信号解析 第11回講義録

 

日時:2006年7月10日

講義内容:状態推定問題(続き)とまとめ

担当者:情報知能工学科 小島史男

 

1. はじめに

 

 今回で信号解析の講義は終了です。先週は状態空間モデルで時系列信号を記述し、状態推定問題について考えました。使用する観測データ量に応じて、予測(prediction)、濾波(filtering)、平滑(smooting)の3種類の推定問題があることを説明いたしました。特にカルマンフィルタのアルゴリズムとそのプログラム例を示しましたが、受講生のみなさんはそれを使いこなすことができましたでしょうか。今週は残りの平滑化、予測の方法について述べ、かつ状態空間モデルの尤度関数について考えてみましょう。最後に前期試験準備について説明します。

 

2. 平滑化問題

 

 前回は時系列信号の状態空間モデル

を導入しました。今回もこのモデルをもとに議論を進めていきます。カルマンフィルタでは、観測データが入ってくるごとに、1時刻先の予測とフィルタの計算を繰り返しました。しかしながら観測データを一時的にバッファに格納しておき、そのデータを用いて過去のデータを推定することも考えられます。このような問題を平滑化問題と呼びます。固定区間の観測データが取得されたとします。このとき事前にカルマンフィルタの結果

は計算されているものとします。このとき、各時間ステップのカルマンフィルタの1期先予測およびフィルタリング結果を使って平滑化の計算を以下のように実行することができます。

 

この計算アルゴリズムではまずカルマンフィルタを観測データの上限まで解き、そこから逆向きに上の式を計算していけばよいことがわかります。したがって、この蹴り返し演算の初期値はカルマンフィルタの最後の状態

で与えます。

 

. 状態の長期予測

 

カルマンフィルタでは常にワンステップの予測を行います。これを繰り返し適用することで、現在時刻の観測データからステップ先の状態の予測を行うことができます。この考え方の基本は観測データの集合を

と考えれば、形式的にが成立します。このとき明らかに、

が成立するので、カルマンフィルタのワンステップ予測のみを回反復すれば予測をおこなうことができます。すなわち状態の長期予測の計算アルゴリズムは

のように書くことができます。この繰り返し演算の初期値も平滑化のときと同じで、カルマンフィルタの最後の状態で与えます。

 

 

4.状態空間モデルと尤度計算

 

状態空間モデルの尤度関数については前回の講義では説明できませんでした。そこで改めて以下考察を進めることにします。状態空間モデルの尤度関数は条件付き確率密度関数の積によって

によって与えられることは先週学習しました。ところで観測値の集合によるの予測分布はどうなるのでしょうか。これはカルマンフィルタの結果から直接求めることができます。まず予測誤差の平均と分散共分散行列は観測モデルとワンステップ予測式より、

が成立します。予測分布この平均および分散共分散行列に従うガウス型確率密度関数で与えられるので、予測分布は

となります。ここでは観測モデルの次元です。この式を尤度関数に順次代入すれば状態空間モデルの対数尤度は結局

によって求めることができます。一般的な状態空間モデルにおいても上記の対数尤度関数を最大にする未知パラメータをもとめることは可能となります。しかしながら、この最適化問題はに関して非線形となるので、を更新するためにカルマンフィルタを何度も解かねばならず、計算面で実用的とはいえません。時系列信号がARモデルで与えられる場合には、事前に適当なAR次元でユールウオーカーの方法で標本自己共分散関数を用いてAR係数の決定をおこない、AIC法で最適な次元を定めた上で、カルマンフィルタを用いて平滑化や長期予測を実行することができます。先週のカルマンフィルタ、および今週の平滑化および予測法のアルゴリズムを理解するためには、各自平滑化、予測のプログラミングを実施し、適当なARモデルでその精度を確認することだとおもいます。時間的に余裕のある受講者は前期試験終了後是非チャレンジしてみてください。

 

5.前期試験の準備項目について

 さて、これで「信号解析」の講義は終了です。参考図書の内容からみても、やり残しているところもたくさんありますが、ここまでの講義がわかれば、参考図書の後半部分はだいたい理解できるとおもいます。前期の最終試験ですが、以下の項目ごとに理解の程度を再確認してください。

(1) 時系列信号の統計的処理法

  平均、分散、自己共分散、自己相関、標本

(2) 統計モデルと尤度関数の計算

  確率分布と確率密度関数、ガウス型、Kullbackの情報量、対数尤度、最大尤度

(3) ARMAモデルの構造

  ARモデル、MAモデル、ARMAモデル

(4) 状態空間モデルとカルマンフィルタの使い方

  状態空間モデル、推定問題

試験においては難しい公式などは使いません。しかしながらもっとも基本的な統計モデルであるガウス型ぐらいはその確率密度関数の形は記憶しておいてください。それではがんばってください。

 

以上