松室猛のTMニ水会定例講演・資料

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全国最年少知事の誕生

1月27日に投票が行なわれた大阪府知事選挙は38歳の橋下徹氏(自民党府連推薦で、公明党大阪府本部支持)が当選した。彼は全国最年少知事である。
選挙結果は次の通りである。

橋下 徹氏   1,832,857票  自民府連推薦・公明府本部支持
熊谷貞俊氏     999,092票  民主・社民・国民新推薦
梅田章二氏     518,563票  共産推薦
(投票率 48,95%   前回比8,46%アップ)

厳寒の最中の選挙であったが、前回投票率を8,5%弱ながら上回ったのは久し振りに3党鼎立選挙であったからだろう。しかし、それでも50%に達しなかったのは地方行政に対する関心の希薄さと言えそうだ。
選挙の序盤戦では民主が推薦する熊谷氏がリードしているとの報道がなされていたが、中盤からは知名度をフルに生かした個人的な魅力で見事に挽回し、大差をつけての当選となった。今回の選挙は従来の選挙と少し違った構図になっている。この機会に様変わりする最近の選挙の実態を考えてみることにした。

今回の知事選に至る経緯
太田房江知事の3選不出馬に至る経緯(12月3日に不出馬表明)
2期・8年間勤めた太田房江知事は、昨年11月までは3選出馬に意欲を示していたが、議会全会派から支持が得られず遂に出馬を断念すると発表した。
その原因の最たるものは、日頃から議会との意思疎通に意を用いなかった事にあるが、その他にも東京都にある母の住むマンションに実態のない事務所を設置し事務所費を計上していたことが発覚したことや、大阪の複数の企業が任意の団体をつくり、その会に定期的に招かれ挨拶程度の話をしただけで多額の講演料を受け取っていたことが問題視された。知事は「法的に問題はない」と釈明していたが、その企業集団の中には大阪府と契約関係にある会社が複数あり、その会に副知事などを同席させていたのは公私混同ではないか、特定企業との癒着だとの意見や、これら一連の事実が発覚した時点での知事の釈明が府民の金銭感覚と乖離があり知事離れが加速していった。
政治的に決定的であったのは、大阪市長選挙で自・公が推薦していた現職の関市長が破れ、民主党が推す新人の平松邦夫氏の当選が確定した時点で候補者の直ぐ横に立ちバンザイをしていたのがテレビや新聞で大きく報道され、自・公の支持者から批判が噴出するに至ったのみならず、民主党からも選挙には全く関わらなかったのに「あれは何だ!」との声があがり、彼女の政治的対応の幼さと拙さが際立つ結果になった。

こんな状態でありながら太田知事は3選出馬に意欲的であったが、当時から自民・公明の両党は太田不支持を決め、候補者の選定作業を水面下で進めていたが、候補者難は今回に限らずなかなかまとまらなかった。そんな情勢の中で民主党も、彼女の金銭疑惑などを理由に不支持を決定したのであった。
これら一連の不祥事が続く中で、結果的にはどの政党も不支持を表明し、後援会の中核を占めていた関西経済界も腰が引け出したのである。
わが国初の女性知事は遂に12月3日の記者会見で3選不出馬を表明したのであった。

知事候補選びの経緯
橋下徹氏の出馬に至る経緯(12月12日出馬表明)
水面下の話だが自民党は選挙の日程が迫っているので、候補者選びの前提として知名度のある候補者を考えていたようであった。新聞紙上では西川きよし氏に出馬の要請をして断られたとか、大学教授の名前も複数挙げられていたが、煮詰まるまでには至らなかった。
下馬評に挙がっていた中の一人に橋下徹氏もあったが、彼をめぐる話し合いの経過には若干食い違いがあり報道にもバラツキがあった。
12月12日に橋下氏は記者会見をして出馬を表明したが、その中で、12月3日に自民党府連の幹部から正式な出馬要請を受けたが、政党の要請を受けて断ることは生意気だと思われることを避けるために、当初から話しはなかったと嘘を言ったと語り、出演中の番組には既に収録済みのものがあり、撮り直しができないものもあることや、多額のペナルティが課されるなどの問題があったことから、マスコミで「2万パーセントあり得ない」などと発言していた経緯を語った。

これらの動きから、自民党筋では彼の出馬は無いものと思い、他の候補者選考を進めていたようであった。
この時点では民主党も候補者を絞り切れずにいたが、自・公との共闘については民主の候補者に自・公が相乗り(推薦)することは容認するが、自・公の候補に民主が乗ることはあり得ないと明言していた。
新聞報道によると公明党は自民党と民主党との橋渡し役を努めると言っていたようだが、公明党の意向はこの時点では明確ではなかったようである。
ところが12月12日になって橋下氏本人が前言を覆して出馬の意向を示したので、急遽、橋下氏を擁立するべきかどうかについて改めて自民党内で議論が展開されることになった。
議論の中には、発言のブレが大き過ぎることや、若過ぎるなどの声が輻輳し、直ちに結論が出る状態ではなかった。
橋下氏は自・公・民いずれの政党にも推薦を求めたいと発言していたが、記者会見の時点では彼を推薦することをどの党も決めていなかったが、もし政党の推薦がなければどうするのかとの記者の問いに対して全くの無所属でも戦うと表明していた。この発言を、彼の意欲と感じたのか、自民党は早速政策について彼の意見を聞く機会をつくり、かなり時間をかけてマニフェストらしきものに関して協議をした結果、了解するに至り党府連として推薦することに踏み切ったのである。
橋下氏は、このようにかなりの曲折を経て自民党大阪府連の「推薦」が決まり、公明党は大阪府本部「支持」となった。
両党の本部が対応を見送ったのは、候補者の性格と持ち味からして政党色を明確にするより地域対応の方が良いだろうとの判断であるようだった。

熊谷貞俊氏の出馬の経緯(12月17日出馬表明)

民主党は阪大大学院教授の熊谷貞俊氏(62)に対し出馬の要請をしており、その都度固辞されていたが、民主党の大阪府連代表の平野博文氏の熱意や「民主党の良識と哲学に打たれた」と語り前向きに検討を約していたが、12月17日の民主党大阪府連の政治資金パーティで正式に出馬表明をした。

梅田章二氏の出馬の経緯
共産党が推薦する梅田氏は昨年9月に早々と出馬表明をしていた。
彼は前回の知事選にも出馬しており2回目の挑戦である。

33年ぶりの3党鼎立選挙
平成20年1月10日に大阪府知事選挙が告示され候補者が出揃ったが、3党がそれぞれ候補者を擁立し選挙戦を戦うことになったのは、実に33年振りである。候補者はこのほか無所属の2名を含め合計5名で選挙戦に突入した。

今日までの大阪府知事選の経緯
左藤義詮氏から黒田了一氏へ(昭和46年)
万博を成功させ意気揚々であった現職の左藤義詮氏が、2万5千票弱の差で共産党と社会党が支援する黒田了一氏に破れ大阪に初の革新知事が誕生した。
この時代から公害問題が大きな争点になってきた。
続く昭和50年の黒田知事2期目の選挙では、黒田陣営から社会党が離れ共産党単独推薦となった黒田氏と、自民党推薦の湯川宏氏、社、公、民3党推薦の竹内正巳氏が選挙戦を戦ったが、結果は黒田氏の再選となった。
この選挙が33年前の政党対決選挙である。
この時以降の知事選は共産党対、その他の政党の相乗り候補との戦いが続いた。

岸昌氏の登場(昭和54年)
黒田氏の3選目には自治省から副知事として迎えていた岸昌氏が知事選に出馬し当選した。その後3期知事を務めた。

中川和雄氏の登場(平成3年)
副知事から知事選に出馬したが、1期目に政治資金の不正疑惑が発覚し1期で退陣。

横山ノック氏の登場(平成7年)
中川知事の再選不出馬をうけて横山ノック氏が名乗りを上げ当選した。
議員ならまだしも、行政のトップを決める選挙にお笑いタレントが出馬することに対して大きな違和感と抵抗があったが選挙結果は50万票を超える大差で当選した。
しかし、1期目を終わり2期目の選挙戦の最中にハレンチ事件が発覚し、当初は全面否認していたが、平成11年12月末に遂に事実を認め2期目の当選後9ヶ月ほどで辞任した。

最近の知事選挙で政党推薦を受けない唯一の候補は、平成7年の中川和雄氏の引退後の選挙の際に立候補した横山ノック氏だけである。
このときの選挙は自・公・民の推薦候補がなかなか決まらず、難産の結果、前・環境庁事務次官の平野拓也氏擁立を告示直前に決めて選挙戦に臨んだものの、お笑いタレントの抜群の知名度が功を奏してノック氏の圧勝に終った。

太田房江氏の登場(平成12年2月)

ノック知事の突然の辞任を受けて候補者選考に入ったが、候補者の選考をめぐり自民党本部と府連が反目し分裂選挙となった。簡単に経緯をたどれば、府議会議員団に対しては何の話し合いも無く党本部が独断的に候補者を選考し新聞紙上で発表するという暴挙があった。
この動きに強く反発した府議団は府連所属の国会議員が党本部寄りの対応をしたことなどに反発し、府連に働きかけ府連の機関の議を経て府連独自候補の推薦を決定し選挙に臨むことになった。時の府連会長は中馬弘毅氏であったが、彼を解任し府連として推薦を決定したクーデター的対応は自民党府連の歴史に残る動きであった。
その結果、府連内部では地方議員対国会議員に分かれた選挙となった。自民党府議団は清風学園の平岡龍人氏を擁立し選挙に臨んだが太田房江氏が当選した。
府議会議員団として府知事候補の選任にあたり明確な意思表明をするのは当然であり、この対応をしないければ不作為責任を問われることになるだろう。
太田氏の2期目には若手の自民党議員が江本孟紀氏を担ぎ選挙となったが、彼の担ぎ出しは太田氏ではダメだとの声が議会内に充満していたからであったが選挙結果は太田氏の圧勝に終った。

知名度だけを頼りにする候補者の出現
別次元での知名度を活用する選挙が都市部で多く見られる風潮が続き、大阪府知事と同じく東京都でも青島幸雄氏が知事に当選した。
この風潮が蔓延しだしたのは、参議院選挙の全国区制度があった時代からである。ノック氏が参院選に出て当選したのを皮切りに、地方区でも西川きよし氏などの知名度を誇る候補者が相次いで当選したが、ノック氏が不祥事を引き起こして辞任に追い込まれて以降、芸能タレントの選挙への出馬が途切れていた。
しかし、タレント候補とは何をもって言うのかは問題だが、宮崎県の「そのまんま東氏」などは、完全にお笑いタレントとしての知名度を生かした選挙戦であったことに違いはない。
政治や行政とは別の次元で知名度が高い人を候補者に選ぶ傾向は顕著であり、昨年暮れに行なわれた大阪市長選挙でもMBSのニュースキャスターの平松邦夫氏が現職を破って当選しているのもこの事例と言えるだろう。

なぜ、このような風潮が出現したのだろうか
この風潮を選挙民に言わせれば、役人上がりの行政のベテランによる前例踏襲型の硬い発想よりも、身近で柔軟な発想をする行政の素人の方が新鮮で時代にフィットしているように思えることにあるようで、経験だけを売り物にする候補者が嫌われる風潮は顕著となってきた。
昨年の参院選挙で「姫の虎退治」で有名になった参院の実力者片山虎之助氏を破った姫井由美子氏などを支持する風潮はそのものズバリではないだろうか。

もう一つ最近の選挙の特徴は、候補者本人の資質や地元との係わりとは関係なく所属政党だけで選ばれたりする、いわゆる「風による選挙」である。
郵政選挙と言われた先の総選挙では、自民党は郵政改革反対を表明した現職議員の選挙区に、その地域と全く関係のない刺客を差し向け大量の当選者を生み出したり、大阪における先の参議院選挙ではを全く無名の民主党候補が大量得票で当選するなど、従来型の地域密着型のベテラン候補より「風」だけで当選する若い新人議員が続出している傾向は、小選挙区制によるものでもなく、政治家の責任だけでも片付けられない問題を包含していると言えそうだ。

従来型の選挙は影を潜めつつある
選挙を経て議席なり首長の席を確保するには、先ずその地域に密着し、地域に精通することが大前提であった時代は過ぎ去ったようである。
しかしこの傾向は大選挙区でその傾向が著しいが、小選挙区の衆院選挙でも同じような傾向が見られることをどう受け止めるべきか、実に悩ましいところである。
主義主張だけで候補者や政党を選択するほど選挙民の意識が成熟したとも思えないし、依然として無党派層が多いと言われる状況の中で、この傾向を読み解くのは大変難しいことである。なぜなら無党派層の増加は政党に対する不信任の証であるとも言えるが、それなら候補者よりも政党を選ぶことになるのはどうしたことか、益々分からなくなってきたのが最近の選挙ではないだろうか。

従来型の日本の選挙風土は、政党も選択肢ではあるが個人的な好感度で選ぶ傾向が強かったが、政策を中心に政党を選ぶ傾向が多少出てきたことは選挙のあり方としては進歩したと言えそうだが、それでも地域における政党の評価は極めて低いと言わねばならないのは事実ではないだろうか。

ようするに選挙民の民度なのか、ニーズなのかは不明だが、漠然とした雰囲気や評判のようなものがファクターとなる傾向がある。これがいわゆる「風」であるようだ。
また、ただ単に「知っている」と言うだけで、行政能力などに対する評価抜きで選択する傾向をどのように理解したらよいのか、このような状況から最近の選挙の事前予想はかなり難しくなった。

また、選挙に付き物であった各種団体の推薦などもさほど意味を持たなくなってきた。今回の橋下候補を支えたのは自民・公明の両党ではあるが、あくまで表面に出ず黒子に徹していたのは象徴的で、事務長他のスタッフも候補者の仲間のボランティアが担当し、議員他の政党関係者は連日事務所内での選対会議などを通じ実質的には取り仕切っていたようだが、表面には一切前に出ることをせず、街頭演説でも政党人は一切マイクを持たず、ポスター貼りだとか、衆議院選挙区単位で演説会を1回開催した位で、街宣車などは政党が貸与していたが、党名を消して使うなどの徹底振りであった。

裏方では経験豊富な政党人の意見が中心に采配が振られていたし、数多くのボランティアが活動していたのは事実だが、「選挙と葬式は本人が出来ない」と言われた従来の選挙の常識が、大幅に覆された選挙が橋下候補の選挙であったようだ。

このような選挙は知名度と彼の独特のキャラクターがあればこそであるが、地方議員選挙では依然として「どぶ板選挙」でなければ勝てないのも事実である。

熊谷候補の陣営は、先の参議院選挙の圧勝の余韻に浸りながら、党首をはじめ主要幹部を総動員しての戦いであった。支援団体である連合の組織を動員したりする戦術は、地方自治体の選挙を国政選挙と同一視する過ちを犯し、候補者の適格性にも問題があったようだが、各所で齟齬を生み、支援政党である民主党の評価を下げる結果になったようだ。

いずれの機会にか、地方選挙と政党の対応について考えてみたい。

理解しがたい選挙の例
理解しがたい選挙の例としては郵政選挙があるが、郵政民営化が国家にとって喫緊の課題とは到底思えないが、それに対する賛成・反対だけで選挙民が選択する選挙など本当に正しいと言えるのだろうか。それでも時の勢いと言うべきか、風が吹きまくり驚くべき選挙結果を生み出したのである。
このように知名度だけの人気投票的な選挙や、それ程の争点でもない論点が風を生み当落が決まる風潮がある限り、選挙は益々判らなくなり、こんな風潮の中では本格派の候補は出馬しない傾向は続くだろう。

大阪市長選挙で当選をした平松邦夫氏をめぐり浅田府議のブログで「素人論」が展開されているが、まったく行政に関する知識の無い人は「素人」と呼ぶしかなく、その意味からすればその自治体の議員としての経験を積んだ者が出馬するのが望ましく、即戦力になると思われるが、なかなか実現しないのはやはり知名度優先の風潮が根強いからに他ならない。

考えてみると選挙民にとって選挙とは、立候補した者の中からしか選択できないだけに、行政手腕や能力を選択肢に出来ず、今までの違う分野での実績から、今後の可能性に期待することぐらいしかないのは選挙民にとって難しく辛いところである。
また、今回の大阪府知事選挙は、混迷を深める中央政界の陰を引きずっており、年内に衆議院選挙があると予測されることから、本来は次元の違う地方自治体の選挙に政党の論理が見え隠れすることが気になった。
前述した候補者選考段階での民主党の対応は、自派の候補者に対する絶対的な自信であるなら結構だが、この言い方は「ここまで来いの話し」でしかなく、本当の意味で大阪のために評価できる人物があるのなら超党派で推挙すれば良いのであって、こちらに乗ることは認めるが、そちらに乗ることはあり得ないと候補者が確定していない段階で断定するのは唯我独尊以外の何ものでもない。こんな政党が評価されることなどあり得ないと思うのだが、何れにせよ政党がこのような次元で政局と選挙のことしか考えない傾向は政党離れを加速するだろうし、信頼を失うことになるだろう。

気になるマスコミの動向
今回の選挙に関して選挙が始まる前に、関経連のトップが特定候補のマニフェストが一番良いと発言したことを新聞の一面トップで取り上げていたが、これなどは新聞の取り上げ方として決してフェアーなものとは言えない。
記事中に経済団体の意見を紹介することは新聞として当然の対応だが、一面トップの、それも見出しに書くことは問題ではないか。
マスコミの取り上げ方が選挙の結果を左右しかねない影響力を持っていたのが多少色あせてきたのも事実である。
しかし、主張を持った新聞が散見されるが、新聞読者が期待しているのは事実の報道であり、「主張」と「報道」とを明確に仕分けすることが大切であることを忘れないで欲しいものである。

マスコミで名を売った候補者の問題点
今回の選挙で気になることは、橋下氏はある意味ではマスコミの寵児であるだけに、知事に就任後にマスコミが彼を利用してマスコミ好みのドラスティックな改革をけし掛けることがないかという懸念である。
また彼の気質からして、それに乗る可能性があることも懸念されるところではないだろうか。
彼の主張は府の職員のみならず、時には議会との軋轢を生むことはしばしばあるだろうが、これを諌める動きに対して、ノック知事の時代にもあったが、「知事いじめ」などと称してマスコミが不必要な擁護をすることも注意する必要がある。マスコミに共通するのは、自らの主張を人を介して形にしようとする傾向と、向こう受けを狙う傾向が強く、その仕掛けに乗らさないことも彼を知事として大成させるために必要なことである。

今回の選挙は、彼の知名度と爽やかさを感じさせる個性と、裏方として支えた政党人の複合力によって見事な成果を収めたが、知事としての実績は全くこれからの対応如何だが、しっかりとした補佐役がおれば、彼は大ばけして素晴らしい知事になる可能性を秘めていると言えそうだ。

大阪の明日を彼に託すことになった選挙結果であるが、何といっても大事なことは二元代表制の中で議会が果すべき役割が、従来にも増して重要性を増してきたことである。
与野党の呼び名が通用しない地方議会において、選挙の際の対応がどうであったなどは別次元の話か、過去の話しにして、常に緊張感を持って「是々非々」の対応を続け、大阪に活力を呼び戻すために時には、激烈な議論を展開する関係を府民に見せて欲しいものである。


参 考

大阪府の有権者総数

  6,994,848人

大阪府知事選挙候補者一覧・届出順(平成20年2月27日執行)

梅田章二 (57歳)

共産党推薦 弁護士

橋下 徹 (38歳)

自民府連推薦・公明府本部支持 弁護士

熊谷貞俊 (62歳)

民主党推薦 元阪大大学院教授

杉浦精一 (59歳)

無所属 保護司

高橋正明 (65歳)

無所属 元中学教師


知事選挙に必要な経費

供託金 300万円 有効得票の10分の1以下の場合は供託金没収
法定選挙費用

6千50万円

選挙執行経費 26億8千862万円 (予算ベース)

大阪府知事選挙の歴代投票率・当選者・得票数

昭和46年 63,06% 黒田了一氏当選 (1.558.170票)
昭和50年 66,27% 黒田了一氏当選 (1.494.040票)
昭和54年 60,74% 岸 昌氏当選 (1.792.856票)
昭和58年 60,74% 岸 昌氏当選 (2.173.263票)
昭和62年 56,65% 岸 昌氏当選 (2.224.379票)
平成3年 49,68% 中川和雄氏当選 (2.064.708票)
平成7年 52,27% 横山ノック氏当選 (1.625.256票)
平成11年 53,24% 横山ノック氏当選 (2.350.959票)
平成12年 44,58% 太田房江氏当選 (1.380.583票)
平成16年 40,49% 太田房江氏当選 (1.558.626票)
平成20年 48,95% 橋下徹氏当選 (1.832.857票)

以  上

資料作成 松 室  猛



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