松室猛のTMニ水会定例講演・資料

 平成23年5 戻る






平成23年4月10日に統一地方選挙の第一弾が施行された。
統一地方選挙とはいえ、都道府県会議員選挙は岩手、宮城、福島は震災の影響で実施できず、41都道府県と12都道府県の知事選だけであった。
まず、知事選挙では現職の9知事すべてが再選された。民主、自民の対決選挙となった東京、北海道、三重は、それぞれ自民党系が勝利し、相乗りの6県を除き民主党系は敗北した。政権政党がこのような状態なのは何を意味するのだろうか。

今回選挙の特徴 その1
 まず、大震災の影響を受けて、何となく自粛ムードの選挙戦であったことが挙げられるだろう。しかし、全般的に静かな感じの選挙でありながら投票率はそれ程下がっていないのも特徴の一つである。この原因が何であるのかについて明確な答えはないが、知事選については、大災害時の危機管理に関して政府与党の政策が評価されておらず、これを変えようとする選挙民の意識の現われと見るべきだろう。
 今回の選挙で特筆されることは、政権政党がまったくと言って良いほど認知されなかったことである。知事候補は政党の公認候補は無く、民主党が推薦した候補が自民・公明などが支援した候補に敗北したのは政党の認知以前の問題として政権政党に対する不信感の現れであると言えるだろう。

今回選挙の特徴 その2
 従来の選挙は「地盤・看板・かばん」といわれ、地域に密着した候補者が評価されるのが通常のパターンであった。しかし、今回の地方選挙ではかつての郵政選挙と同じ現象が見られたことも大きな特徴であった。
最近の選挙は、その時々の社会事象に対する端的な要求などによって選挙民は連動して同じ方向を向く傾向が顕著となってきている。これがいわゆる“風”である。
“風”の理由には、政策に対する賛否もあるが、それ以上に候補者のカリスマ性に寄り掛かる選挙が顕著となってきた。

 今回選挙における特徴を具体的な例で検証すれば、より身近な選挙である筈の地方議員選挙で、告示の1〜2ヶ月前に突然その地域に現れ立候補する候補者が複数見られ、その候補が現職候補を倍ほど引き離してダントツの得票で当選するケースがあった。固有名詞を避けねばならない理由はないので、この地域と候補者名を挙げると、吹田市の杉江友介候補(32)がその一人である。彼は当初寝屋川市から府議選に出馬する予定で運動を始めていたが、急遽吹田市からの出馬となった。その理由について、詳しくは判らないものの市長選との連携などもあったようだ。
しかし、理由はともあれ、このような、まったく地縁のない候補者がこれだけの
集票をすることは従来の地方選挙では到底考えられなかったことである。衆・参両院議員選挙のように選挙規模が大きな場合は“風”によって無名の新人が予想外の得票をする事例は過去にもあったが、小さな選挙では“風”はそれ程影響しなかったのである。この突然変異とも言える選挙区は他にもあった。
 堺東区・三原選挙区における中野稔子候補もその一人である。彼女は、確か3月の初め頃からの選挙準備であったようだ。それでも1名区で自民党現職の候補を僅差で破り当選をしている。これは何だったのかと目を見張る思いであると同時に、見事と言う以外に言葉が見つからない。従来の選挙に対する常識や感覚はまったく通用しなくなってきたのが今回の選挙の特徴である。

 若干ケースは異なるが、第2弾の衛星都市議会議員選挙でも特異なケースがあった。異変といえば叱責を受けるかもしれないが、大阪維新の会は衛星都市議員を対象にしていないので、任意にその地名を冠した維新の会を立ち上げ選管に届けた上で市議選に臨んだ候補が1位と2位で当選した。高槻市議選は定数36に対し49人が立候補していた。「高槻維新の会」の蔵立真一氏(39)は、前回は2,292票で最下位当選だったが、今回は7,335票と約5,000票も上乗せしトップ当選した。2位の太田貴子氏(50)は、前回は2,693票で24位当選だったのが、今回は6,896票を獲得した。本人達のコメントにも「こんなこともあるのかと驚いた。維新の風が吹いたと思う」と率直に語っている。
 吹田市議選(定数36)では、新人で「吹田維新の会」代表の新人柿花道明氏(50)が11,443票と、2位当選者の2倍もの大量得票だった。会のメンバーは柿花氏だけである。従ってグループとしての活動もなければ新人だから何の実績もない候補だった。彼によると「方向性は大阪維新の会と一緒だが、いじめ撲滅などを訴え、辻説法等の地道な活動が評価されたと思う」と述べていた。吹田市は都構想の範囲にも入っていないので大阪維新の会との直接的な連携はないが、市長選挙に維新の会候補が当選していることとの関連としか考えられない。
 結論から言ってこれらの選挙は、訴えるべき政策も明確でなく、ただ何となく人気が高かった名前に便乗し“風”を利用しただけのものとしか評価しようがない。 
 選挙に、このような風潮が蔓延することが果たしてよいものだろうか。

最大の特徴は地域政党の躍進である
 大阪府議会議員選挙は、投票率が46,46%であったにも拘らず、大阪維新の会が圧勝したことは歴史に残る選挙であった。こんな時期でありながら投票率は前回比1,56%アップであったのも、やはり維新の会が巻き起こした“風”の結果であるといえそうだ。
 橋下代表は投票率が低かったのは「僕の責任、力不足で敗北の原因の一つ」と、開票日の翌日にマスコミにコメントしていたが、敗北どころか大勝利だった。
 彼の思惑では旋風を巻き起こし投票率も飛躍的に延びると考えていたたようだが、時期を考えると投票率は良い方だと言うべきだろう。しかし、選挙結果は彼等の政策である大阪都構想に対する評価とは言い難く、アンチ既存政党という選択の結果だと受け止めるべきである。
 ともあれ、大阪府議会で57議席確保したことは驚きであった。未だに大阪都構想について明確な説明がされていないので、政策として評価される筈がないが、現在の大阪を変えようというスローガンが受け入れられた結果とみるべきだろう。
 ある意味では今回選挙の状態は郵政選挙と同じで、維新の会を名乗れば誰でも良いのかと思わせる選挙であった。このことを裏返せば、繰り返しだが既存政党のだらしなさが審判された結果であると言わねばなるまい。
 自民党もダメ、民主などはもっとダメ、共産党も評価されず、独特の支持母体を持つ公明党ですら2議席減らすという結果は如実にこのことを示している。
 大阪市会選挙では、あれほど市長や市会議員から疎まれながらの選挙戦でありながら過半数には届かなかったとはいえ、定数86に対して33議席を確保し第1党を達成したことは見事な勝利であった。

政策に対する評価について
 読売新聞が告示後に実施した世論調査によると「都構想を重視する」と答えたのは34%で、選択肢9項目中の最低であった。(読売11日朝刊)この調査の詳細は紙面からは読み取れないが、最大の売りである「大阪都構想」に対する賛同ではなく、長年にわたる府・市の二重行政の解消には関心を示していたと見るべきであろう。
 換言すれば、現状からの変革であり、このままではダメだいう選挙民の反応であった。問題は、維新の会以外の既成政党は大阪の現状に対して何ら新しい提言をしていなかったことであり、地方自治体のあるべき姿について明確な施策を示せなかったのが敗因であったようだ。選挙中の各党代表者のコメントでも自民党は、「大阪都ではなく、やはり道州制だ」などと発言していたことは選挙民から失笑を買う結果であった。道州制など、いつの話だと言うのが大阪府民の感覚であり、都構想も見えないが、道州制などもっと見えない絵空事に感じられたのではないだろうか。 ともに財政危機に直面している大阪府と大阪市がこのままでよいのかとの疑問は、橋下知事誕生以来、幾たびか府民に問いかけており、道州制よりは現実味があったのは確かである。

何故、既成政党離れが起きたのか
 政党が評価されなかったのには、それなりの理由があった。
具体的に名前をあげることは差控えるが、民主党の役員をしている複数の現職議員が、民主党に対する評価が余りにも低いので公認を返上し無所属で出馬していた。
 こんなのは政党人として失格であると同時に、党の幹部が自分が所属する政党を評価せずに裏切っていることを意味するもので、民主党府議会議員団の役員8人全員が落選しているのは如実にこのことを示している。
 率直にいって民主党の地方選対応は茶番以外の何ものでもなく、論評する気にもならない。

自民党は何をしていたのか
 
かたや自民党はどうであったかを見てみると、選挙前には「維新の会をぶっ潰す」
と言っていたが、自民党から維新の会に移行した候補者の後釜を発掘できず「刺客」を立てる事ができなかったのは、選挙前に既に敗北していたというべきであった。 
選挙前から、ぶっ潰すどころか、既にぶっ潰されていた。
 しかし、このことを指摘するのは容易だが、現実に地方議員の候補者を発掘することは大変むつかしい問題である。地方議員のスティタスが低下し、この仕事に魅力を感じる若者が少なくなったからである。選挙に際して、選挙民に強力にアピールする政策が無い限り不可能に近いのが現実である。加えて地域の衆議院議員に指導力がなさ過ぎることも原因である。
 「維新の会」の発足当初、自民党との二重党籍問題があった時に、天下の公党として断固たる措置を執るように府連相談役の立場で会議の招集を求め、公党として毅然たる態度をとるべきであると強く提言した。しかし、その時に幹事長として出席していた府議までが、柔軟な対応をすべきである旨の発言をし、その後に自分自身が維新の会に移籍しているていたらくであった。こんな政党幹部の対応があっていいものだろうか。二重党籍問題について府連会長はこの問題を党本部に相談をすると発言していたが、何故府連が独自で対応できないのかも問題である。あの頃から自民党の地方組織はそんな程度のものになっていたのである。
 自民党の中途半端な対応の原因は、参議院選挙前であったために彼等の支援を取り付けようとして無作為に過ごしたことが原因である。結果的には地方自治体の政界に大きな禍根を残す結果となったことを改めて自らに問い直してみる必要があるだろう。
 自民党は地方議員の政党所属のあり方について真剣に考えることをせず、何よりも国政ありきだとする発想でしかない。これでは真面目な地方議員が自民党に信頼を寄せる筈がない。
 以前から自民党は国会議員中心の政党であり、地方議員を国会議員の下請けの如くに扱っていた傾向があった。地方組織の役職に関しても同様で、土日以外は大阪におらない国会議員が党の幹部職を独占していた時代があった。こんな状態に対し猛烈に反発を感じて党内改革に取り組み府連幹事長を地方議員にすることを実現するまでにかなりの勢力を費やした。ようやくにして若干党内民主化と、筋を通す組織に脱皮させたのである。このような歴史を忘れた地方議員の対応も問題であるが、国会議員も自らの選挙だけを考えるのではなく、政党の存在について熟慮すべきではないのか。現職国会議員の二人の息子が、揃って維新の会所属の府議会議員とはどういうことなのか。その国会議員が府連の会長代理だとはどう考えてもおかしな話である。こんな状態だから、自民党府連の改革はどうしようもないようだ。

賢者は歴史に学ぶというが・・・・
敢えて言葉を選ばずに言えば歴史に学ばない者はバカである。
およそ11年前のことであるが、ノック知事の退任を受けて太田房江氏と大阪府知事選挙を戦った時の府連はどんな対応をしたのかを思い返すべきである。
 候補者の選定に関し府連所属の地方議員に一切の相談も無く党本部が勝手に候補者を決めたことに反発し、党本部の意向をものともせず大阪独自の候補を擁立したことを記憶している地方議員は多いはずだ。その時にも国会議員は勿論、当時落選中の塩川正十郎氏までが党本部に忠誠を誓い府連所属の地方議員を顧みようとしなかった。
 その時に、断固として地方議員の主張を貫き、緊急選対会議を招集し、その結果には従うことを条件に選対を開き平岡達人氏を大阪府連の推薦候補として擁立したのであった。戦いの結果は府連の敗北に終わったが、地方議員の筋を通した対応は自民党府連の歴史に残る出来事であった。
 府連所属国会議員の一人を除くすべてを向こうに回し知事選挙を戦った当時の地方議員はどうなったのか。現在の自民党所属の地方議員は何を考えているのか、不思議でもあり、嘆かわしい限りである。次の選挙の当選だけを至上命令だと考えているような議員など、烏合の衆でしかない。このような結果、自民党府議団は前回改選時に比べておよそ3分の1に凋落したのである。
 組織は、運営に当たる人によって大きく変わるものであるが、変える場合には会議の議を経なければならず、その手続きは厳正なものでなければならない。しかし、組織の何たるかについて一向に考えようとしない地方議員はまったく御し難いし、こんな状態では組織が持たないだろう。自民党所属の地方議員だけでは衆院選が戦えないので衆議院候補は競って公明党と維新の会に擦り寄るだろう。そうしなければ選挙が戦えないと言うのだろうが、それでは自民党の組織が衰退するのは当然である。

府議選の結果調
府議会選挙の結果は下記のとおりである。

政 党 名 議席数 改選前議席 新人議員 女性議員
大阪維新の会 57 29 28
公明党 21 23
自民党 13 24

民主党

10 24

共産党

10

みんなの党

社民党

無所属

合  計

109 112 47

 今回選挙前に定数3名を削減し、現在は定数109名となっている。

府議選・党派別得票数・得票率

政 党 名 得 票 数 得票率

大阪維新の会

1,267,695 40,6

自民党

470,399 15,1

公明党

451,846 14,5

民主党

376,383 12,1

共産党

361,792 11,6

みんなの党

23,329 0,7

社民党

9,709
0,3
無所属 153,764 4.9

どうなる、これからの大阪
 問題は、これから橋下知事がどう出るかであるが、彼は早々と「大阪市会で過半数を超えられなかったから選挙は敗北」とのコメントを発していた。聞きようによっては謙虚なようでありながら、やはり不遜なコメントである。
 選挙結果としてその議会の中で過半数を制することが当り前で、それが達成できなければ敗北というのは、やはり不遜であり独裁者的発想である。
 彼は「都構想をいったん白紙にし、他党と話し合いを進める」と発言したが、このコメントは他党が硬化することに対する牽制球であり、政治的手法としては実に上手な対応の仕方である。どこかの国の総理に学ばせたい政治的対応である。
 もし彼がWTCへの庁舎移転の時のような、これを呑まねば出直し選挙も辞さないといった、あの驕り昂ぶった姿勢で議会に臨めば議会が泥沼化することは間違いないだけに“中々やるな〜”と感じさせた。しばらく議会の動きから目を放せないが、話し合う事の重要性を忘れずに各党が対応されることを願わずにはおれない。

これからの大阪・その2
 今年の12月に任期を迎える大阪市長選挙に関して彼の微妙な発言が気になる。大阪市長の任期が12月18日で、大阪府知事の任期は2月5日である。

大阪府の選挙管理委員長の時代に、寒い時期の年末年始に同じ大阪で大きな選挙を二度もやる事の無駄について指摘をし、知事・市長選の同時選挙を提唱したことがあった。

現行法では、任期満了日前30日以内に選挙を行うこととなっており、この規定で計算をすれば市長選挙は12月17日までに、知事選挙は1月6日以降に行わなければならず、これを同時に実施することは現行法上ではできないのである。

これを実現するには法改正が必要であるため、大阪府と大阪市の選管が協議して国に改正を求めるべく話し合いをしたが、何故か市側が同調せず不調に終わった。その理由の一つは、ある政党が個別の選挙でなければ、それぞれの選挙で影響力を発揮できないからだとの憶測もあった。ほぼ間違いのない理由であるが、考えてみると不思議な話しである。当時も今も変わらないが、府と市が円滑に話し合える雰囲気がなかったのも事実であるが、こんな状態がいろんな場面で存在するのである。

知事の任期満了日の前後50日以内に任期満了を迎える市町村の選挙については、知事の選挙に併せて行えることとする公職選挙法の改正案が検討されたが、この案にしても、大阪市長選は、市長の任期満了日以降の選挙とならざるを得ず、この間市長不在の事態が起きるのである。

知事と大阪市長選挙を同時に行うことができれば、投票率の向上が期待されるほか、府市合せて選挙にかかる経費が、大阪市域分だけで予算ベースでおよそ14億5千万円必要であり、それが9億円程度で納まり、約5億円の削減が図られることとなるが、法改正の前段には府・市の合意が前提となるが、現在の大阪府と大阪市の状態ではまず不可能である。

この問題を乗り越えて同時選挙をしようとすれば、知事を辞任し別の候補を擁立し自分が大阪市長に立候補するなら可能である。果たして知事はその選択をするのだろうか。知事が辞任し市長選と同じ時期に選挙をして再度知事選に出れば任期は彼自身の残任期間だけとなる。これではもう一度知事選をしなければならず、まったく意味をなさない。
 最近橋下知事が時折口にする同時選挙は、このメリット以上にもっと明白な政治目的があるのは明白である。だから、考えられる作戦は彼が辞任し、後任に彼の意中の人物を知事選に擁立し、自分が市長選へ鞍替えする以外にはない。

テレビタレントの辛坊治郎氏を担ごうとしているが、現時点では了解が得られていないようである。辛坊は橋下と早稲田の同窓である。彼は2010年9月30日をもって読売テレビを退職し、彼自身が設立したシンクタンクである大阪綜合研究所へ移籍しているが当面は番組出演を続けるようである。
 さて、どうなるのか、平松氏の再選出馬はあるのか、大阪冬の陣は見ものである。

気に掛かるポピュリズムの逆転現象
(この稿以降は前回論文の一部を再掲したものである)
 選挙向けに首長が選挙民におもねる対応をすることがある。理屈はどうであれ選
挙民が喜ぶ施策を打ち上げるケースがこれである。ポピュリズムといわれる大衆迎
合主義であるが、最近の選挙では選ばれる側の迎合というより、選ぶ側の選挙民が
カリスマ性のある候補者に逆におもねる傾向があることである。
 先の総選挙における政権交代だけが謳い文句の選挙結果にも同一性が感じられるし、小泉時代の郵政選挙などを顧みると、何でも良いから小泉が言う郵政民営化以外の主張はすべて拒否する選挙民の感覚はどう考えてもおかしい筈だ。郵政民営化が国政を判断する選択肢である筈がないのに、選挙民は雪崩を打つがごとく対応した。小泉劇場などと揶揄されたが、小泉が残した足跡には功罪相半ばする問題点がある。しかし、そのことは後になって初めて気がつくようで、選挙時には熱に侵されたような反応をしたことに対し、国民は冷静に反芻し反省する必要がある。
 このような流れの中で、最近の選挙で感じられるもう一つの傾向は「プレビシット型」を容認する衆愚政治的傾向があることである。今年の2月に施行された名古屋におけるトリプル選挙はこの典型であった。すなわち彼の主張に反対するのなら出直し選挙をして民意を問うという、一見民主的に感じられる手法は、民意を問うことより自らの権限を強化するために大衆動員をし住民投票を行なうものであった。このような政治手法をプレビシット(Plebiscite)と言い、民主的手法ではなく語源によれば人民独裁制をさすのである。

何が問題なのだろうか
 二元代表制が機能していないとの声が増えてきた。確かに軋轢を深める自治体と、その逆に首長べったりの自治体が二極化してきた。その中でも議会の活性化を目指して頑張っている議会もあるが、いずれにしろ首長選挙に際してマニフェストを提示する選挙が蔓延すれば首長の優位性は益々強まるであろう。議員には執行権がないので公約の実現について具体的な日程の提示など出来ないので概括的な主張しかできず、この点からしても議員に対する首長の優位性は益々高まるであろう。議員の資質にも問題があるが、それ以上に首長の独善性に大いなる問題がある。その上に、そんな首長におもねる選挙民があるとすれば二元代表制どころか地方自治や議会の存在は益々空洞化するだろう。
 政党の最大の目標は政権の確保であり、地方自治体においては地域住民からの負託を具現するための影響力の確保である。だから自らの信念に従って邁進すればよいのである。もし、影響力を発揮するに至らない時は、首長と是々非々の議論を通じて妥協点を見いだす努力をすべきなのである。これこそが二元代表制のシステムが要請する課題なのである。それを、首長側は総与党体制の構築のみを意識し、議員がその後を追いかけるごときは本末転倒の対応である。

 統一地方選は終わり地方自治体に新しい波が押し寄せてきた。従来と同じ対応を繰り返す議員なら首長の独走を許し、地方自治どころか、その存在すら意味を持たなくなることを議員諸氏は心すべきである。

平成23年5月
松 室   猛

                



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