その理由は、東京市は財政的にも潤沢であり、東京府は東京市にあらゆる面で劣勢であった。首都がこれでは十分に機能しないとの理由から、東京市を解体し、東京府から東京都に組織変更したのである。言い換えれば、首都としての機能と権限と権威を高めるために制度改革を行ったのである。
 現在の東京都政は、政治的には区長は公選制で区議会をもっている。東京の特別区23区は市町村に近い自治体であるが、消防、救急、上下水道、都市計画などの権限はない。
 税制面では、固定資産税、特別土地保有税及び市町村税法人分(調整3税)、都市計画税、事業税などは東京都の財源となる。但し、調整3税は、「都区財政調整」のための財源として都から区に対して55%の配分率で交付される。即ち東京都は従来の東京市から財源を吸い上げ、その一部を交付しているが、自治体運営についても数々の制限を加えているのである。
 以上が現在の東京都の概況である。
 では、大阪都構想とはどんなものかを検証してみたい。
維新の会が提唱する大阪都構想を図示したものが次の図である。
政令指定都市である大阪市と堺市を含め、近隣市9市をまとめる構想である。グレータ―大阪を想定するもので、この線引きの基準や根拠は示されていない。

 既に報道を通じ知られているように、大阪市は猛反対であり、橋下知事が全面支援した堺市の竹山市長は直ちに政令市を解体する気はないとコメントし橋下知事から絶縁宣言をされていた。同じく、吹田市の井上市長は「中核市を目指し市の権限を拡充させたい。東京都に市があるように、大阪都構想が実現しても吹田区にする必要はない」と当選の翌日記者会見で話していた。(読売4月26日)
 このように橋下氏のシンパである市長からも既に不協和音が出ており、維新の会の身内ですら大阪都構想は全面的に支援をされていないのは問題である。

都制移行に関し賛否が問われる論点は以下のとおりである。
・ 都制移行により地方分権の趣旨が薄れ中央集権的になるのではないか。
・ 基礎的自治体と広域的自治体の分割により行財政運営の効率化が図れるか。
・ 現行の都制では特別区は地方交付税の交付対象にならない。
都制移行によって財源確保がさらに難しくなる。都になれば国からの権限や財源が確保されるという説明は根拠がない。交付税の減少分を補填できないのではないか。
・意思決定の速さと統一性が確保できるのか。可能だとすればかなり独断的な対応が必要ではないか。
・現在24ある大阪市の区を30万から80万人くらいを目途に8〜9に再編することの是非。30万から80万では倍以上規模が違うがこの根拠は不明である。
・病院・大学やその他の箱物行政などの重複する行政サービスを一本化することで二重行政を解消するというが、何をもって二重行政とするかは議論がある。
・行政サービスの低下が起きないだろうか、また、各市(各区)の独自性が確保できるのか。
・長年の地域に対する愛着心などから地域の賛成が得られるのか。

都制を実現するための手続き
 まず、大阪が都政を実施するためには特別法の制定が必要である。即ちその地域だけに影響を及ぼす法律行為を行なうためには次のような手続きが必要なのである。
 「一つの地方公共団体のみに適応される特別法は、法律の定めるところによりその地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない」と規定されており国が特別法を制定しなければならない。(憲法95条)

大阪における市町村合併の例
 平成の大合併の際に大阪府域の各地で住民投票が行われたケースをみてみたい。
 特別法の制定に必要な住民投票は憲法の規定に基づくもので、条例に基づく住民投票とは異なるものであるが、大阪市と大阪府の合併だけでも困難が予想される中で、政令市2市と衛星都市9市の賛同が得られる可能性があるだろうか。
 合併特例債による財政的恩典まで与えて国主導で行われた平成の大合併に際し、大阪府域内の自治体がどんな反応を示したのかを検証する必要がある。

住民投票を実施した市町村の住民の意向 (大阪における実績)
府下で住民投票を実施した市町村は7自治体であった。
守口・門真・泉南・阪南市と田尻・岬・忠岡町の4市3町
その中で守口と門真は住民投票の成立要件を投票率50%以上としていた。

【住民投票の結果】

賛成 反対
守口市 7,565 51,878 約7倍が反対 
泉南市 4,579 14,218 〃3倍  〃
阪南市 4,056 14,088 〃3,4倍〃
田尻町 444 3,683 〃8倍  〃
忠岡町 2,797 6,804 〃2,5倍〃
岬 町 4,042 3,583 唯一賛成が多かった地域

 門真市は投票率が50%に達しなかったため不成立 
 (高石市は前段の市長選で合併反対派が勝利・岬町は相手が拒否した)
上記のデータが示すように、大阪府域において合併を了承した市町村は、わずかに美原町が堺市と合併に同意し、政令指定都市・堺市が誕生しただけである。

橋下知事の政治手法について
 最近の話題は、「職員基本条例案」と「教育基本条例案」である。この条例を大阪府と大阪市、堺市のそれぞれの9月議会に議員提案すると発表した。
早速各方面から賛否が相次いでいるが、簡単に紹介することにする。

「職員基本条例」では、組織再編などで生じた余剰人員や人事評価で最低ランクを連続した職員に対して「分限免職」できる処分規定がおり込まれた。その他の内容は、「すべての部長や次長ら幹部を任期付きで公募する」「5回の職命令違反、3回の同一命令違反は分限免職」などである。
この案に対して、
脇田滋竜谷大教授は、「身分保障がなくなれば公務員に優秀な人材が集まらず、成績評価を偏重すれば上司の顔色ばかりうかがって住民を見なくなる恐れがある。公務員たたきで喝采を得ようとするパフォーマンスだ」
山中俊之関西学院大教授は、「分限免職のルール化や外部人材の公募を明記した点は、公務員の身分保障の問題に正面から切り込み画期的である」
片山総務相は「法律で具体的な処分基準がなく、基準を条例で明確にしようとする方向は共感を持つ」と、それぞれ賛否の意見を述べている。(読売・8月22日朝刊)

「教育基本条例」について、大阪府の中西正人教育長は23年8月26日の記者会見で、「知事に教育委員の任免権を与える内容などは、教育の政治的中立性を確保する地方教育行政法に照らして適法かどうか疑問がある。条例が成立し直ちにすべてを実行するとなれば大阪の教育は大混乱する」とし、公立高校の校長全員の公募について「実現は極めて困難である」との見解を発表した。
 これら一連の条例案の中で「公僕であるべき『公』が権力の中枢に座り、『民』が隷属している。『民』主体の社会とするために公務員改革を行う」と明記しており、橋下知事は「公務員制度を根底から覆す条例だ。ダメな職員は入れ替える。やる気があり結果を出す人間が幹部になる組織にしていきたい」と述べた。
 職員組合や教職員組合などは猛反対を表明しており、議会の構成からして成立の可能性は大きいが、果たして円滑な執行ができるかどうかは不透明である。

 しかし、その後に提案を準備している議員団は、公務員を厳しく批判した文言は次のようなソフトな表現に修正すると発表した。
 「時代と社会の変化に迅速に対応できる政策立案能力を構築するためには、新たな公務員制度が不可欠」と変更した。最初の文章と比較してその代わり方の大きさにはあきれるが、この程度の文言なら敢えて書くほどのこともないではないか。また、職員基本条例の骨格部分である分限免職の対象職員について「2年連続で人事評価が最低ランク」から、「2年連続最下位」に緩和する修正もするとのことだ。
 最初はマスコミを意識した過激な文言でぶち上げたものの、余りの過激さに自ら修正をするのも橋下流のやり方そのものだ。

 この提案について、識者の見解も分かれているが、今まで公務員の身分保障を当たり前のごとく受け止め、かなり特権意識のごとく振る舞う吏員がいたのは事実である。「公務員に首切りはない」「リストラも行われない」と思い込んでいたようであるが、法的にはそうではない。ただ、分限処分の内容やその基準が明確でなかったことや、組合が強かったことなどから、公務員は、民間ほど働かなくても「首にならない」と思いこまれていた。
公務員の身分に関する案件は聖域のごとき扱いであったが、この聖域に踏み込んだ提案に対して一部保守派の市民は好感を持って受け止め評価する声がある。特に教育現場において国旗、国歌の問題に見られるような思想的に公務員として適切でない信条を盾に、権利意識だけを主張する教員が多いことは以前から問題になっており、今回の条例に対して喝采を叫ぶ声があることも事実である。
 この条例案は9月定例議会で議論されることになるが、時期的にみて平松大阪市長の支持母体が市職と連合系の労組であることから11月の「大阪秋の陣」に向けての選挙向けの橋下流のパフォーマンスだとの見方もある。しかし、この点を平松派が突いてもさほどプラスにならず、実に巧妙な選挙戦略だといえなくもない。
 既に、大阪秋の陣に向かって熾烈な戦いが始まっているのである。

どうなる「大阪秋の陣」
 大阪都構想では、府・市をともに解体しワン大阪をつくろうとしている橋下知事であるが、彼自身は現時点では含みのある言い方で知事・市長同時選挙に論及しているだけで、未だ自分の去就について明確な発言をしていない。それどころか知事であれ、市長であれ、明確な候補者名すらあがっていないのはどうしたことだろうか。(共産党は9日に渡司考一の公認を発表した)今までの選挙情勢と異なり、選挙の様変わりが激しく、直前に立候補の名乗りを上げても選挙になるのが最近の選挙情勢ではあるが、それにしてもマスコミですら話題にしないのは少し異常な感じがする。
 大阪都構想の彼の主張を読めば読むほど、彼が市長選に出馬することは都構想実現のためには遠回りになるとしか思えない。仮に、市長に当選すれば大阪市の解体に取り組むだろうが、議会の状況からしてそんなに簡単ではない。その場合は恐らく手続きを経て市議会の解散に向けての対応を模索するだろう。但し、市長には不信任の前提がなければ議会の解散権はないので出直し選挙もできない。河村名古屋市長のように、自らが議会のリコールを発議しなければならないが、極めて不自然で無理な政治手法である。そんなことよりも大阪府知事に誰を擁立するのかがまったく見えない。仮に橋下が市長に就任した場合、知事は完全に橋下のシンパでなければ都構想は進展しないだろう。このような流れの中で知事候補に名乗りを上げるとすれば、彼の意のままに動く傀儡しか受け入れられないのではないか。
 大阪府知事といえばそれなりのステイタスだから、知事にゴマすりをする人間が出てくる可能性は皆無ではない。しかし、こんな状態は決して正常とはいえないだろう。
 このように考えてくると、本当に同時選挙があるのだろうかと疑問がわいてくる。
率直に言って平松市長の評価にもいろいろあるが、それでも市職や関係労組、区長会、地域振興会との今までの蜜月振りからして対立候補は余程の知名度がなければ勝てないのではないか。だから橋下が出なければならないというかもしれないが、では知事はどうするのかの堂々巡りになる。

府・市長会有志の休戦提案
 9月6日に市長会の有志4名が橋下知事を訪れ、平松市長と政治休戦するよう提案をした。仲裁のつもりで公開討論会を提案しているが、この状態で討論会をしたところで政治休戦になるのだろうか。
 倉田、府・市長会顧問が、「両氏の対決は大阪にとってプラスにならない」との主張には同感できるし、橋下知事が「大阪市長選に立候補することは、知事の目指す方向と矛盾する」との主張はもっともである。ところが平松市長に対しては、市を24区から16区程度に再編し各区選出の市会議員の中から区長を選ぶ「議会内閣制」の導入や、「市長選に出るなら大阪市を大胆に改革する覚悟が必要」と注文を付けているが、この言い方は大変僭越である。特に区長公選に代えて市会議員の中から区長を選ぶ「議会内閣制」を提案しているのは論理的に適確性を欠く発言である。制度改革論に議会内閣制の議論もあったが、最近は橋下が平成10年1月に総務省主管の「地方行財政検討会議」の初会合で提案したもので、誰も評価しなかったものの受け売りでしかない。長と議員とを直接選ぶ憲法規定からしても直ちに実現させることなど不可能である。このような実現可能性のない提言をすること自体、軽い発言であり自らの存在を誇示するプロパガンダ゙でしかない。市長会の有志が混乱を収束させようとするのなら、もっと真剣に大都市政策について双方が歩み寄れる提案を示すべきである。その提案が議会内閣制だとか、大胆に改革する必要性などとは恐れ入った内容であり、これでは「目立ちたがり屋」の発言の域をでない。公開討論会の開催は、攻撃型の論法で府民の理解を得ようとしている橋下は歓迎だろうが、平松が仮に受けたとしても政治休戦にはならないだろう。 
 また倉田市長会顧問は、和解を求める連判状の準備を進めているとのことだが、市長会有志の連判状がどれ程の意味と影響力を持つのかも疑問である。

同時選挙をシュミレーションすれば

橋下が一度知事を辞任し、再度知事選に出馬するケース。
これでは当選しても3カ月ほど後に再度知事選をしなければならず、20億円程の無駄遣いとなる。こんな形での同時選挙などあり得ない。
橋下が知事を辞任し、市長選に出るケース。
この場合は橋下の意向に忠実な知事候補を立てねばならない。候補者が見つかるのだろうか。
橋下が市長選に出て、平松が知事選挙に出馬するケース。
この場合は同時選挙になるが、平松が主張する大阪市の解体は絶対に反対だという主張を放棄することになり、このケースも考えられない。
橋下はそのまま知事に残り、市長候補を維新の会で担ぐケース。
この場合は同時選挙にはならない。しかし、維新の会の候補なら橋下は維新の会の代表とし
て選挙戦に専念できるので、それなりの選挙体制はとれる。しかし、現職市長を相手の選挙だけにそれなりに知名度のある候補が必要だろう。

むすび

 この原稿を書いていた9月8日の時点でようやく橋下の本音が垣間見られる発言があった。
経済産業省の古賀茂明に出馬要請をしたが本人が固辞したとのことだった。こんな状況があったからかもしれないが、橋下は「平松市長と方向性がまとまれば知事を辞職しない」と述べた。彼がいう方向性とは、「大阪市の特別自治市化のエリアを市域だけでなく府域全体に広げること」であるが、平松が府域全体に関して発言することの是非を考えても無理な話である。しかし、橋下の狙いは大阪都の実現だけでなく、大都市政策の新しい提案が目的だと思えるのだが、それなら市長になって、出来もしない市を解体する道を選ぶより近き将来、直接国の中枢に働きかける立場を目指すべきである。そのために引き続き大阪から大都市政策に関する発信を続けるべきが筋だ。発言がぶれるとはいえ、鋭い感性を持っている橋下は、既にこの辺りのことを見通しており、自らが振り上げた拳の降ろし所として「府域全体を特別市にして、府内の自治体を存続させ大阪市内も基礎自治体を8〜9つ置く。それであれば乗っかれる」と発言したのが彼の本音であろう。この話も額面通りにはいかないだろうから、将来はそれを目指すこと辺りを落とし所と考えているのではないだろうか。
 「大阪秋の陣」について語るためには、もうすでに古ぼけた話でしかない大阪都構想に触れない訳にはいかないので長々と書いてきたが、都構想なるものが実現可能性のない砂上楼閣論であり、この構想の実現を本当に信じている維新の会のメンバーがいるのだろうか。
 何が起こっても不思議でない政治の世界のことだから、いかに推測しても“どんでん返し”がないとは言えないが、どう考えても同時選挙なんてある筈がないというのが実感である。
 精一杯平衡感覚を装ってはいるが、見え見えの下心を持ちながら橋下にすり寄っている某氏が書いたものを読めば、その裏が良く見える。こんなのではなく、もっとしっかりしたアドバイザーが大阪政界はもとより経済界、学界にもいないのが大阪の不幸ではないだろうか。

 これほど流動性のある事柄を予測すること自体が無茶であることを承知の上で稿を進めてきたが、橋下、平松両陣営の実りなき対立は間もなく収束することを期待を込めて予言し、結論としたい。

(文中敬称略)

参考資料         上山信一「大阪維新」・角川新書・2010年9月

一ノ宮美成「橋下『大阪改革』の正体」・講談社 2008年12月

                               「2011政策フォーラム報告」・連合大阪・民主党大阪府連  

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