令嬢と苦学生
その8〜いちょう並木のセレナーデ

「襟居さん・・・何もないけど、いつかきっと幸せにします」

「ええ。私は、礼府さんと一緒にいられたらそれで幸せです」

笑顔で輝く二人のまわりを、いちょうが祝福するようにはらはらと舞っていきました。

淑子さんが、礼府さんをまっすぐ見つめて言いました。

「私では・・・ダメですか?」

『いつか、そんな伴侶・・・私のこと??』

礼府さんも淑子さんも、はっとして思わず口に手を遣りました。

「礼府君、留学するそうだね・・・淑ちゃんのことはどうする気なんだ?」

「・・・!?」

「君、淑ちゃんのこと、好きなんだろう・・・淑ちゃん、卒業したら親の決めた人と結婚してしまうぞ?どうするんだ?」

「どうするって・・・たとえどんなに好きでも、僕のような苦学生に、襟居さんのような令嬢を幸せに出来るだなんて、とても思えないよ・・・」
礼府さんはため息混じりに諦めたような顔で言いました。

「礼府君!・・・もう、身分とか言ってる時代は終わったじゃあないか?」
賢一郎さんは思わず声を大きくして言いました。

何年か越しに書きたいと思っていた昭和の話です。学生服を作らないと話ができないなと思って数年放置してました。
配役、服装の着せ替えや背景探し、小物を持たせるなど作業はめんどくさいですが書いてしまうと楽しいです。
ブログにて2012年6月に載せたものを一部改変して掲載しました(2012年7月21日)

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驚いた礼府さんが尋ねました。

「襟居さん・・・僕には、何もありませんよ?お金も何もないんですよ?
・・・それでも僕に付いてきてくれますか?」

「何もなくなんてないわ。礼府さんには、才能があるんですから」


主人の論文が賞を頂いて、受賞パーティに行ったとき、久しぶりにダンスをしまして、賢さんが開いてくれたパーティを思い出しました。

主人も、あの時のパーティのおかげでこんな場面でも焦らずに済むなぁ、と感謝していました。
賢さんにもよーくお礼を仰って下さいね。
こうして二人幸せにしていられるのは、綾子さん、賢さんを始め皆様のおかげです。

綾子さんと賢さんが新婚旅行にこちらに来られるの、楽しみにしています。 かしこ』

淑子さんは手紙を書き終えて、礼府さんとにっこり見つめ合いました。

ほんの少し、時は流れて。


『拝啓 綾子様
お元気ですか?私たちもこちらの生活に慣れて、元気に暮らしています。
結婚式の写真送って下さってありがとう。式に参加できなかったのは残念でしたが、賢さんも綾子さんも幸せそうなお顔でステキでした。

主人はこちらの研究室のポストも得て、順調です。
私は子供達にピアノを教えながら、聴講生として大学で勉強もさせて戴いています。
綾子さんは女学校なんてつまらないって仰ってたけれど、女学校で習ったピアノも身をたすくことがあるのよ?


「・・・よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

少し照れながら、二人は固く握手を交わしました。


「襟居さん・・・卒業したら、お輿入れされるそうですね・・・」
寂しそうな目で礼府さんが言いました。

「・・・礼府さん、お一人であちらに行かれるのね。淋しくないですか?」
せつなそうな顔で、淑子さんが答えました。

「淋しいですけど・・・海の向こうには、襟居さんのような美しくて頭の良い女性が居るかも知れません・・・いつか僕もそんな伴侶を探しますよ」

季節がめぐり、秋。

キャンパスのいちょうが色づいて、淑子さん達の卒業も近づいて来ました。

『こうして、礼府さんと勉強するのも、あとわずか・・・この背中を追うのも』


「淑子さん・・・礼府さんに、貴女の気持ち、打ち明けたの?」

「綾子さん・・・そんなこと、怖くて出来ないわ
・・・このまま、礼府さんへの気持ちは綺麗な思い出として、我慢してお嫁に行くのが私の人生かもしれない・・・」
淑子さんが諦めたように言いました。

「淑子さん!女が帝大に行く時代でしょ?そんな弱気でどうするの?
・・・淑子さんには、これからの女性として今までとは違う生き方があると思うの」
綾子さんが強い口調でそう励ましました。

「・・・綾子さん・・・」