店主つぶやき日誌(毎日更新しています)

  2003関西の明るい話題は阪神タイガースの活躍だけですか)
 
店主のつぶやき日誌の
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1400……10月2日(木)
ダイエーが優勝してようやく阪神の相手が決まりました。

ともに西日本の球団。経済。政治、文化などすべてが東京に集中している現在に、東京の球団が入っていない今年の「日本シリーズ」は愉快で仕方ありません。(東京では盛り上がらないでしょうねえ)。

今年タイガースはようやく300万人の観客を集めましたが、ダイエーは3年連続で300万人の観客動員を誇っています。九州のファンも熱いものを持っている人が多いのです。2度目の対決となる王監督と星野監督。いずれも優勝を狙っています。

で、今日のニュースステーションで久米宏が言っていましたが、巨人の堀内新監督は"つなぎ"でいずれは王に監督就任をするのだというウワサがあるとのこと。そんなのってアリですか。まあ、堀内監督では来年の巨人はますます混迷しそうな気がします。なにしろ彼はV9神話の国の住民でしかすぎませんから。 
1399……10月1日(水)
「閉まってますよ」。

カルメンに来てスタッフに教えられて気が付きました。カルメンの東隣りにある"がんこ"が昨日をもって閉店という表示です。つい数年前に全面改装してお客さんも入っているようなイメージだったのです。地下と二階が団体さんむけのスペースだっので、団体さんの入り込み数が減少したのかもしれません。炉端や居酒屋は、入店するのに敷居が低いので、この不況下に有利だと思っていたのですが、やはりそれ故にちゃんと他店と差別化しないと、有名チェーン店でも潰れてしまうのですね。

1398……9月30日(火)
半期のおしまい。

今日、経理担当者は多忙ではないでしょうか。税金の支払い、半期の締めなどなど経営する者にとって、この日は目まぐるしく忙しい日だと思います。

3月決算の会社も半期の数字の締めとなる日です。気のせいでしょうか、帰宅するする時、三宮周辺に背広族が多くみられました。ほっと安心したのでしょうか。夜に背広族が多く見られるのはそう多くありません。

1397……9月29日(月)
カルメンの定休日。

FMわぃわぃ「南の風」の生放送の日です。今日はベテランから新人まで心憎いばかりにキャスティングされた奄美シマウタのCD新譜をかけました。

番組終了後、局の編成担当責任者のH氏と打ち合わせ。10月17日から始まるクルーで大幅な番組変更があり、「南の風」は午後4時から午後1時からの放送となるとのことです。そして同日再放送していたのを、土曜日の午後7時からに変わるとのことです。

詳細は後日たっぷりと書くことにしましょう。

1396……9月28日(日)
スペイン産チョリソーを仕入れました。イベリコ豚ですので、本格的な味です。

スペイン産生ハムについては、納得のいく商品は10月以降の入荷ということで、まだ購入していません。

チョリソーは使い勝手の広いスペイン料理の基本食材です。これから秋本番になりますので、チョリソーを使った料理のレパートリーが増えるのが、筆者自身頼みにしているのです。

1395……9月27日(土)
長期アルバイトの送別会をカルメン近くのスペイン・バル風の店でしました。

最近増えている業態です。カルメンのスタッフは何度か訪れているようです。ピンチョスの串もスペインのものを使うなど、細部に気を遣っています。ただ、スペイン料理専門ということではなく、ワインもヨーロッパ各地のものを置いています。

今日、パレスティナ出身の思想家・サイードが死去したとの報。早く『オリエンタリズム』を読了しなければ。

1394……9月26日(金)
気が付いてみると、すっかりコンピューターの雑誌を見なくなりました。

原因はMAC系の雑誌がほとんどOSXに移行してしまって、OS9を使っている筆者にとって参考になることが少なく、興味がなくなってしまったのが原因なようです。筆者の周囲ではOS9を仕事に使っている人が多く、X (テン)の情報といっても関係ないのです。マックとしては早くX (テン)に買い換えさせたいのでしょうけど。
1393……9月25日(木)
西川長夫氏の『国境の超え方』(平凡社ライブラリー)を、詩人で現在立命館大学文学部大学院に在籍している福田知子さんに買ってきてもらいました。

同書は国民国家を考える際の基本テキストの一つで、是非読みたかったのですが、版元は品切れ状態。ネット書店でも同じ表示です。でも、西川氏が所属する立命館大学では在庫があるかもしれないということで、福田さんにお願いしていたのです。現在は原稿がたまっているので無理ですが、読破したい本の一冊です。
1392……9月24日(水)
カルメンの休みの日。

土砂降りの雨の中、釜ケ崎へいきしまた。同行したのは、大阪日日新聞のO記者。「釜ケ崎ふるさとの家」というところで神父をされているH氏に会うためです。

ここはフランシスコ会というイタリアのアッシジに本部があるカソリックの教団が運営しています。多くの労働者が1階、2階の休憩室に所狭しと座っています。H神父は、フランシスコ会の日本管区のトップに登りつめながら、(本来なら出世コースをばく進してアッシジ本部での役付けとなる可能性も少なからずあった)、釜へ入った人です。

この人、奄美大島笠利町の出身で、大笠利教会で洗礼を受け、本人でキリスト者として4代目にあたる人です。
1391……9月23日(火)
この日もカルメン、営業しています。

10月からのメニューを考えました。ガスパッチョは近年、9月の中頃に終わるようにしています。以前は10月末までしていたのですが、10月下旬となるとかなり寒くなり、この国では冷製スープはかなりきつい。9月に入って惜しまれつつなくなるのが良いと判断したのです。

10月から登場するのは、スペインのイベリコ種豚から造られたチョリソーを使った料理、いま大流行のピンチョス(楊枝を刺した一口おつまみ)などを新しいメニューとして入れます。その時はお楽しみに。

1390……9月22日(月)
営業しています。

秋の新ワインの一環として、ロサード(ロゼ)ワインを仕入れました。ナバーラ地域の"Castillo Irache"という名です。もともとナバーラは、リオハ近郊にあって、ロサード(ロゼ)ワインを造り続けた地域であったのです。つまりリオハと棲み分けをしていたといえるでしょうか。筆者がスペインワインを勉強し始めた時、ナバーラはロサード(ロゼ)ワインの産地として覚えていました。

しかし、世界的な赤ワインブームと、ナバーラ内の意欲的なボデガ(蔵元)の頑張りによって、リオハと比肩してもいい赤ワインの産地に成長しました。そうなると反対にロサード(ロゼ)ワインをあまり造らなくなってしまったのです。しかも世界的にロサード(ロゼ)ワインの消費量が落ち込んだこともあって、著名なナバーラやシガーレのロサードもなかなかこのJaponに入ってこかったのです。

これだけ赤と白だけに席巻されているワイン市場をみていますと、反対に天の邪鬼風にロサードを薦めたくなるのです。

1389……9月21日(日)
50年前ということを考えてみます。

敗戦直後に喪失感と、それでも何か新しい時代が始まるのだという期待感。その両方が入り交じったアナーキーな時代だったのでしょうか。戦争遂行のために国家全体が武装していたのが、すべて価値観が否定されてしまった。しかし民主主義という新しい目的が目の前に提示されたことによって、それに向かって"一丸"となってしまう国民性。

この神戸でも米軍の空爆によって街は灰燼に帰し、多くの犠牲者が生まれたのですが、最初は復興はなかなか進まなかったようです。1950年の朝鮮戦争勃発を経て、高度経済成長の1960年代半ばまで、この街の復興は牛歩の歩みだったのではないでしょうか。

だとすると、阪神大震災と不況の波をもろに被っている現況から脱するには、なにか大きなキッカケ、またはまだ少しの時の経過が必要なのでしょうか。神戸の中心街はまだ専門学校が集中していることもあって若者が多く活況を呈しています。今の神戸はマイナスばかりではないのです。次代を担う20歳前後の若者たちが、新しい神戸の文化を創っていってほしいものです。筆者のような中年オジサン、オバサンたちはそれなりに現在進行形で神戸の文化を創出していっているつもりなのです。

1388……9月20日(土)
筆者は決してパソコンの文字打ち込みは早いほうではありません。ひらかな入力ですし、指の3〜4本程度しか動かさないためです。しかし考えながら打つのにはこの程度でいいと思っています。

困るのは、活字原稿をパソコンに打ち込むという作業です。こういう時は筆者スタイルの人は、その遅さがハンディになります。そういう時に役に立つのが、スキャナーで文字を読み込むソフトです。誤字率が1000字のうち3%というのですから、決して少なくはありません。手の早い人なら、こういうスキャナーは不要なのですが、やはり筆者にはありがたいのです。
1387……9月19日(金)
タイガース礼賛の記事が新聞各紙を埋めています。

滅多にないことなのでうれしさも倍加するものでしょうし、弱いことになれているオールドファンのためらいの声も新聞は拾います。

で、オリックスはいったいどうなるのでしょう。ひっそりと今年も最下位です。読売に総括記事が載っていますが、なにしろ投手崩壊です。かつての常勝チームがいまではパ・リーグのお荷物球団になっています。球団経営はビジネスライクでうまくいっているのでずが、いかんせんファンの心をつかむ手法は計数化できないこともあってか、熱心ではないようです。ビジネスマンの発想と支配による球団といった観があるオリックス。今度も関西と縁のない伊原西武監督が就任。GMに中村勝元阪神監督が就任するのですが、果たしてファンの気持ち(つまり球場に足を運びたいと思わせること)をつかむでしょうか。

1386……9月18日(木)
原稿書きで、頭がいっぱいです。

8月末から本当は書き出さなくてはならなかったのですが、どうしても子ども達の夏休み宿題についてアドバイスする父の役割の重さから解放されずに、9月に入ってからの開始となったのです。今回は多くの資料を読み込んだ上での執筆なので、時間がかかります。筆者は時々几帳面なところがあり、5枚の原稿でも相当長く時間をかける場合があります。

ゴールまでまだまだ資料と格闘しなくてはなりません。
1385……9月17日(水)
昨日、休みを利用して井筒和彦監督の「ゲロッパ」を観に行きました。とてもファンキーな内容で、おいしく鑑賞できました。大阪っていうのは、立派に映画の舞台になるのですね。

突然踊り出すのは、インド映画ばかりと思っていましたが、大阪がもっているハチャメチャなアナーキーさに合うのです。

1384……9月16日(火)
カルメン休みの日。

昨日から今日にかけての深夜番組を見ていると、飛び込むわ飛び込むわ。待ってましたといわんばかりに、道頓堀川に若者を中心に5500人が飛び込みました。川に入って上がった瞬間に御用。5500人という数字はご丁寧にも警察がカウントしたのですね。しかし、関西はオモロイ人たちが多いですね。女の子同士で飛び込んだり、すっぽんぽんで飛び込んだり、10人ぐらいが手をつないで一斉に飛び込んだり。マスコミは建前上、「危険なことはやめてください」と言うのですが、絵的にはこれほど面白いことはないでしょう。

おそらくこの飛び込み。東京という管理社会が完結している都市の住民からすると「あれが同じ日本か」と思うでしょうね。

1383……9月15日(月)
タイガース、優勝しました。

18年ぶりということ。阪神ファンの皆さん、おめでとうございます。
筆者も息子たちを連れて今年は燃える甲子園球場の雰囲気を享受させていただきました。息子達も魅力あるイベントには付いてくるものなのですね。

タイガースが優勝する年は日本経済の転換点になると言われています。なんとかこの良きジンクスが本当になってくれればと思っています。

昼間の試合が終わっても、ヤクルト戦の結果を見るために多くのファンが甲子園球場に残っていたようですが、一組だけ夫婦が甲子園で野球を観てきました、と言った後で、「でもカルメンに来たくて抜けてきました」と。嬉しいですね。
1382……9月14日(日)
ソフマップ神戸店(JR神戸駅のハーバーランド)で買い物です。

大きな店ですね。三宮にあるどのパソコンショップよりも大きい。兵庫県下でも面積からすればトップクラスでしょう。

本日購入したのは、外付けハードディスク。160Mの容量です。音楽を編集しようと思ったからです。筆者が録音している奄美のシマウタをCDに焼いて保存しておくためにも、大きな容量のハードディスクが必要なのです。なにしろ筆者の持っているマックのハードは3メガしかなく、今の音楽、映像を扱うブロードバンド時代ではもう「時代遅れ」なのです。

このハードディスクを実際に使ってみて分かったのは、Firewireは早い、ということです。USBならコピーに10分かかるところをFirewireでは1分で終わってしまう。驚異的な早さです。
1381……9月13日(土)
ジュンク堂へ行ってました。

原稿がたまっている時は、本選びに熱がはいらないものです。「こんなことをしている場合ではない」とそそくさと書店を去ることになるのです。

今日は、そんな気分の中、筆者の知り合いが何人か執筆しているNTTが出している雑誌の沖縄特集を購入。ひょっとして復帰30年の去年に刊行したかったものかもしれません。こんな感じで奄美特集ってないのかしら。

1380……9月12日(金)
昨晩のこと、延長戦に入った阪神・ヤクルト戦が気になって帰宅後、テレビをつけたところ、「午後10時半からテレビ見るからね」と家族の者に一方的に宣告されました。なんでもドラマの最終回だそうで、雁首そろえていつも見ています。

筆者も独身時代はよくテレビドラマを見ましたが、今は全くみません。帰宅時間が不定なのと、現実の方がよほどスリリングで、現実というドラマに投与しているという自覚がある分、あえて作り物のテレビドラマを見なくてもいいのです。もっと言えば、現実というドラマで毎日神経をすり減らしているのに、あえてテレビを見てまで疲れたくないということです。

振り返ってみれば、筆者がテレビドラマを見ていた年齢は、テレビドラマを現実社会のシュミレーションだとみなしていたと言い得るのかもしれません。だとすると、40を過ぎてもいまだテレビ・ドラマを見続けている"連れ合い"の精神的年齢はどう解釈したらいいのでしょう。

テレビの前から追放された筆者、仕方なく隣の部屋でラジオで聞きます。すると長男が「うるさい」。こちらも意地になって、ボリュームをあげてやりました。二つの部屋を仕切る戸をけたたましく閉める音。まったく父親というのは、どこまで立場が弱いのでしょう。試合は12回を終わって決着がつかず引き分け。マジックが一つ減ったのはいいものの、釈然とせず気分は悶々です。

1379……9月11日(木)
米国同時テロから2年。

9.11の記憶は、アメリカ社会に大きなトラウマになっているようです。ニューヨークの株式市場は大幅下落。テロの元凶とされたアフガニスタン、イラクの両国家は、アメリカを主体にした軍事力によって、壊滅させられてしまいましたが、テロの首謀者といわれているオサマ・ヴィン・ラディン氏、オマール師、テロ支援国家イラクの元首フセイン大統領も、米軍に「未発見」のままです。いったいアメリカは何を目指したのでしょうか。

今日のような象徴的な日に、もうひとつおめでたい象徴が誕生しました。スタッフのH君の第一子が午前3時に産声を挙げました。長男。母子共に健康です。

1378……9月10日(水)
夜明け前、打ち付けるような激しい雨。

雨が降り続き、曇り空です。昨晩は暑く寝苦しく、クーラーをタイマーが切れては付け、切れては付けいました。することが貯まっているのは、数日前にお知らせしましたが、今朝はようやく一本のメールを出しました。毎日少しずつ、仕事はこなしていかなくてはいけないのですねえ。

としているうちに、昼前、東京から一本の電話。原稿依頼です。書くべき原稿がたまっているのに、受けてしまうというこの筆者の性格。大学時代に時々購入していた雑誌だけに、筆者に執筆のお鉢が回ってくるのは滅多にないことだと感激して、引き受けてしまったのです。あ〜あ、これでまた睡眠時間が減ってしまう。本も読まなくてはならない。

1377……9月9日(火)
昼、大阪心斎橋のホテル日航で開かれたスペインワインの商談会に参加。一年ぶりにあった業者の人たちとワイン情報のやりとり。会場では、筆者がワインの"師"とあおぐ人にナビゲートしてもらい、達人が注目するワインを筆者も味わい、味の訓練をしたのです。

今年はスペイン料理ブーム、スペインワインブームということもあってか、去年より多くの来場者がやってきたようです。筆者が注目したのは、2001年もののホーベン。(最近、熟成なしのJovenとSin Crianza の区別をつけようともう一つ別の呼称を考えたり、Jovenに統一しようといった動きもあるようです)。DOとして気を吐いていたのは、Toro。ここの進取な勢いは定着した感があり、1999年のTinto Crianzaも素晴らしい出来でした。そしてこのDOはなんといってもラベル・デザインがお洒落。いままでのスペイン・ワインのワンパターンな意匠とは別世界のような、イタリアワインと思ってしまいそうな斬新性が魅力なのです。

この他も気が付いたことがあれば報告することにしましょう。

1376……9月8日(月)
寝ぼけ眼に一本の電話。「取材にお伺いしたいのですが」。A新聞福岡本部のH記者です。「それでは今日、FMわぃわぃの放送が二回ありますので、その時に合わせて神戸の鷹取まで来てください」と筆者。

8月からこれで九州からわざわざ筆者のいる神戸に出向いた記者は三人目。全員が女性。このごろ女性ジャーナリストの活躍が目に見える形で見えてきます。

「南の風」第一回目の放送は、今年出された奄美島唄CDの新譜紹介。朝崎郁恵さん、築地俊造さんのそれぞれのソロアルバム。そしてオニムバスでありながら、目配りの効いたメンバーで楽しませてくる一枚。それぞれに現在の奄美の在り方を教えてくれて貴重です。

二回目の放送は、徳之島の天才唄者・中島清彦氏の特集。去年の奄美民謡大賞の「対象」に輝いたという実力は折り紙つきの唄者です。残念ながら、まだCDは出ていないので、筆者が3年前に徳之島で録音してきた数曲と、米里輝三氏から提供していただいた私家版「中島清彦特集」を活用して、どこよりも早く特集を組んだのです。

二回目の番組前に到着したH記者もスタジオ内で、番組見学。番組終了後、局近くの飲み屋で歓談。明日の午前中に取材があるというので、最終の新幹線"のぞみ"に乗って福岡に帰っていきました。

でも、筆者を取材した記事はどういう風に載るんだろう。

1375……9月7日(日)
昼から、若者があつまる某所に行って2時間ほどしゃべり通し。

筆者はどちらかというと早口です。それによくしゃべる方です。そういう人には、おしゃべりな友達が寄ってくるもので、寡黙な日本男子のイメージからかけ離れています。機関銃のように次から次へとしゃべり続ける友人も少なからずいて、そうした人たちに付いていけるように、こちらも日頃訓練しておかなくてはなりません。

しゃべりすぎると顎が痛くなるのですが、それでも一度調子にのると、長時間しゃっべっても苦痛にはならないのです。いまのところ"連れ合い"より多弁。「あんた、よお、しゃべるなあ」と呆れられています。

1374……9月6日(土)
9月に入って、今年もあと残り少なくなると、今年中にやっておかなければならない仕事が、どーんと筆者の前にたちはだかるようになり、少々鬱気味。

こういう心理状態になっている時は、何から手をつけていいのか分かっていない時の漠然とした不安で支配されている時なのです。

これで秋らしくなってくるとますます大変。睡眠時間を減らして仕事をこなさなくてはならないので、体調の維持が大切です。このごろ、過食の傾向で、身体が重いのが気がかりです。

1373……9月5日(金)
小型のイルカであるスメナリについての話です。

去年12月31日の朝日新聞の記事なのですが、Japon沿岸に約18.000頭のスメナリが棲息していると推測される、と東大海洋研究所の白木国雄教授が発表したと報道しています。スメナリの棲息地域は、(1)仙台湾から東京湾、(2)伊勢湾・三河湾、(3)瀬戸内海から響灘、(4)有明海・橘湾、(5)大村湾(長崎県)といった五つの地域に分かれているそうです(日本海側には棲んでいないのですねえ)。調査方法は各海域の水深60メートルまでの沿岸を軽飛行機から観察するというものです。

スメナリは沿岸を好むイルカで、このために人間の生活様式の変化にさらされます。つまり海が汚れると、スメナリは棲めなくなり、個体数が減っていきます。ある海洋生物学者は、スナメリが棲んでいそうな海域に潜っては生存を確認します。いちばん早い聞き取り方法は、漁師たちに聞くことだそうですが、最近は目撃者がめっきり減っているのです。若い漁師ほど目撃者は多くありません。しかし、海洋生物学者の直感的な目線と、スナメリが好きそうな場所に行ってみると、意外といくつかの個体数を発見できるのです。

その人が、関西新国際空港島の周辺に潜った時、大阪湾は魚種が少ない痩せた海域だったのですが、スナメリはちゃんと生きていて、泉南の漁民たちは、スナメリを"なみうお"と呼んでいるそうです。いい語感ですね。波に乗る、波と同化してやってきて波と遊んでいる、そんな印象が"なみうお"という呼称に込められているのでしょう。時に漁の邪魔になることがあるそうですが、小型イルカが、われわれ周辺海域に棲んでいると分かっただけに嬉しくなります。

筆者はかつて神戸市垂水区に住んでいたことがあり、JRの電車から海を眺めていると、魚にしては大型の生物が海面から顔を出している姿を見たことがあります。一瞬のことだったので、夢かとも思ったのですが、いまから思えばそれはスナメリだったのかもしれません。須磨沖には今でもスナメリは元気に泳いでいるのでしょうか。

1372……9月4日(木)

朝、拙宅を通勤のために出ると、何十もの数のトンボと遭遇しました。これだけ一気に大量のトンボを見るのは珍しい。なにか会議でもするかのように、集まっています。偶然の集合なのでしょうか。トンボは啼かないので、何のためかという符丁を読みとることは出来ないのですが、ある意思をもって集合しているのかもしれません。
このトンボも幼態は水中生活者でした。成体として空を飛んでいるものとしては蝉と同族です。蝉の幼態は土中で暮らしています。水と土の中で暮らしていた昆虫たちが空中で巡り会う。しかも同じ時期に。生き物というのは多様ですね。

1371……9月3日(水)
本日来店されたお客様は、タブラオの"ロス・ヒターノス"で発表会を催されたフラメンコの一団でした。その中に筆者の知り合いが一人。カンテの岡本進さんです。エルカルダモモのフラメンコディナーの時にも、素晴らしい喉を披露してくれました。

ロス・ヒターノスは毎週水曜日が定休日ですが、この休みを利用して、店を借り切ってバイラオーラの藤峰あや子さんの"還暦"を祝う意味も込めて発表会を行ったさうです。田中よねさんさんもバイレとして参加。カルメンには、発表会の後の食事に来てくれたのです。ギターラは藤塚栄二さんと川添一郎さん。

1370……9月2日(火)
猛暑が続きます。

筆者が利用するJRの駅を降りたところにあるメキシコ系居酒屋さんがどうも店じまいしている感じなのです。この店のすぐ北に位置するビルに入っていた居酒屋が二つとも店じまいをしてしまったのに続いてのことです。筆者も考えてみれば、仲間達と飲酒をする時は、いつも使っている出口のほうではなく反対方向の店を使うことが殆どです。そちらの方が学生が利用する店が多いこともあって、比較的安いのです。

さてさてまだまだ不況は続き、大変という状況は変わりないのです。

1369……9月1日(月)
カルメンの定休日。

FMわぃわぃ「南の風」の放送日です。

ゲストは、下関市立大学経済学科の高嶋正晴助教授。奄美出身の若手による音源を持参してもらい、今年の奄美島唄について、また復帰50年を迎える奄美の現状について語ってもらいました。

番組終了後は、番組見学をしていた女性(立教大学大学院生)とその友達との四人でいつもの定番のコースであるJR鷹取駅前にある立ち飲み屋さんに。少し奥まったコーナーに詰めて生ビール片手に論じあいます。こうしたこの国典型的な立ち飲み屋さんというのは、男性がお客さんが中心であるために、女性を連れて行くと、珍しいために、感激する人が多いのです。安くて美味しいアテ。一杯のビールと一皿のオカズを飲んで短時間で立ち去るお客さん。

一緒に行った女性が在日の人で、スペイン語もしゃべることが出来ます。今年の夏は志摩のバルケエスパーニャで通訳の仕事をしていたとのことで、FMわぃわぃ、奄美、スペインと多様な話題が四人の間で交わされ、楽しく時間が過ぎました。こうした一杯飲み屋さんは、いってみればこの国スタイルのバルといった趣きがあって、筆者は好きなのです。特に女性は立って飲むという飲酒スタイルを経験したことがない人が殆どなので、新しい経験をする時の顔の輝きがあって、そうした姿を見るのも筆者は好きなのです。

二次会は、高嶋氏とJR灘駅から歩いて6.7分のところの「高倉」へ。民謡酒場です。「天下一」を一本リザーブして二人で飲みかつ語ります。高嶋氏が下関在住なので、二人にとって憧れの森崎和江さんに会いに行こうとい計画を練ったりしていたのです。

1368……8月31日(日)
ジュンク堂書店ダイエー三宮店に。

雑誌を三冊購入。このうちの一冊はスペイン関係。『NHKカルチャーアワー』のテキスト「スペイン・ポルトガル文学探訪」。講師は小池滋さん。今月までのラジオ講座なのですが、珍しいテーマなので購入しました。いずれこのテキストについて語ることにしましょう。思想関係では、ラテンアメリカにおけるポストコロニアルや国民国家の形成などで注目されることが多くなっていますが、その巨大な植民地を生み出したスペインそのものは、19世紀から20世紀にかけて、海外領土の喪失、独裁政治の長期化、内戦、フランコによる独裁政権と西側諸国からの経済封鎖などといった政治面での"暗黒時代"が続いたたのです。このために、ラテンアメリカのポストモダン的状況の原始を作りだしたにもかかわらず、自国の暗黒面を免罪符にしてこうしたラテンアメリカの状況を主体化していないのかもしれません。

1367……8月30日(土)
昼、定型詩作家の集まる会合へ。

この時、ロルカ詩祭にお客様として来ていただいた方、詩祭に参加してくれた朗読者もいて、まず感謝の言葉。そして筆者が紹介した宝塚のYさんも来られていて挨拶。この人は、九州に住んでいた上野英信に通い詰めていた人です。毎日新聞の論説委員のIさんに紹介してもらったのです(というより、去年末の筆者主催の忘年会で隣の席のグループだったのが集合してお友達になったのです)。
1366……8月29日(金)
現在、カルメンに来られたお客様にお渡しするパンフレットの改訂作業をしています。

赤い表紙の8ページほどのものなのですが、中4ページは、レシピになっています。このレシピをもとに多くのお客様、または同業の飲食業の方々がお試しになっています。ただ、このレシピ、何十年前から改訂をしていないので、現在書き換えているのです。といいますのは、以前にくらべてスペインから輸入される食材の幅が広くなっているなどして、作り方を替えていく必要があるためです。

お客様の中には、30年前、40年前にカルメンに来店した際に手にしたパンフレットをわざわざ持参して、われわれスタッフに見せてくれる方もいらっしゃいます。われわれにとってカルメンは常に現在進行形なのですが、久しぶりに来るお客様にとっては、以前来店した昔から現在にワープする分、昔のパンフレットはまだ活きているものなのです。

1365……8月28日(木)
夏休みもあとわずか。筆者の家庭内も逼迫した雰囲気になってきました。

中学3年生の次男は休み明けに、高校進学に重要な参考となる実力テストが控えているのにもかかわらず、いまだ夏休みの宿題のラストスパートをしています。高校2年生の長男はまったくの夜型に。筆者がカルメンにでかける午前10時台に起きてこない日が多いのです。真夜中にごそごそと夜食を食べたりしています。

さてさて、次の日曜日まで拙宅は戦場となります。昨晩の6万年ぶりの火星大接近もそんな子ども達の卑近な逼迫感から、だれも注目する人はいませんでした。前回はネアンデルタール人が見たと? まあなんと。 
 

1364……8月27日(水)
先日、名古屋にあるワイン輸入商社のイムコの社長氏が訪れてくれました。スペインワインを積極的に扱っている会社で、その心意気に応えカルメンも取扱量を増やしています。価格的に魅力があるというのは、言うまでもないのですが、商品の回転が速く、フットワークが軽いことも魅力です。ワイン輸入商の中では最近スペインワイン専門会社というのも出現して、徐々にではありますが、取扱い商社が増えているのは嬉しい限りです。

さて、その社長氏と話していた内容は、今年のヨーロッパ/スペインの気候です。熱波の到来と洪水もあったりしてあちらも"異常気象"と騒いでいるようです。ことワインに関しては高温で推移するのは、悪くありません。このまま収穫前に長雨さえ降らなければ2003年も素晴らしい年(Cosecha)になるだろうと予想されるのです。2001年に続いて今年も大いに期待できそうです(2002年がRias Bixas 以外はみるべき産地が無かったのでこの意味でも楽しみです)。

この社長氏、面白いことを言っていました。「私はワインは3本買うようにしています。一本はすぐ飲んで、二本目は一カ月後ぐらいに飲む。三本目は忘れるんです」。いい言葉です。忘れた三本目は瓶熟がすすみさらにいいワインになっていく。Crianzaでも10年は寝かせるというのですら、すごい。とうぜん若さは失われますが、熟達したワインのみに漂う風格を味わうことが出来るのです。ワインの飲み方というのは、時間を味方につけるという妙手があるのです。

1363……8月26日(火)
早朝、激しい雨。"連れ合い"に「(どこか窓を閉めるとかしなくて)大丈夫か」と聞くと「大丈夫か大丈夫ちゃうか分からん」とコンニャクみたいな"訳わかんない(いまどき若者風の口調で)"返答。今夏は天候不順です。

昼は曇り一時雨。夕方から一時強い雨。おかげで甲子園球場リターンマッチ第一戦の阪神巨人戦は雨天中止。まあ正直なところ、今日試合があれば好調巨人に負けそうだったので、これで三連敗はなくなったので一安心。マジック対象チームでもない巨人に三連敗をすると、またぞろ巨人のことしか話題にしない東京発のスポーツTV番組は、ぎゃうぎゃあと叫ぶに決まっているから、何とかこの対戦は一勝一敗にもっていきたいところ。8月優勝はなくなったといっても自力と、マジック対象チーム敗北で少しずつではあるけどマジックはなくなっていっているのだから、現在の足踏み状態も余裕をもって見ることができるのです。

野球はともかく、J1のヴィッセル神戸が今シーズンも、J2降格の危機にさらされています。どうしてこう毎年毎年、この時期になればJ2降格候補となるだらしのないチームなのでしょう。素晴らしいスタジアムに移ったんだから、発憤しろよ、と言いたくなります。
1362……8月25日(月)
カルメンの定休日。

午後1時からM新聞K支局のT記者から取材を受けました。ほぼ4時間しゃべり通し。"連れ合い"も「ようしゃべるな」とあきれ顔。ちょうど二週間前の8月11日にも、K通信K支局のS記者から取材を受けました。両人とも女性。頑張っているなあ。筆者の周辺には有能な女性記者が多くいます。ジャーナリストとして一冊の本を書くぐらいの筆力、企画力を発揮してほしいものです。今日来たT記者は高砂にある私立の白陵高校出身。受験校として著名で、在学中はみっちりと受験戦士として仕込まれることでも知られています。彼女は男女共学になってからの生徒で、それはもう厳しかったそうです。大阪大学を卒業後、M新聞に入社したとのこと。弟君もいて、筆者の高校の後輩。神戸大学に進学したそうです。

夜のとばりが降りるころ、カルメンの現・旧スタッフを交えてのバーベキュー・パーティが西舞子のビーチで行われました。明石海峡大橋が身近に見えるところで、環境としては抜群。風が強い晩ではありましたが、久しぶりに見るスタッフの顔を見て、美酒を味わいました。カルメンはこうして新旧のスタッフが一堂に会する交流があるのです。

1361……8月24日(日)
昼、ランチを食べに来られたお客様のことです。

マネージャーの女性とおぼしき人との二人連れです。日系ブラジル人のミュージシャンのL・Kさん。筆者がカルメンの入口で、先日『kansai Walker』に紹介された記事をパソコンで処理してA4判の紙にまとめてそれを看板に張っている最中に、入ってこられた方です。

さまざまな場所で演奏活動をしているらしく、神戸ではジャズハウスの"ソネ"で演奏したとか。ブラジルなのでボサノバやサンバを演奏するそうです。ライブハウスによってバンド編成をかえるとのことです。

そのL・Kさんにちょっと話しかけたところが、会話が弾んでしまい、彼の音楽以外の知識の広さを楽しみながら、しばらくすごしました。例えば、スペイン、ポルトガルのワイン、料理の話からアンドロギュノスの話まで、といったところです。

今度神戸/関西のどこかに出演する時は連絡してくれるようにたのんでおいたのです。かの小野リサとも競演したことがあるそうです。ボサノバはいいですね。最近はボサノバを演奏したいからポルトガル語を勉強する人もいるそうです。筆者もまたかつてボサノバ音楽を愛した一人です。アントニオ・カルロス・ジュビンのLPを何枚か持っています。
1360……8月23日(土)
二カ月ぶりの「スペイン語を話す会」がカルメンで開かれました。参加者は合計4人。挨拶の時からスペイン語オンリーという徹底ぶりです。みなさん気持ちよさそうにスペイン語を話しておられます。次会は9月20日(土)です。スペイン語で会話してみたいとおもっておられる方には、ぴったりのメディアです。問い合わせ、参加希望など連絡先は、事務局の武村陽子 さん <koenigin@f5.dion.ne.jp>へどうぞ。

今日も夏空。こう暑くては睡眠時間を多くとらなければなりません。日付が変わるころにはすでに眠たくなっています。それにしても子ども達というのはよく寝ますね。寝続けるのも体力がいるものですが、ほっておいたら、昼近くまで寝ています。40歳代ともなると寝ている余裕がないのと、寝ていてはもったいないとの思いがあるために睡眠時間は若いときに比べてグッと減りました。

1359……8月22日(金)
ガスメーターの取り替えです。

7年に一回取り替えるそうです。「覚えてますか。前回も私でしてん」とメーターを取り替える業者の人が話しかけます。筆者なんとなく覚えています。七年前といえば、震災からそう時間は経っていません。まだまだカルメン周辺は騒然としていました。そうか、あれからもう7年もたったのですねえ。

次の取り替えは2010年。「今度も来てください」というと「いやいやもうコレ(両手の人差し指をつきだしそれを両耳のところに挙げておシャカになっているとの意味のポーズ)になってますわ」と言って謙遜していました。

1358……8月21日(木)
お盆が終わって猛暑が復活しても迷惑な話です。すっきり冷夏で通してもらいたいものです。

東京地方の今夏は涼しいらしくラジオで「海の家のおにいさんが長袖長ズボンをはいている」とかいっていました。

昼間、雹のような大粒の雨。にわか雨と形容するのには大型すぎる雨です。今月に発表される米の作況指数はまだ知りませんが、今年は悪いようですね。でも、備蓄米があるとの意識があるせいか、そんなに悲観的ではありません。

1357……8月20日(水)
昨日発売された「関西ウォーカー」(03年、no.18)カルメンが紹介されています。79pを見てください。世界各国のスタミナ料理特集のひとつとしてガスパッチョが紹介されているのです。ナビゲートしてくれたのは、スペイン人二世のマリアさん。美人に写っています(本人も美人ですが)。

ガスパッチョ、9月中旬までだしています(気候を見ながらお出しする期間を決めます。残暑が長ければ続けます)。どうぞみなさん、夏限定の冷製スープをお飲み下さい。

1356……8月19日(火)
阪神が調子がでません。去年までの戦い方と似ています。ロードであるからというのは理由にはなりません。主力に故障者が多いのと、投手の踏ん張りがきかなくなったということでしょうか。

でも阪神はまだいいんです。なんだかんだといっても今年はおそらくリーグ優勝するでしょう。われらがオリックスは、ダイエーに記録的な大敗した後の試合のホームグラウンドでの試合は35000人(この数字も実際見た目とは違うらしい)入りましたが、ぶっちぎりの最下位。どうも関西の球団というのは、三つのうちいずれかが最下位独走チームがなければいけないという法則があるのでしょうか。

あまりの低迷ぶりに長田を中心に活躍しているロックバンド"ガガガSP"がオリックスを応援する歌を作り、旧グリーンスタジアムで演奏したそうです。今のレオン監督の苦渋にみちた顔をみるのはファンとしてつらいものがあります。なんとか100敗は避けたいところです。

がんばれオリックス。神戸市民はあなたたちを応援している。

1355……8月18日(月)
本日はカルメンの定休日。

疲れのせいか、よく寝ました。猛暑の中、レモン、ニンニクなどの買い物をします。レモンは三宮より拙宅近くのMの方が安いのです。このMというスーパー、お盆期間中はしっかり休むというかなり古典的な休みの取り方をする店です。

岡本に行きます。コープ神戸は夜12時まで営業するようになるとか。スーパーのコンビニ化が進んでいます。だいたいコンビニという業態は、他の店が閉まっている時間に空いているというだけの価値観でもっているようなものです。価格は安くしないし、POS支配による商品陳列の整合性がありすぎるつまらなさ(金太郎アメ的画一性)にみんな気づいているのです。コンビニで売っている雑誌類は、駅前のパパママ書店でさえ置いていないようなレベルのものが幅をきかせていて面白くありません。委託期間が長いまともな書籍はもちろん置いていないのです。

夜、カルメンビルで火災報知器がなるアクシデント。筆者、カルメンにかけつけます。大事はなくホッと。昭和39年に火事で焼けた経験があるのでドキッとします。

1354……8月17日(日)
祭りの後の放心、といいましょうか。筆者、ぐったり疲れてしまいました。

昨夜は詩祭終了後、参加者やゲストと共に痛飲していました。参加者の中には、滋賀県など遠くから来た人たちもいます。深夜まで三宮で飲んでいたので、ゲストの野村氏をホテルに送ってそのまま6人がカルメンで小休止。始発がでる時間まで休んでいった人もいます。筆者も最後までつき合いました。ああしんど。でも楽しさの余韻が残っています。

みなを送ってようやく今年もロルカ詩祭が無事に終わったものと安堵したのです。多くの人に満足してもらえたと思っています。また来年もしたいと思っていますので、関心がある方はお越し下さい。
1353……8月16日(土)

第六回ロルカ詩祭の開催です。

今回は東京から野村喜和夫氏をゲストとして呼びました。

参加人数、盛り上がりともに盛況でした。参加していただいた皆さん、お疲れさまでした。満足していただけたでしょうか。やはりひとつのイベントというのは回を重ねるものですね。少しずつ会が成熟していく姿が見えてきます。筆者も第一部で朗読しました。ここ数年、遠方からのお客さまが来ていただけるように土日の開催にしています。

毎回思うのですが、こうしたイベントは準備が大変。本番が始まるまでドキドキ。うまくいくかどうか最後まで分からない。でも終わったときの爽快感はそれまでの苦労がふっとんでまた来年もしようという気分になるのが不思議です。

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「ロルカ詩祭」の案内文を記しておきます。

毎年、真夏の恒例イベントとなっています「ロルカ詩祭」を今年は、8月16日(土)に開催します。今年は東京から詩人の野村喜和夫氏が出演します。
 

〈第一部〉ロルカ作品の朗読
〈第二部〉詩人たちの自作詩の朗読
〈出演者〉野村喜和夫、富哲世、福田知子、寺岡良信、高谷和幸、坂東里美、布村真里、今野和代、大橋愛由等ほか
〈演奏〉南澤靖浩(シタールほか)

 (日時)8月16日(土)午後5時オープン/午後6時スタート (午後6時までに入場してく
        ださい)
 (料金)特選コースとチャージ料を含めてお一人様3500円(税別)
       1.ガリシア地方のリアスバイシャスの白ワイン02年産 
   2.カルメン特選盛り合わせオードブル
     3.鴨のロースト・イチジク風味 
       4.マカロニのフィデウア(パスタ・パエリア) 
       5.カボチャのエラード(アイスクリーム) 
       6.コーヒー

                             
(案内文)スペイン・アンダルシーアの都市グラナダ。ここで毎年8月、ある詩人を追悼する朗読会が開かれます。その詩人とはフェデリコ・ガルシア・ロルカ(1898-1936)。寺山修司は言います。「ガルシア・ロルカは二度死んだ詩人であった。一度は彼自身の詩の中で死に、二度目は、スペインの内乱で、フランコ軍に処刑されて死んだ。彼が死んだ1936年に生まれた私は、何時かからか彼の作りだした世界にひきこまれ、彼が開けておいたバルコニーから夜ごとせせらぎの聞こえるグラナダの町へと誘いこまれていくのだった」(「黙示録のスペイン」から)。

 今年もロルカ詩祭の季節がやってきました。グラナダではなくここ神戸の地において、生誕100周年にあたる1998年から催している文学イベントが催されます。「ロルカ詩祭」。スペインが生みだした国民的詩人を称える文学イベントであると同時に、阪神大震災で大きな被害をだした神戸の地から、震災犠牲者に対する鎮魂の言霊を発信する装置でもあるのです。1部はロルカ作品の朗読。2部は詩人たちによる自作詩の朗読。伴奏はシタールという綺なる組み合わせです。 そして第6回目にあたる今年は、東京から野村喜和夫氏をゲストとして迎えます。野村氏は、詩作はもとより、批評、翻訳、比較詩学研究なども手がける表現者として、日本現代詩の最前線で活躍されている方です。ふるっての参加をお待ちしています。
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1352……8月15日(金)
さて、明日のロルカ詩祭の準備に余念がありません。毎年開催しているとはいえ、毎年始まるまでの数日間は不安でいっぱいです。

今年は初めて彦坂美貴子さんが短歌の朗読をしてくれます。俳句も実は朗読する人がいるらしく友人から紹介してもらいました。「福島泰樹賞」という朗読を対象とした賞もあるとのこと。でも彦坂さんには「"絶叫"ではなく短歌を朗読する人を知っていますか」と聞いたのです。

1351……8月14日(木)
筆者、初めてamazonで書籍を注文しました。次男が読書感想文として予定している本を買う暇がないためにネット注文をしたのです。やってみれば簡単です。しかし、「この本を注文した人は他にもこういう本も買われています」といったことも載っていて、これは宣伝なのか編集企画なのか判明しないのです。

本当は前々からamazonで買おうと思っていたのですが、踏ん切りがつかなく今まで実践してこなかったのです。そういえば、昨日友人からYahooのネットオークションで、奄美・沖縄関係の本が沢山でていたとの情報が寄せられました。面白いものです。書籍を購入する環境が変化しています。筆者も何かamazonで買おうと思っているのです。

1350……8月13日(水)
マイクロソフト社のWindows XPのOSにおける不具合を狙ったウィルスが全世界を席巻して、特にネットにつなぎ放しのPCや企業サーバーに被害が拡がっています。突然システムが終了したりするというもので、ユーザーはその対応策に必死です。お盆休みの真っ最中に呼び出されたシステム担当者もいそうです。ご苦労様というしかありません。

ちなみに筆者の使っているマックは今回関係なしです。しかし今回のOS不具合とは別に迷惑メールが流通しています。筆者のところにも、鹿児島の人から意味不明のメールが送られてきました。こういうこともあって、メールを受信する時には、プレビュー・ウィンドウズを閉じてから作動するようにしています。広告メールや宛先人に見覚えがないない物はここでシャットアウトします。特に不明なところから来た添付メールには用心しなくてはなりません。

1349……8月12日(火)
昨晩の酒量は多くはなかったと思うのですが、連日の酒宴なのできっちり二日酔いになってしまいました。ロルカ詩祭の準備もしなくてはならないので、暇はないのですが、身体が思うように動きません。締め切りが過ぎた校正などもあるのですが、手を出していなくて焦るばかりです。こうして一度焦り始めると、あれもしていない、これもまだだ、と悪いことばかり気が回ります。

今日が母の一周忌。一年は早いものです。いまだどこかで母と会えるような気がするのですが。

1348……8月11日(月)
二日続けての法事です。今日は義母の初盆です。こちらの方はスタンダードな形式にのっとって、西本願寺の僧職が読経をあげます。僧職の人は、この時期目が回るほどの忙しさ。読経に来る時間もあちらまかせ。しかも何十軒も回らなければならないので、おつとめが終わるとそそくさと次に向かいます。

初盆は仏壇の設えとか、様式がさまざまにあり体裁を整えるのに神経を使います。僧職の人は、『歎異抄』を引用して、本当に大切なのは、念仏を発願する心にあるとなかなか筆者の予想に反してマシなことを言っていました。

僧職の読経があっけなく終わってしまったので、義父が自慢の喉を披露して読経。あとで、宗派や地域によって抑揚の付け方が変わるのだという話題もあがります。関西とくに筆者の周辺は浄土真宗の信者が多く、筆者も幼い頃から、信心の篤い人をたくさん見てきました。なかには僧職より上手に読経する人もいたりして、その信仰の篤さを実感したものです。

真宗はまた「神祇不拝」を貫いたり、仏像イコンを重視しないなど、どちらかというとプロテスタント的な信仰の直截性を大切にします。

会食のあと、FMわぃわぃへ。今回も新垣優子さんと合同番組。鹿児島から共同通信記者も取材。今日の番組は「ウヤフジを憶う季節に」との題で、琉球弧のお盆についての話題や、「八月踊り」「エイサー」の曲をかけました。

放送終了後、新垣さんの"連れ合い"と共に、JR灘駅近くの「高倉」へ。ここは舞台があって、ウタサーの新垣さんが三線を弾いて演奏。筆者も琉球太鼓を打ったりして勝手に盛り上がっていました。楽しい会でした。店には、沖永良部出身者も顔をみせたりして筆者も挨拶したのです。

1347……8月10日(日)
筆者の母・光子の一周忌と初盆を一緒に行いました。ごく身近な身内だけでいませました。京都府木津町に真宗の寺坊(安養寺)を親戚として持ち、「南無阿弥陀仏」が書かれた名号の掛け軸も送ってもらったのですが、今回は無宗教でおこないました。

無宗教であるため、故人を偲ぶ挨拶が中心になります。筆者が司会役をして、一代目が話と乾杯の挨拶。続いて筆者の次男が原稿用紙2枚ほどの「おばあちゃんの思い出」を朗読。あとは歓談。筆者の姉によるギターの演奏などもあり、人が集まるのが好きだった母らしい賑やかな会になったと思います。

1346……8月9日(土)
来週のロルカ詩祭にゲスト出演する野村喜和夫氏の詩集をジュンク堂書店で買い求めました。

野村氏は1951年生まれ。現代詩の最前線で活躍されている表現者です。いままだヨーロッパにおられるとか。スペイン経由で帰国するそうです。野村氏との出会いが楽しみです。第一部のロルカ作品の朗読と、第二部の自作詩の朗読をしてくれます。

センター街を歩いていると、今年10月にオープンする「神戸マルイ」の建物の姿が少しずつ見えてきました。筆者にとって、また関西の人間にとって馴染みの薄い会社/店舗です。商品展開にどのような企業文化を持ち込むのでしょう。合致すると思っていた西武が早々に撤退した経緯もあります。マーケティングは徹底しているのでしょうが、その成果を見てみたいものです。
1345……8月8日(金)
台風10号が関西に近づいています。

直撃を受けた沖縄からは、その凄まじい威力に対するメール文がMLに掲載されています。奄美でも被害が出ています。停電している地域も多いとのこと。停電してしまうと、最近の事務所で大きなウェイトを占めているパソコン作業が出来ないということになります。

神戸では、神戸電鉄が台風が来ると、すぐ運転休止になるので、アルバイトの諸君は早めに帰します。

筆者が旅した紀南の海はいま台風で大荒れになっているでしょう。海が荒れると海水浴どころではなくなるのです。

週末に沖縄旅行を予定していた子ども達の友達も、飛行機が飛ばずに旅行をキャンセルせざるを得ないのです。今度の台風で被害が少ないことを祈っています。
1344……8月7日(木)
筆者が乗降する駅の近くにあった飲み屋さんが閉店してしまいました。かつて"連れ合い"と一緒に行ったことがある店です。半地下のお洒落な店で、30代ぐらいまでのサラリーマンが主なお客さんだったと思います。かつてこの店の上の階には、たまたまバイラオーラの故・石川敬子さんとご一緒した日本酒を飲ませる店がありました。その店は、下の階に同業の店ができたので、全面改装をして頑張ったのですが、去年閉店。続いて下の階の店も閉まったことで"共倒れ"となってしまいました。

かつて散髪屋さんの隣りにあったマリーンな感じを前面に出していたショットバーが閉店した後、しばらく空いていたのでずが、今年に入って同じようなショットバーが開店。店内が外から見えるので、通る時はながめるようにしています。でも、筆者、ひとりでふらりとショットバーに入るタイプではないのです。ジャズが流れていれば食指が伸びるのですが、いざカウンター席に座って、どのように身を処していいのか入店する前に悩んでしまい、結局のところ通り過ぎてしまうだけなのです。
1343……8月6日(水)
レンタカーを返して、旅の最終工程は終了。

朝早く返したので一日を有効に使えそうですが、だらだらとすごしてしまい、何もしない一日になってしまいました。

子ども達は塾。相手にしてくれる人もいず、昼餉の後は午睡。やるべきことは山ほどあるのですが何もする気はなし。パソコンも触る気はなし。熊野に関する資料をチラチラ。旅の途中で出した携帯からのメール通信の続きを"執筆"。午後6時からは阪神対ヤクルト戦をテレビ観戦するのですが、どうも形勢悪し。

晩ご飯は、外で摂ろうということになり"ラーメン太郎"に。店内が改装されていて、お洒落な感じに。女性の一人客や女性二人連れがいるのには驚き。かつては店内の女性客といえば、カップルだけでした。カウンターにあったニンニクスライスもなし(ガバッとそれをラーメンにかけるのが好きな悪趣味な筆者です)。キムチは食べ放題はそのままでしたが、発酵系から浅漬け系にシフト。ああ、おじさん系ラーメン屋というのはかくも嫌われるのですねえ。

帰宅してみると阪神は去年までのような負けパターン。興味がなくなり床に入ってしまった。
1342……8月5日(火)
朝食のあと、さっそく熊野路を出発。田辺市から中辺路に入ってしばらく快適なドライブ。今回は車で疾走しましたが、いずれどこかからか歩いてみたいと思っているのです(花山院が牛と馬にまたがっている石像がある場所ぐらいから、と思っているのです。その時は歩いてやってきます)。

最初の目的地は、湯ノ峰温泉。かつて瀕死の小栗判官を蘇生させたことで有名な温泉場です。しかし知名度にくらべて小振りな規模にびっくりします。山間の小さな本当に小さな湯の里です。ここで毒がまわった判官が妻のかいがいしい介護に護られて徐々に復活していく様は、死と生を乗り越えた説話として、今でも説得力があります。この国で一番古い温泉地として今でも100度近い熱湯が吹き上げています。"連れ合い"は温泉の熱湯を見ると、"温泉卵"をすぐ直結して想起するらしくさっそく作っていました。

続いて熊野本宮へ。熊野巡礼の最終目的地です。158段の石段を登ります。社格としてはかなり高い方に違いないのですが、伊勢神宮がかもしだしている排他的な神聖性をあまり感じずまた境内もそう広くないのには驚きました。熊野巡礼の最終地点なのでもっと荘厳性を演出しているのかというとそうではないようです。

といいますのは、ここは明治22年に水害によって流された旧本宮を再現する形で山上に建てられたもので、生涯で34回もかの地を訪れた熊野フリークスの後白河院や、ぶ念仏者として決定的な宗教的転位を求めた一遍が訪れたその熊野本宮ではないのです。炎天下、一遍を思慕する筆者は、いやがる家族たちをつき合わせて、大きな砂州の中にある旧本宮に足を運びました。そこは巨大な空き地になっていて、社殿が建っていた場所の敷石だけが遺っているだけの虚空そのものでした。不思議な空間です。

社殿あとの向かい側には大きな一遍の碑が建っていて、特徴的な字で知られている彼の「南無阿弥陀仏」の名号が大きく彫られています。なんでも代々の時宗の法灯を守る代表者は熊野の地で重要な儀式を執り行うようです。これも神社の中に仏教の事跡が建てられているわけなので、明治以降に純化された国家神道の宗教施設なら考えにくいことです。そうしたある一種の混在性ゆえにこそ筆者の気に入るところとなったのです。

続いては、新宮に向かいます。ここは佐藤春夫、中上健次という文学者を輩出した達柄なので興味深いのですが、時間都合上通過することにしました。残念です。

車は那智勝浦へ。ここに筆者が今回の旅の目的で一番行きたかった補陀落山寺があります。ここは南海にある観音浄土である補陀落(補堕落)に船で渡海しようとするもので、ここ熊野以外にも出発場所はありますが、断然有名なのは、熊野信仰(阿弥陀如来の垂迹先として熊野権現が位置づけられる)のお膝元である那智勝浦からのものです。

寺内には、補陀落渡海船が再現されていて(最後の渡海船は17世紀)、その驚くべき小ささを確認することが出来ます。人ひとりがやっと入れるような四囲を窓なしの壁で囲んだシェルターがあり、それを囲むように四つの鳥居が配されています。それを見たとき、筆者は絶句。意匠的には熊野信仰と補陀落浄土信仰を表象するわけなので、美学的観点からも必要なのかもしれませんが、この小舟で外海を乗り切るための必要な装具であるとはとうてい思われず、この補陀落渡海というのは、もっぱら送り出す人たちの視線の篤さが圧倒的に優先された宗教的葬送儀礼なのであることが分かります。

この小舟に乗る僧は、補陀落山寺の僧職となった人がその該当者となるのですが、中にはいやがる人もいたといいます。しかし、補陀落渡海という僥倖に接する栄光に浴する周囲の人たちの視線、補陀落渡海を視覚化できるという至福の心情が無理強いをしてでも僧を送り出したのでしょう。

後で潮岬経由で神戸に向かうのですが、海岸にへばりつくように位置する南紀の漁村は、広い太平洋を縦横に移動する漁労民たちにとっては、遠いさまざまな場所にダイレクトにつながっている無限の可能性をひめた空間であるのに違いありません。熊野の漁労民たちは、農耕民たちの「一所懸命」という概念とはほど遠く、時に行き着いた場所で定着してそこで漁業技術を伝授しつつその場所に住み続けるということもした「移動する民」であったのです。ですから、補陀落渡海船は象徴性に満ちたシンボルであるのに違いないのですが、熊野からの出航はすなわち未知の世界との出会いの初めであるとも言い得るのです。きっと渡海船(あるいは補陀落渡海という行為)には"往相"と"還相"があると信じていたからこそ送り出したのでしょう。

補陀落山寺は思った以上に小さな寺坊でした。時間はすでに夕方に迫っていたのですが、那智大社に向かうことにしました。山の中を走ること30分。すでに夕方の気配がただよっている那智でまず大滝を見物します。さすがに大きい。見上げても見上げきれないほどの高さです。ここで写真を何枚か撮ります。

続いて筆者ひとりだけで那智大社に登っていきます。近道を通ったために大変な上り坂。筆者、今回の旅では多く山道、坂道、階段道を歩くことを予想していたので、あらかじめ拙宅近くの山を一週間ほどウォーミングアップのつもりで登っていたのが功を奏しました。それほど難なく到着。遠望する大滝もまた見事です。ただ、夕刻のために人が殆どいません。土産物屋も店仕舞いの最中です。参道を下る時、お土産屋の人から声をかけられます。こうした夕方にこそマジムン(物の怪)が登場するといいます。どうやら筆者、その土産物屋のオヤジから、物の怪かどうか怪しまれ、人の言葉をかけてその反応をみられたようです。

那智を出てからひたすら国道を走ります。なんとカープばかりです。時々見える入江は必ず漁村があり、夕方から出航していきます。烏賊釣り漁でしょうか。奄美では"イキャ曳き"、イトゥ(仕事唄)から転化したすぐれた島唄が各島で唄われています。

なにせ紀伊半島を半周するのです。たいへんな時間がかかります。白浜を過ぎ、田辺市に入った時、食事をしようということになり、回転寿司に入りました。南紀はなんといっても鮪料理が美味しい。運転者なので大食できないのでほどほどに食べて駐車場に行ったところ、バッテリーがあがっています。ライトをつけっぱなしにしていたのも悪かったのですが、「レンタカーのくせにこれだけでバッテリーあがるかよ〜」と呪詛しながら歩いて12.3分かかるガソリンスタンドに助けを求めに行ったのです。

エッソのスタンドでした。事情を説明して救助の車に乗り込んでその人に話しかけます。「田辺出身の人ですか」「いいえ違います。生まれは鹿児島です」「えっ、鹿児島。鹿児島のどこですか」「喜界島です」「うわあ、喜界。去年行ったばかりですよお。集落は」「小野津です」「行きました、行きました。小学校を訪れましたし、隣りの集落に知り合いが多くいますよ」といった会話を交わします。なんと南紀まで来て奄美の人に巡り会えるとは思っていませんでした。この人頑張っている人で、昼間は自動車関連の仕事をしていて、夜はこのガソリンスタンドでアルバイトをしているそうです。将来は独立したいとのこと。実現してほしいものです。そして何より、鹿児島からいきなり喜界出身とダイレクトに出身地名を言ってくれたのが嬉しかったのです。

車は、御坊から高速に乗ってようやく神戸がみえてきます。帰宅したのは午前1時近くでしたが、高速道路が発達しているためにこうして早く帰ってこれたと言えるでしょう。レンタルした車はホンダのステップワゴンでした。
1341……8月4(月)
この日から三日間、カルメンは休みです。

筆者は車を借りて熊野へ。

阪神高速湾岸線の深江入口から入りそのまま終点の御坊へ。そこからの地道が混んでいました。まあ考えてみれば、これだけ高速道路が発達した現在では観光地の白浜まで高速道が伸びていないのは、やはり意外な感じがします。"連れ合い"に筆者はいいます。「どうだ、やっぱり"地方"は道路が必要でしょう」と道路族の政治屋さんたちが聞いたら涙を流して喜びそうな言葉を放ちます。「分かりますか、"地方"にはまだまだ道路が必要なのですよ」と小泉行革を批判します。鳥取市などは県庁所在地であるのにもかかわらず高速道が通っていないという屈辱的な陳情行政の敗北を味わっている地域もあります。

高速道は必要です。しかし採算はとれません。いまや高速道を少しでも早く開通させるとの思いが実現できる時代・状況ではなくなってしまったのです。そこで覚悟をしなくてなりません。あと5年かかるところが10年、15年後になるかもしれない。事業計画で決まっているとしても、無理なものは無理なのです。

宿に到着。ここはすぐ近くに"プライベートビーチ"のようなノリの砂浜があってさっそく泳ぎます。磯もあって、子ども達は大喜び。次男は二つの網を持参して、オコゼや小さいエビをすくっています。詳しくは分からないのですが、やはりここは、南方熊楠の地元であり、磯をもっぱらのフィールドワークとした生物学者ヒロヒトも注目した場所でもあるので、本州と少し生態が異なっているのかもしれません。

海は透明度は日本海には及びませんが、岸辺近くを好む魚たちも多くいて楽しい磯遊びが出来ました。

この日は、なかなかに頑張っている料理長の食事をよばれ、もう運転する必要のない筆者は思いきりビールを飲んだのです。

1340……8月3日(日)
旅行に行く前に必ずすること。それは最新の道路地図を買うこと、そして司馬遼太郎の『街道を行く』の該当書を買うこと。

明日から行く熊野に関する「古座街道」が収録されている文庫本を購入。さっそく読みます。今回は残念ながら、古座川沿いにはいかないのですが、この作家は微妙に天皇家が深くかかわったところを忌避する傾向があるのに気づきます。熊野はどうしても行幸を繰り返した天皇一族を避けては語れない場所なのです。「後南朝」のくだりを聞かされる司馬は、昔話が嫌いという性分以上に、天皇一族が物語の主人公になるという展開そのものに嫌悪を向けるのでしょう。

紀南までは少しずつ高速道が伸びています。以前、亡くなった母と共に白浜へ行った時よりもさらに南の御坊まで延伸しているのです。
1339……8月2日(土)
夏の大阪湾はかすんでいることが多いのですが、今年は気温が低いせいでしょうか、紀伊半島がくっきりと見えるのです。

夏の早朝登山は、子どもたちと会えることが楽しみです。彼らは元気よく挨拶してくれるので気持ちがいいのです。土日になると親子連れも多くなります。なぜか父親と子ども達という組み合わせが多いのです。子ども達も、小学生の上級生は見かけなくなります。また中高生の姿も見かけないのは、時間の加減でしょうか。
1338……8月1日(金)
登山は続いています。

保久良神社の中に入って気づいたことがあります。筆者、神祇信仰を持ち合わせていないので、神社の境内に入ることにあまり興味がないので気づかなかったのかもしれません。本殿横に、小さな鳥居が設えてあって、その先に小さな扁平の石が置かれています。盤座信仰の一種かしらといままでそのシンプルさゆえの造形に注目していたのですが、小鳥居の横に立てかけられた木札をよく読むと「遙拝所」と書かれてあります。なんだ、これって、東に位置する宮城(=皇居)を遙拝する標識ではないかと気づいたのです。分かってみればくだらない。戦前は、この小鳥居が絶大な意味を持っていたかと思うと、いままでよくも残っていたな、小さく毒づきたくなります。
1337……7月31日(木)
二日ぶりの登山。

初日と同じほどツライ。
神社にたどり着くと「花子」と他の登山者に呼ばれている母イノシシとウリ坊が六匹。かつて筆者は子連れ母イノシシに襲われたことがあるので、生理的に嫌悪。それにしても憎たらしいほどに丸々と肥えている。堂々と悪びれる風もなく神社の参道を歩き、鳥居をくぐるさまは、傲慢の限りです。

1336……7月30日(水)
今朝は雨のために早朝登山は中止。本音はちょっと安心しています。

ロルカ詩祭の準備をすすめています。第6回のゲストは野村喜和夫氏。この国の現代詩の最前線を行く詩人です。チラシが出来上がり、一人でも多くの人に来てもらいたいものです。

1334……7月29日(火)
今朝から毎年夏休み恒例の山登りを始めます。

なんといっても涼しい。
ただ、久しぶりの登山なので急な坂はシンドイ。
あわてる必要がないのでゆっくり歩きます。
拙宅から30分も歩けば、保久良神社に到着します。景色は抜群です。

ただ、下り坂がシンドイ。いままでこんなことはありませんでした。加齢のためでしょうか。しかし、筆者を次々と追い抜かしていく熟年の人たちを見ていると、その元気さには驚いてしまいます。
1333……7月28日(月)
カルメンの定休日。

珍しく、一日寝太郎でした。
映画を見に行こうと思ったのですが、ぐずぐずしているうちに見に行けず、結局のところ何もしない一日になってしまいました。今夏は暑くないので、活動してもいいのですが、外出の機会を失ってしまいました。子ども達もまだ7月ということで余裕かせあるようです。

1332……7月27日(日)
昼、定型詩の作家が寄り集まって、カルメンで「連句」の会を催しました。

これは五七五の発句を初めとして、次に七七を付けます。一連を四つ、つまり〈五七五〉〈七七〉〈五七五〉〈七七〉の作品でまとめます。発句の次は、参加者が即興てせつくる作品を選者が選んでいきます。四つの連で構成されていて、春夏秋冬の一巡とするのです。ただし、一連と二連は〈五七五〉〈七七〉〈五七五〉〈七七〉の四作品ですが、三連と四連は〈五七五〉〈七七〉〈五七五〉の三作品とします。これは西洋のソネット形式を真似たものだということだそうです。

連句とはまさに「座」の文芸です。身分の隔たりなく連句を巻くことの楽しさは、参加した人ならではのものなのでしょう。

1331……7月26日(土)
昼、書店へ。

地図とガイドブックを買います。
夏のために、旅行関係のコーナーが混んでいます。

今年の夏は涼しいので、読書の妨げとなるほどでもありません。
一冊、欲しい本があるのですが、インターネットで調べると「在庫切れ」。その著者が勤務する大学の院生をしている人に、頼もうかと思っているのです。

1330……7月25日(金)
カルメンはずっとアサヒビールを提供していますが、最近エビスビールの瓶ビールも置くようになりました。

ビール、発泡酒そのものの売上げが落ちているそうですが、このエビスビールは昔からドイツの「ビール法」を遵守した麦芽とホップだけを原材料とした本来のビールなのです。筆者は個人的にはこのエビスが一番気に入っているのです。少し前に出たエビスの黒ビールも、業務用向けに瓶ビールが出ると聞いています。導入を考えています。

さて、今年は去年ほど暑くありません。そのかわり関西は、タイガースが調子いいので、ビール消費量は増えているでしょう。かたやカルメン、夏場はやはりワインよりまずビールを飲まれるお客さんが殆どです。その中でも、季節に関係なく赤ワインを飲む一徹なファンの方もいらっしゃるのです。このワインに関して少しずつではありますが、深く知っている方々が増えているのは心強い限りです。

1329……7月24日(木)
マリア恵美さんが「モデル」としてカルメンに。

お母さんがガリシア生まれ。お父さんが日本人。お世辞ではなく"美人"です。現在関西外国語大学英米語学科の1回生。スペイン語、日本語のバイリンガルであるうえに、アメリカにも住んだことがあるので、米語も含めた三カ国語をあやつる女性です。

「モデル」になっていただいたのは、「関西ウォーク」という雑誌で、カルメンを推薦していただくスペイン人という設定に彼女を推薦したためです。自らもモデル業を目指しているということで、カメラ写りは抜群です。今後、しっかりとスペインとJaponの文化を勉強して、希望の「通訳」になり、活躍されることを期待しています。若く豊かな才能の持ち主です。

帰りしな、私はマリア恵美さんに入れ智恵を。来週帰国するお母さんの古里であるガリシア地方は、ケルト文化が濃密に残っている地域です。つまり「プレ・キリスト教文化」が息づく地域といえましょう。そういう場所には、キリスト教によって「魔女」という位置におとしめられた古い習俗の所有者の伝承が多く残っているのです。一カ月ほど滞在している間に、古老たちにそういう「魔女話」を採話してくるよう頼んだのです。
1328……7月23日(水)
7月に入って、何社かのワイン輸入エージェンシーの営業担当が来店。そろそろ時期的に秋にむけての赤ワインを仕入れる時期になっています。

名古屋から来たイムコの女性営業氏は、閑かな語り口ながら、言葉のひとつひとつに説得力があり、豊かなワイン知識を持っている人でした。こういう人と話していると、ワイン文化の奥深さを知ることが出来るうえに、お互いワインを扱う者同士の至福の瞬間を味わえるのです。名古屋から車できて神戸、大阪、京都の得意先を回っているとのことで、その一つとしてカルメンを訪れてくれました。

いま、筆者が狙っているのは、2001年の主にRioja のJoven あるいは Crianzaクラスのワイン(赤でも白でも)です。まあCrianzaはもう少し先としても、Jovenは入手したいものです。また、Rivera del Duero の赤ワインが切れているので、購入対象です。
1327……7月22日(火)
カルメンは休みです。

一年に数回、こうして火曜日か水曜日が休みになります。この機会を利用して今日は甲子園球場に行って阪神戦を見ることにしました。といっても前日思いついたので、予約席ではなく当日席。休みの日は連日5万人の観客を集めています。今日はヤクルトとの「首位決戦」(ずいぶん離れた1位と2位ですが)。とうぜんヒートアップするはずです。当日席を狙うにしても相当の覚悟が必要です。

今日の空席情報を知りたいと思い、阪神プレイガイドに出向いたり、電話をかけたりしたのですが休み。かつてなら当惑するばかりですが、最近はインターネットがあります。検索サイトで甲子園球場を検索すると、出てきました。「本日の空席情報」。随分便利になったものです。

昨日ヤクルトに勝利したので今日ぐらいは負けるのではと思いつつ、どこで見ようかとまず思案。三塁側アルプススタンドなら、早くいけば大丈夫と踏んでいましたが、やはり甲子園での応援の醍醐味は外野スタンド。ライト側はすべて指定席になっているので、レフト席に。本来ならヤクルト側なのですが、関東の神宮や横浜球場もトラ・ファンで埋まるぐらいなので、甲子園ならもっと安心だろうと踏んだのです。

東灘の実家を出たのが午後2時。甲子園に行くのには、一度三宮に出るようにしています。拙宅のまっすぐ南にも阪神の駅があるのですが、普通停車駅。阪神という電車は普通に乗ってしまうととんでもない時間がかかるのです。三宮駅からの特急列車はすでにそれらしい人たちが乗っています。なかには若夫婦と子どもが、完璧なファン衣裳をまとって一分のすきもいれないような雰囲気を漂わしています。すごい迫力。でもこの人たち今日の仕事はどうなっているのでしょう。

甲子園に到着。外野の当日席売り場は、すでに長蛇の列。そしてすでに外野席は入場を開始しています。なんと気が早いことでしょう。並ぶこと10分。息子たちの分を含めて3枚購入(巨人戦以外は5枚まで購入可)。いそいで一人球場に入場。するとなんということでしよう。すでにレフト側スタンドは3割程度埋まっているではありませんか。筆者は休みなので一日かけて来ていますが、他の人たちはどうなっているのでしょう。

さっそく三人分の席をとったものの、まだ午後3時。用心良く帽子を持参。チリチリと照りつける太陽。筆者、二本持ってきた瓶ビールをまず一本、ググッとあけます。ああおいし。筆者、読書を始めます。姜尚中氏と森巣博氏の対談『ナショナリズムょ越えて』(集英社新書)。炎天下の下、最後の30ページほどを読んで読了。次に携帯電話からごく親しい人向けに、臨時に携帯メール通信。汗で指も携帯画面もべとべと。合計2通を発信。几帳面に返事メールをくれた人もいて感動。こうした野外からライブ通信を発信するなんて、まさに携帯メールの醍醐味です。沖縄でも東京でもスペインでも指一本で送信できるのですからスゴイ。

息子たちに早く来るように電話して待つこと一時間半。午後4時30分に合流。グラウンドでは両チームがまだ練習をしています。面白いことに、当日席は早く開門し、まず埋まっていくのが一塁側アルプススタンド。次にライト側、最後は三塁側アルプス席。ライト側は全席指定席になっているので、余裕の出だし。午後6時の試合開始まで持たないので三人で持参のおにぎりをほおばります。筆者、ビールを一本購入。ぐぐっと。ああおいし。

さて、試合開始。投手は伊良部。すこし肥満体なので「イデブ」と呼ぶ向きもあり。しかし投球する様は迫力満点。尼崎出身のウチナンチュ2世。マスコミ嫌いで有名です。しかし球は速い。遠くて見えにくいけど、剛腕投手という表現がぴったりあいます。

出だしが悪かったライトスタンドもあっという間に満席。阪神の応援はかのライトスタンドに陣取る人たちが仕切っているのです。あえて外野スタンドを選んだ筆者ですが、何年ぶりかに見聞した統一された応援ぶりは徹底しています。何十年もかけて作り上げられた形式美を感じます。ただ、ちょっと統制されすぎです。「分派」行為がなかなか許容されないような雰囲気があるのも確かです。まあ、外野はピッチャーと打者とのやりとりは遠くて見えないので、応援するマッス(集団)に特化せざるを得ないという事情もありますが。

しかし、あの甲子園のファン応援の一員になりきれれば、こんな楽しい場所はないのですが、文法がはっきりとしすぎてテンションをかける個的行為が発揮される場所が少ないのも気になるところです。言ってみれば、甲子園の阪神ファンの応援は"マスゲーム"のひとつではないでしょうか。そうです、この言葉から近年想起されるものはただひとつ。北朝鮮のマスヒステリー状態であるとも言い得るスタンドを埋め尽くした何万という人たちの統制された(されすぎた)あの"マスゲーム"です。よく言えば一体感。悪く言えば自主的に選択した全体主義。

試合は阪神の余裕の展開です。7回裏の攻撃で筆者たちもジェット風船を準備していました。近くのおじさんが「そりゃあ今年はええで。去年までやったら風船は用意してるわ、しかしやななかなか7回表の相手の攻撃は終わらんわで、指が痛なってしもてな」。5万人の観衆が一人2個ずつ持っているとしたら、単純合計で10万個の風船。おごっ! すごいロットですなあ。グリーンに落ちた風船を拾うアルバイトの人たちを見て「あれ、再利用してるで。阪神が風船メーカーに売ってるんちゃう。そう思わん?」と息子に同調を求める筆者。

打撃はまったく気が入っていないイデブいや伊良部でしたが、快刀乱麻のごとくバッタバッタと三振の山を気づいて阪神が快勝しました。隣で初めてプロ野球を見るような食いいり方で眺めていた息子たちに、父である筆者は言います。「よう覚えときや、今日の試合のこと。今年はおそらく阪神が優勝するゆろうけど、次の優勝は何年先になるか分からんで。あと18年後やったら君たち30歳代やで」と。

それにしても分からないのが、阪神の各選手の応援歌の歌詞です。バース、掛布、岡田、真弓あたりまではなんとか歌えるのですが、それ以降の選手たちの応援歌、一回聞いただけでは覚えきることができません。いったいあの応援歌、誰が作ってどのようにファンの間に伝播させるのでしょう。それにかつては掛布のようにマイナー調(演歌調)のものもあったのですが、今回聞いてみるとがらりと変わっています。この事実だけでも、いかに筆者が甲子園球場と縁遠い期間が長かったことが分かります。

1326……7月21日(月)
カルメン、祝日のため、月曜日でも営業しています。

昼の休憩中、灘の兵庫県立美術館へ。現在「クリムト展」と「安藤忠雄建築展 再生--環境と建築」の二つが開催されています。筆者は「安藤忠雄展」へ。同時に二つの展覧会が開かれるのですから、この美術館の大きさを測り知ることが出来ます。この美術館の設計者は安藤忠雄氏。兵庫県庁は、この建築家とのかかわりは深く、いくつかの県立施設に安藤作品があります。筆者は、安藤建築に対して生理的レベルで好感を抱いているので、この人がかかわった建造物ならいそいそと出かけていくのです。

展覧会を一瞥して思うのに、この人が創出する建築というのは、コンクリートの打ちっ放しとガラス、鉄というモダニズム建築の基本中の基本素材を中心にした、いわば"素っ気ない"ものなのです。その直線的で、直截的な表現は、ある聖性を獲得しているのです。この人の建造物に入る時、筆者の心の中にどこか宗教施設に入るときのような敬虔な気持ちさえ沸き上がってくるのです。その気持ちはおそらくこの建築家が阪神大震災で大きな打撃を受けた神戸を初めとした都市を再生するべくさまざまなプロジェクトを稼働させ、その結果生まれた諸施設は、震災で犠牲になった人々の記憶が刻まれていると、震災被災者である筆者が思いを挿入しているからかもしれません。

会場でご近所のAさん一家にばったりと会いました。Aさん一家は「クリムト展」へ。傾向の違う展覧会が同じ美術館で行われている故の出会いです。ちなみに、ここのミュージアムショップですごいものを見つけました。ボッシュの絵に描かれた正体不明のけったいな動物(?)、人間(?)を立体化したフィギアです。これは面白い。手持ちのお金が少ないので買えなかったのですが、数種類あり、インテリアにはぴったりなのです。
1325……7月20日(日)
昼、ほしい本があったので、まずジュンク堂書店ダイエー三宮店へ。

平凡社ライブラリーの中の一書なのですが、ありません。このシリーズのE・サイードの『オリエンタリズム』を早く読まなくてはいけません。広い書店のいくつかのコーナーを回遊。思想の棚に行って、次はこの人の二冊を読もうと決めます。この棚に筆者が共著となっている本も並んでいます。

同じダイエー三宮店の中のベスト電器へ。はじめて行きます。ここでUSB用のアダプターを購入。Macは置いていないのですが、パソコンの周辺機器の機種は多様に揃っています。店員も何人かいます。かつてのダイエー電気売り場(Palex)は店員そのものがいませんでした。価格でも魅力のない店だったうえに、何を聞いても他人事のような店員しかいませんでした。

どうしてもその本がほしかったので、ぐっと歩いてジュンク堂センター街店へ。そこでもなし。仕方ないないのであきらめます。この店が大型増床してからは、専門書もほどよく並ぶようになり、ダイエー店よりむしろ充実しているぐらいです。もちろんすべてのジャンルがそうではありませんが。
1324……7月19日(土)
今日から夏休みの始まりです。

娘のピアノ発表会です。ショパンを弾きます。"連れ合い"によると、難しい場所も問題なく弾きこなしたようで、ホットしています。演奏が終わって、安堵に浸っている"連れ合い"の顔をみていると、娘のピアノ修行というのは、"Mother's Project"なんだとつくづく思ってしまいました。"連れ合い"もその母からピアノ修行を娘の同年齢時にたたきこまれたのでしょう。娘は小学5年生。来年はおそらく勉強が忙しくて発表会には参加できないでしょう。母から娘に継承されていくピアノ修行。おそらく今年が最後です。だから"連れ合い"は深く安堵したのでしょう。

拙宅にあるアップライトのピアノも"Mother's Project"の一貫として"連れ合い"の実家から持ち込まれたものです。一卵性双子である姉妹二人で「先に生まれた娘の家にピアノを引き取る」とする"談合"に従っているのです。ピアノ修行が終わると、その家のピアノは「沈黙の家具」として永年"冬眠"を強いられます。しかしまた何年か後"Mother's Project"が発動する時、場所はどこであれ、活躍することになるのです。

1323……7月18日(金)
昨日、四国からいらしたIさん、ご来店ありがとうございます。ホームページをご覧になっていただき、この日記サイトも覗いていただいたそうで。また、お越し下さい。注文された表紙ページの特選料理は、2日前から予約だったのですが、なんとか当日に用意することができました。

その食べていただいたコース内容を記しておきます。

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03年夏 情熱の食卓コース
 

 スペインも関西も豊かな海の幸、山の幸をアレンジする巧みさは共通のものです。 今回は、瀬戸内の鱧をみごとスペイン料理に仕立てるなど、関西の風土をいかしたコース仕立てになっています。 またワインでは、スペイン随一の白ワイン産地であるリアス・バイシャスの"当たり年2002年"のグラスワインが付いています。さあ、情熱の国の情熱の料理を食べて、素敵に夏を迎えましょう。

1.リアス・バイシャスDOの02年産白ワイン
2.夏野菜のマリネ アーモンド風味のソース
3.紋甲イカとほうれん草のタルト
4.(Sopa)夏の冷製スープ ガスパッチョ
5.ミニトマトとクリームチーズのサラダ
6.ハモ(鱧)のフリートス ピリ辛のトマトソース添え
7.a.牛フィレ肉のソテー b.うさぎモモ肉のローストハーブ
       a b いずれかを選択
8.a.パエジャ(魚介、手長エビ、鶏肉入り炊き込みご飯) b.タコのパエジャ c.パン
       a b c いずれかを選択
9.(デザート)ナティージャ
10.a.コーヒー b.紅茶 c.オルーホ
       a b c いずれかを選択

1322……7月17日(木)
「関西Walker」誌の取材が入りました。

8月19日発売号に掲載する「残暑を乗り切るスタミナ料理」ということで、ガスパッチョが紹介されました。他に「仔羊のハーブソテー」「蛸のグリーンソース」「うさぎ肉のシャンハイナ」の三品がカメラに収まりました。

今日は、梅雨明け宣言が出てもおかしくないような晴天です。今朝などはまだまだ涼しいのですが、本格的な夏がいよいよ到来するのですね。

京都では祇園祭の山鉾巡行。この日は極端に蒸し暑かったり、梅雨末期の大雨になることもあるのですが、今年は雨は大丈夫のようです。あと人いきれは体力がないとしのげるものではありません。また、祇園祭の最中、今はどうか知りませんが、喫茶店など価格を高めに設定していました。暑いので、どうしても喫茶店に入って涼を取りたい人が多い中、そんなときに価格設定を高くする----筆者にとっては感じのいいことではありませんでした。

「神戸は外から来た人にとって住みやすい街、京都はずっとそこに住んでいる人にとって住みよい街」----これは鶴見俊輔氏の至言です。

1321……7月16日(水)
一度片づけ始めるともう止まりません。

拙宅の書斎(三畳)の整理を始めたら、すべて徹底的に置き直さなくてはならない自分の性格を忘れていました。パソコンの仕事があるのですが、パソコンには触らず、自分でも驚くほど異常なる熱意をもって、本棚の整理を始めています。この部屋の三方を作りつけの書棚にした時、奥行きを、四六上製本の本を横積みにして二冊置けるよう注文したのです。本がどんどん増えて、とうとう本を縦に並べるのではなく、横置きしなければ収まらなくなってきたのです。かつての中国を初めとした中華文化圏の文士の書斎のように書籍を横積みしている光景が筆者の書斎にもみられるようになったのです。

考えてみると、もう何年間も書棚の徹底した整理をやっていませんでした。先日(7月8日付)も書きましたが、だいたい三つのジャンルをどのように配置するのかに心砕いています。そして書棚の奥に仕舞われていたもう再読しないであろう本/ジャンルのものをどうするのか、ということです。他の部屋に置けるものは次々と移動させています。

整理が済んで本を置けるスペースが生まれると、また本を買おうというファイトが湧いてきます。となるとまた本が増える。これは本当にどうしようもないですね。

1320……7月15日(火)
涼しいですね。

カルメン、今日は一日、冷房なしで過ごしました。
7月の中旬でこれだけ涼しいのですから、米、野菜の成長具合が心配です。天候不良だと価格が高騰するからです。最近は、中国産の安価な野菜を輸入すれば事足りるという発想があり、夏場の軟弱野菜の価格にも昔ほど気にならなくなっていますが。

筆者の近くの公園で、ようやく蝉の鳴き声を聞くようになりました。やはり例年より数日遅いようです。それまで土中にいた蝉の幼虫が地上に這い出てくるのは、土中温度の変化でしょうか。それとも土の表面近くで明るさを感知しているのでしょうか。

もうすぐ子ども達は夏休み。一年のうちで、一番子どもがイキイキとした表情をみせる季節です。筆者もこの夏休みが好きでした。ずっと夏休みが続かないものかと思っていた子どもの一人だったのです。

1319……7月14日(月)
カルメンの定休日。

本日のFMわぃわぃ「南の風」は、奄美篇を担当する筆者と、最近、沖縄・宮古・八重山篇を担当することになった新垣優子さんの二人で合同で番組をつくりました。二人で、奄美と沖縄から一曲ずつだしあって、特集を「今日は二人で昔語り」としたのです。沖縄が復帰した1972年前後の話、新垣さんの出身である沖縄本島北部のヤンバルのこと。ウタサー(唄者)でもある新垣さんの歌も聞くことが出来ました。

筆者の「奄美ひとくち情報コーナー」では、あるネット掲示板に中島清彦氏が番組に出演するとの情報を得て(生出演ではなく、CD特集だったのですが、筆者が番組予告したのにもかかわらず、自分で内容を変更してしまったのです)、放送局まで足を運んでくれた徳之島町金見集落出身の寿山修氏をコーナーのゲストとして登場してもらいました。

新垣さんとの奄美・沖縄合同番組は、続編も考えています。番組終了後、スペイン的にいえば"BAL"、普通に言えば立ち飲み屋に三人で移動。生ビールを飲みながらわいわいがやがやと歓談。新垣さんが来年3月から移り住むことになる長崎県五島列島についての話題や、奄美の島唄に関する話題などで大いに盛り上がったのです。

その寿山氏を連れて、トーアウェストの"M"へ。今年の「ロルカ詩祭」の第二回目の打ち合わせです。校正担当からライターに部署変更した詩人の富哲世氏。遅れて着席したときからチェーンスモーカーです。「えっ、富さん、タバコ吸うの?」と筆者。「ストレスが貯まって」。不況は、多くの人の職場環境を変えていきます。

1318……7月13日(日)
雨の北野坂を歩きました。

目的は、かつてカルメンのホール・スタッフだった多田麻里・真弓さん姉妹の作品展が開催されている北野ギャラリーへ向かうことです。ここは、知人の抽象画家も展覧会を催すなど、安藤忠男の設計であることも相まって、筆者のお気に入りのスペースです。

姉の麻里さんは、ガラス、妹の真弓さんは陶芸でオブジェを制作します。ともに大阪芸術大学出身。二人とも、かつてカルメンのスタッフとして活躍してくれました。麻里さんは最初、ガラス作家ではなかったのですが、大学卒業後、神奈川県にあるガラス工芸作家の養成校に入学。卒業後も当地に留まって作家活動を展開しています。なんでもガラスは研磨する時の設備が整っていなければならないそうで、どこでも作家活動ができるわけではなく、その養成校の設備を借りて制作しているそうです。

姉妹ふたりしてオブジェ作家を目指し、20歳代ですでに展覧会を開いています。もちろん、作家としてそれだけで食べていけるものではありません。とうぜん、低所得層に入るわけですが、作家として着実に実績を重ねていっているので、将来が楽しみです。そんな彼女たちを応援したい気持ちから、陶器(妹)とガラス(姉)の二枚重ねの小皿風オブジェを買い求めました。こんどまた展覧会を開いた際には、二人の作品を購入したいと思っています。

1317……7月12日(土)
曇り空。

筆者はまだ初蝉を聞いていません。

ここ数日の蒸し暑い天候で、ビールの消費量が増えてきました。やはりまず喉の乾きをいやすにはビールが最適なようです。カルメンは、飲食店なので普通のビールを出していますが、一般家庭では発泡酒がよく消費されています。しかし、悪代官・財務省は、姑息にも発泡酒に増税攻勢(本年5月1日施行)をかけ、反対に販売量(税収)を落とすというアホなことをしています。以前、この日誌で発泡酒の売上げは、メーカー営業マン氏の報告に従って増税後の売上げ減はないと書きましたが、やはり数字的には、販売量が落ち込んでいるようです。

そこでサッポロビールは、麦芽を使わないビールもどきの"ビールティスト発泡酒"を作ったと発表しました(本日各紙朝刊)。これは「その他の雑酒」の分類になるそうで税金が安いとのことです。九州地区で試験的に販売するとのことです。このフェイントがなんとも演出効果があります(大消費地の人たちが早く飲みたいと思わせる効果がある)。こうした課税権力と、民間会社の法律のニッチを狙う鼬ごっこは、今に始まったことではなく、近世においても、禁止-法律外商品開発-禁止-法律外商品開発の繰り返しをしてきました。

筆者、すくなくても言い得るのは、課税権力の側に組みしたくないということです。
 

1316……7月11日(金)
カルメンも夏の賞与を出して一区切りとしましたが、賞与にかかる健康・介護保険、厚生年金が、今回から「増税」になったために、賞与授与者の手取り分が目減りする結果となりました。

20歳代の人たちにとって、いま厚生年金を払い続けて、将来自分たちが受給資格年齢に達しても、実際に支払われるかどうか極めて疑問です。つまり払うだけ払わされて、高齢になって要求をしようものなら、国家が逆切れして「あんなもの、払われると思ってたんかい」と一喝されそうです。かつ、筆者の40歳代後半の世代にしても、受給開始年齢がどんどん引き上げられるという、"逃げ水"を追う世代となっています。

国家ほど頼りにならないものはありません。生命保険の予定利率を下げる法案を通してみたり、銀行に巨額な税金(公的資金)を投入してみたり、そして身近では、賞与における保険・年金課税料率の大幅アップです。この不景気に、賞与そのものが下がっている時代であるにもかかわらず、「増税」するのですから、国家機関というのは、なんとも度し難い存在です。

この今の不景気は、将来の人生設計が保障されないからという壮年層の不安心理が消費に向かわない大きな原因であるのに、国家はその不安を助長することばかりします。さらに消費税が10%以上にでもなれば、低所得者ほど消費税を払う比率が高くなるという結果となるのです。貧乏人はさらに貧乏になれということなのでしょうか。

税の増収は、民間の活力があってこそのものなのですが、その活力の素となる働く人たちの将来を不安に染めてどうしろというのでしようか。国家というのは、たとえ歳入不足が出たとしても、(甘い歳入予測を立てた)責任は問われることなく、またその分次年度の歳出を減らすといった民間ではごく普通に行っていることもせずに、赤字国債を発行することによって帳尻を合わせるのですから、これほど極楽とんぼの世界はありません。
1315……7月10日(木)
読者の皆さん、もう初蝉は聞きましたか。

例年なら、拙宅の道路向かいにある公園で10日ごろに、初蝉が啼きだすのですが、今年はまだ聞いていません。"連れ合い"は先週、夙川が聞いたと言っています。啼きはじめの蝉は、周囲を憚っているような初々しさがあります。盛夏ともなると、所かまわずの大合唱となるのです。

今年は気温が低いためか、蝉たちの出番が遅いようです。しかし、ここ数日の高温と蒸し暑さは、いよいよ本格的な夏到来の予感を感じさせるのです。

1314……7月9日(水)
"連れ合い"にさんざん脅かされ、強圧的ないいように屈して、新聞の整理を始めました。筆者は、カルメンで読売新聞、拙宅では朝日新聞を購読しています。読売は初代が一週間分をまとめて持って帰るので、筆者が必要と思った記事は切り取ってしまいます。ところが拙宅の朝日はたまる一方。食堂横の小さな収納スペースは、新聞が山積みされていて、"連れ合い"がビニールひもで結びつけ、倒壊を防いでいるのですが、それも"ピサの斜塔"状態になると、臨界点を通過。筆者に対して爆発します。

かつては、一日ごと朝刊・夕刊とも丁寧にめくっていたのですが、最近では朝日も、面白い記事、残しておきたい記事はその日のうちに切り取るようにしているので、新聞整理といっても、夕刊文化欄のチェックと、日曜の読書欄を残すといった、かなりの省力化を実現できています。でもこうした選別は、48歳になってようやく出来たのもので、以前はもっと新聞整理を重たくとらえていました。

その切り取った記事をどうするかも頭痛の種です。一応、A5判の紙に張ってファイルに綴じるるようにしていますが、この切り取った記事コピーファイルって、あんまり再読しないもんなんですね。またこのファイルがたまっても頭痛の種だし、重ねておいておくと"連れ合い"がまた臨界点を越すだろうし、もう、どうしたらいいんでしょう。

1313……7月8日(火)
書棚の整理をしています。

本棚というのは、書籍所有者が何に関心を持ち、どのような思惟の経過を経てきたかを示す言表の視覚化とでも言えるのではないでしょうか。

筆者は永年、読書をしてきましたが、傾向がだいたい三つのジャンルに絞られてきたようです。10歳代後半から20歳前半は雑学が主で、その時に買った新書の類が、書棚二つ分を占領しています(10歳台中頃に耽読した文庫類は大半を別の書棚に移してしまっています)。

書籍というのは、増殖するものなので、どうしても書棚のリストラ化(粛正を含む)を実施しなくてはなりません。つまり三畳の書斎に入る本の総量が限られているので、書斎の"平壌化"(この首都に住む人間は、北朝鮮政府にとって「選ばれた人たち」であるという意味で)をしていかなくてはならないのです。

整理をすると不思議に収納スペースは生まれてくるものです。だったらいつも整理していたらいいのですが、この整理という行為、何かを生みだすための手段であって、決して自己目的的にするものではありません。整理好きの人は「整理のための整理」という陥穽に陥ってしまいがちです。典型的なのはわが"連れ合い"。犠牲者は次男。次男も次男で整理整頓が苦手。絶好の標的を得た"連れ合い"は、過日も鬼の形相で次男を次男の部屋に連れていき、塾・学校のプリント整理をさせていました。ああこわ。君子近寄るべからず……

1312……7月7日(月)
カルメンの定休日。

午前中、H氏とともに灘区のN氏宅へ。資料整理に。生前にお会いできなかったことが残念。遺族の方と話してみると、筆者の高校の先輩であることが分かったのです。もちろん大正10年のお生まれなので、戦前の旧制中学なのですが。

N氏宅から積み込んだ資料類をタクシーでカルメンに搬入。たいそう重たかった。日記類などこれから読み進めて分析していけば面白い発見があるものと思われます。
 

FMわぃわぃ「南の風」は二人の女性唄者に登場してもらいます。一人は、松山美枝子さん。名瀬にある吟亭という奄美の島唄と料理の店を切り盛りしている方です。今回の放送は、その吟亭でのライブ演奏を収録してきたので、それを放送。三線と囃しは森沢信弘さん。80歳を越えているとは思えない素晴らしい唄者です。もちろん、美枝子さんは今では奄美を代表する唄者の一人と言っていいと思います。

二人目は、皆吉恵理子さん。お母さんが有名な唄者で、坪山豊氏とよく組んでいる皆吉佐代子さん。筆者は、昔からお母さんの島唄をずっと聞き続けています。やはり唄者というのは「系統発生」するものなのですねえ。恵理子さんの島唄は決して今風ではなく、むしろ年齢(20歳台後半)からすれば古風なのですが、これから加齢していっても、そのまま"なつかしさ"が増していくようないい筋をもった人なのです。この恵理子さんの島唄は、群馬県に住む米里輝三さん(徳之島町亀徳出身)によって音源が提供されたものです。

やはり「歌の島」奄美大島は、人材が豊富で、奥行きが深いですね。
 

1311……7月6日(日)
三宮、見参。

シーン1/携帯電話の進化(といいましょうか変化といいましょうか)は、凄まじいものがあります。今はDocomoもカメラ付きが当たり前になっています。筆者の携帯は今年2月に替えたばかりですがカメラはついていません。次に機種変更をする時は、カメラつきにしようと思っています。でもその時はカメラ/ムービー付きが主流になっているのでしょうねえ。

シーン2/せいでんのマック売り場へ。外付けハードディスクを買うか、CD-RWディスクを買うか迷っています。あるいは、7年前に買ったSCAGGI専用の本体にUSBポートを付けるか迷っています。なにしろ、今のPC(DT266)は、内臓ハードディスクが3.0Mしかないので、すぐメモリー不足になるのです。

シーン3/HMVへ。やはり最近この店が一番神戸におけるCDの品揃えがいいようです。筆者はまず奄美島唄コーナーへ。今年は奄美が復帰50年ということもあり、島唄も多く発売されています。もともとコロンビアというレコード会社が奄美島唄をずっと録音してきているので、オムニバスですが、一枚新譜が出ていました。その中に、今年の3月に奄美を訪れた際、筆者が注目した二人の唄者が入ってのにはびっくりしました。このCDのディレクター、目利きのきく人のようです。筆者が注目したというのは、藤岡俊一氏(瀬戸内町)。「諸屯長浜節」を歌っています。もう一人、柳さんと方。視覚障害者の方です(瀬戸内町)。この二人が中田和子さんといったベテラン勢とともに一枚に収まっている。オムニバスという作り方は、有望新人の発掘の場所でもあるのですね。上手なアルバム作りです。

シーン4/ジュンク堂書店へ。3階の科学コーナーから始まって、沖縄関係書コーナーへ。思想・評論コーナーへ行って、新刊チェック。一度2階に降りて、文芸書のコーナーへ。定型詩の新刊を見て俳句、短歌の欄も。ルポルタージュのコーナーへ行き、
とある本を探したものの見つからなかったので、ネットで買うことにしたのです。

1310……7月5日(土)
昼、大阪へ。

あるところで、若い人たちと会っていました。
筆者の声は比較的大きく、通りもいいので、マイクなしでもある程度の大きさの部屋であれば、聞こえるようです。

夜、1994年もののRioja Reserva Tintoを頼む方が。ラベル名は"Lavciano"。リオハ産赤ワインの最高傑作のレベルに達しているものです。9年目なので、したものであるピリピリさせる衝撃度はなくなりましたが、しっとり落ち着いた風格のあるワインに仕上がっているのです。

ワインというのは、奥が深いものですね。傑出年の1994年ものとは、これからも長い間つき合うと思いますが、どのように変化していくのかが楽しみであり、かつ畏怖の気持ちを抱いたりするのです。そして同時に、この素晴らしきコセチャのワインが順当に熟成を重ねるように、品質管理者としての当店(筆者)の資質が問われているのです。

1309……7月4日(金)
阪神のマジックがいつ点灯するかどうかがマスコミで話題になっています。巨人は「11.5ゲーム差をひっくり返した1996年メイク・ドラマの再現」にこだわるあまり、現実に11.5ゲーム差以上突きはなされてしまうと、その場限りの物語性のメッキが剥がれてしまいました。東京ドームで阪神に2連敗したあたりから、逆転優勝という現実的可能性から少し距離を置いた、「まだまだ諦めてはいないぞ」との精神主義モードが強調されるようになったようです。巨人ファンというのは、阪神ファンのようになかなか"大人"になりきれない人たちが多いらしく、「今年は6月でシーズンが終わった」と覚悟する思い切りにはなかなかなれないようです。毎年、優勝をするのだという"神話"に縛られている可哀相な巨人ファンの人たち。まず慢心を除去することの大切さを学びましょうね。

1308……7月3日(木)
「マッチ、ください」。

なんとも珍しいことです。
かつてはマッチをサービスで一組ずつ付けていましたが、マッチそのものの使用頻度が減ったために、サービスをやめています。タバコを吸うなら100円ライター、ガスレンジは自動着火が標準装備になっているので、マッチを日常的に使う場合が殆どありません。かつてカルメンでアルバイトをしていた女子大学生に「このマッチで客席のローソクつけといで」と伝えたのですが、その人もじもじしています。聞くと生まれてから一度もマッチを使ったことがないとのことです。当時は絶句してしまいましたが、いまではカルメンでもマッチを使わなくなったので、こうしたエピソードもうまれなくなってしまいました。

その人はたまたまライターはなく、タバコを吸うのにマッチが必要だったのです。そういえば、筆者が学生時代を過ごしていた1970年代は喫茶店のマッチを集めるのが流行っていました。筆者もジャズ喫茶のマッチを集めていたのです。懐かしい話です。

カルメンのマッチのデザインはお洒落です。セピージャの花祭りで若い男女がデザインされたものです。このデザインは40年以上変わっていません。希望者にはお渡しすることにしています。
1307……7月2日(水)
ひさしぶりに晴れ空。

夏がすぐ近くに来ていますが、吹く風は涼しい。今年はどうも去年より暑くなさそうです。"連れ合い"は冷房が大好き。その影響で、子ども達もなにかというとすぐ冷房をかけたがるのです。だから夏の電気代が高くなっても、自分でさんざん冷房をつけているので、文句をいう相手がいず、黙っています。どうも、彼女ぐらいの世代(1960年代生まれ)ともなると、「我慢」「倹約」という概念に美意識を感じて、生活を律していくというタイプはそう多くなさそうです。せっかく"大阪ネイティブ"という経済/倹約(ともにeconomy)観念が発達した地域出身なのに、もったいないような気がするのですが。

さあ、学校ではプールの季節が到来です。小学生たちが真っ黒に日焼けしている姿を見るのは楽しものです。
1306……7月1日(火)
今年も後半がスタート。

6月は雨が続き日照時間が少なかったそうです。

昼、俳人の伊丹三樹彦氏がランチを食べに来店。朝日カルチャーで俳句講座をしてその帰りだとか。「青玄」最新号(6月号/no.579)と絵葉書を集めた「ギリシア・イタリア写俳便」を頂きました。そしてもちろん、今日もカメラを何台か携えての行動です。午後からはふらりと北野あたりを散策するのだということです。「ぼくはねえ、いま"個"に徹しようとしているのだ」。

奄美の話題にもなり、「大島に行ったから、今度徳之島に行こうと思っているのだけれどどうかね」と。大結社「青玄」の結社長なので、同人を引率するという役割も果たすわけですが、多忙な中でも、暇をみつけて写真を撮り、そして俳句を作るという超人ぶりです。1920年生まれの元気な表現者です。まだまだいつまでも活発な作句活動をしてもらいたいものです。

1305……6月30日(月)
カルメンの定休日。

本日はFMわぃわぃ「南の風」の放送日。
島唄大会の青年の部を特集。総合優勝と島唄大賞をダブル受賞したのは、喜界島出身の牧岡奈美さん。さすがに上手になっています。高校生の時にJABARAレーベルに吹き込んだCDを聞いていますと、この時すでにかなりのレベルに達していたことが分かります。

今日の放送は、本茶峠できいた「流しの三線」も流しました。かつて奄美には遊行の三線弾きの芸能者がいたらしく、集落間を三線を弾きながら歩いていたとのこと。すでにそうした芸能者は死去しているのですが、写真家・西田テル子さんのおじさんがその様子を覚えていて、再現してくれます。曲は「嘉徳なべ加那節」でした。

番組終了後、大阪・谷町6丁目へ。S氏を偲ぶ会を催しました。出席したのは合計8名。S氏を直接知らない人もいましたが、出会いをことのほか大切にしていたS氏のことです。自分のために集まって盃を交わしていることを喜んでいるに違いありません。それにしても惜しい人をなくしました。55歳、まだまだ仕事をしてほしかった人です。
1304……6月29日(日)
昼、大阪へ。

短詩型の作者たちがあつまる会合へ。15名ほどが出席しています。
大阪駅前ビルでの会議室です。会合が終了後、それぞれが所属するメディアを交換します。筆者は新聞コピーを知人に配布。

懇親会はいつも参加せず、そのままカルメンに。最近、週末が混み合っています。そのかわり平日には席の余裕があります。

さて、今年の夏は、去年よりたくさんのお客さんが来てくれるでしょうか。

1303……6月28日(土)
新開地の神戸アートビレッジセンターにあるものを取りに。ちょうどある劇団が公演する直前でした。ここは、神戸における小劇場の拠点のひとつです。姪っ子("i_garden"という劇団に所属している)によると、大阪での演劇拠点がどんどん少なくなっているとのこと。そういう意味で、神戸にこうした恒久施設があるのはありがたいことです。

この神戸アートビレッジセンターというところ、恥ずかしながら今年になって初めて通うようになったのです。センター周囲は、場外馬券売り場などがある庶民も街です。半世紀以上前まで、新開地は神戸で一番の繁華街でした。いまの三宮センター街のような人通りがずっとあったのでしょう。松竹が経営していた"聚楽館"など、劇場、映画館の拠点もあったりして、大衆都市芸能の発信地であったのです。

無事、用件が終わって新開地駅に降りた時、イラストレーターのW氏とばったり。劇団公演を見に行くとのことでした。2分ほど立ち話。やはり神戸アートビレッジセンターのような拠点があれば、人との出会いが生まれるのですね。
1302……6月27日(金)
今年は梅雨らしい梅雨が続きます。

ようやく喉の腫れと、風邪気味が解消し、元気が恢復しました。かかりつけのドクターによると、最近喉をいためるタイプの風邪がはやっているとのこと。みなさん、注意してください。今回は咳がひどく、蒲団にはいった時から体温が温まるためか、しばらく咳き込んでいました。痰(たん)が出ない空咳に苦労しました。

ここ数日の家族模様は、高校生、中学生が期末テストの寸前なので、ぴりぴりした雰囲気が漂っています。夜更かししている定期テストのない小学生は「うるさい、早く寝ろ」と兄たちに言われ続けます。高校生ともなると、父親と接する時間を持つのがうっとおしいのか、筆者がリビングを去ってから、ごそごそと夜中に降りてきて入浴したり、夜食を食べたりしたりしています。中学生は受験生。来春に向けて、親子をまきこんだ戦いが続きます。
1301……6月26日(木)
前の日曜日、朝一番から散髪をしました。

いつも筆者の髪の毛を切ってくれるA氏、鬢(びん)のあたりをしげしげと見つめます。「増えたでしょ」と筆者。白いもの(白髪)がこの理髪店に来るたびに増えているのを、プロであるA氏は見逃すはずはありません。「目をよく使う人は、目の方に"養分"が取られて、鬢(びん)の箇所に白髪が増えるといいますよ」と優しくフォローしてくれます。筆者が女性でしたら、おそらくポイント染めをしていたと思います。

"連れ合い"は最近何を思ったのか、養毛剤を使っています。彼女、もともと筆者に似て髪の毛に腰がないタイプで、毛髪量も豊かではありません。かのいつまでも若さピチピチのイメージがあった前田美波里が毛髪増量の宣伝に出ている時代です。うちの"連れ合い"が養毛剤を使っていても不思議はないのですが、女性にとっての髪の毛というのは、白くなるにまかせる/薄くなるにまかせる男性とは違う深刻な悩みなのです。

目を使うといえば、小学生の長女が最近眼鏡をかけるようになりました。これで我が家では二人目。筆者は遠視気味なのでしばらく眼鏡なしで生活できると思います。"連れ合い"は時々新聞を読みにくそうにしているので、やがて陥落するでしょう。そして上の兄と下の妹が眼鏡をかけるようになった真ん中の弟。「やっぱしあんまり勉強せん奴は眼鏡かけへんなあ」と筆者である父が粉を掛けると「ちゃうでえ」と眼鏡をかけていない人物を捜しますが、半分以上が外れ。「あっそや、ノーベル賞の田中さんはどうなん」とようやく鬼のクビをとったかのような発見。こういう時の頭の回転は速い。確かに彼は眼鏡なし。目の細い子は目の性能がいいのか、いや筆者は大きな目をしているのですが、眼鏡なし。鬢(びん)の白さから発して、家族間の不毛な眼鏡論争に発達したというお粗末な話題でした。